123 / 218
第三章 平和のための戦い
第二十六話 傍若無人と遠慮会釈
しおりを挟む
Szene-01 スクリアニア公国、ヴェルム城王室
スクリアニア公国が抱き込んでいるいくつかの港町では、海上輸送をする船の沈没が後を絶たず、物資が届かない日々が続いていた。
食料や各種職人による加工品は内陸で調達できるが、他国でしか生産できないものが手に入らない。
交易どころか国の維持にも影響が出るため、スクリアニア公は苛立ちを募らせる一方である。
「ここまでの状況になどなったことがない! いったいどうなっている! おい、どういうことだ!」
誰しもが、ありきたりな答えしか出せないことを分かっている。言わねば公爵からの罰があるが、口を開くことができない。
「どいつもこいつも黙りおって。城の仕事に就けたら安泰だとでも思ったか! 笑わせるな。俺のそばで働くということは、何もかも完璧にこなさねばならぬということだ」
スクリアニア公は、唾を飛ばしながら大声で言い放つと、最寄りの者の腹を蹴った。
「ふぐっ――」
蹴られた者は腹を抱えるが、脚を踏ん張って倒れないようにする。倒れるとまた蹴り上げられるか、公爵の機嫌によっては斬られるからだ。
「他国も何をしている! どれだけ沈めれば気が済むのだ? 損をしないよう工夫をしろ工夫を!」
口から出る言葉は的を射ているように聞こえるが、無茶ぶりばかりである。
城に仕える者たちは言葉巧みに雇われた者たちのため、城に入ってから貧困でも町や村で暮らした方が良かったと後悔をするものが多くいる。
思いつつも公爵の圧力に負けて、言う事を聞いているのが現状だ。
「職人どもには急ぐよう言ってあるか?」
「はい、それは抜かりなく」
「それは、だと? すべて抜かりなくやれんのか、この国にはまともなヤツがいないな。とにかく、質はどうあれ弓の数を揃えろ。どれだけあっても困ることはない。俺が起きるまでにやっておけよ、しばらく寝る」
スクリアニア公は踵を返して自室へ向かう。城に仕える者たちは、その背中を見送りながら眉をひそめた。
Szene-02 レアルプドルフ、五番地区道
エールタインは、倒れてから眠り続けているティベルダを背負って自宅を目指している。
謁見部屋で町長に見送られ、三番地区道の入り口ではダンとヘルマに労われつつ別れた。
そして残ったルイーサ組とも離れる時を迎える。
「ティベルダって、睨まれるか倒れているか、その二つの印象が強いわ。なんだか可哀そうな気持ちになってしまうじゃない」
「私は話すことが多くなりましたので、明るいところや機転を利かせるところなどの印象が強いです」
地区道からルイーサの家へと続く小道の入り口で、ルイーサとヒルデガルドはティベルダの印象について話す。
「それにしても、あなたに触れている時のティベルダってとても安らいだ表情を見せるのよね。エールタインが無事でいることを優先しないといけないわ。ヒルデ、そうでしょ?」
「僭越ながら申し上げますと、あまり気にしない方がティベルダは喜ぶと思います――エールタイン様もそうお思いなのではないでしょうか」
ヒルデガルドが主人の言葉に否定的な返事をして、エールタインに尋ねた。
「そうだね――ヒルデガルドの言う通り、ティベルダを中心に考える必要は無いよ。そうしてしまうと、この子がいつまで経っても能力を扱えなくなってしまうからね。扱えていない今はヒール以外の強い能力を出来るだけ発動しなくて良いようにしてあげる。もしくは、発動してしまう感覚を知ってもらう。ボクはそう思っているよ」
「分からないと言いつつ、主人としてきっちり把握しているわね。二人には脱帽よ」
「ボクたちはただ居心地よく過ごそうとしているだけだよ。ルイーサだってヒルデガルドのことは誰よりもよくわかっているでしょ? それと同じさ」
ヒルデガルドはハッとしてルイーサを見ると、ルイーサもヒルデガルドへ振り返って言った。
「ヒルデは私が選んだのよ、この子となら上手くやっていけるって――あら、つい本音を言ってしまったじゃない。この後私はどうすればいいのよ、エールタイン」
「そりゃあ可愛がってあげればいいんじゃない?」
「そう……なるわよね。お互い、可愛い子の主人なりに大変ね」
「あはは。わかるなあ、それ。何するにも可愛くて困るよね。まあ、可愛いと思ったら可愛がればいいんだよ。それだけだよ、きっと」
「では可愛がるためにこの辺で。カシカルドへ行く時までいったんお別れね」
エールタインはティベルダの支えを片手にして、ルイーサに手を差し出す。
「お疲れ様。またね」
「ええ、また」
ルイーサは差し出された手を軽く握り、エールタインの発する温もりを感じて微笑んだ。
エールタインはヒルデガルドと肩に乗るアムレットとも握手をすると、改めて自宅へと向かった。
「あの子は素敵すぎよ。つくづく今の関係になれて良かったと思うわ」
「私も能力を持つ者同士のティベルダと出会えたことは幸せです。それに、ルイーサ様の願いがほぼ叶ったことも――」
ルイーサは珍しく自らヒルデガルドの背中へ手をやり、自宅へと足を進めた。
スクリアニア公国が抱き込んでいるいくつかの港町では、海上輸送をする船の沈没が後を絶たず、物資が届かない日々が続いていた。
食料や各種職人による加工品は内陸で調達できるが、他国でしか生産できないものが手に入らない。
交易どころか国の維持にも影響が出るため、スクリアニア公は苛立ちを募らせる一方である。
「ここまでの状況になどなったことがない! いったいどうなっている! おい、どういうことだ!」
誰しもが、ありきたりな答えしか出せないことを分かっている。言わねば公爵からの罰があるが、口を開くことができない。
「どいつもこいつも黙りおって。城の仕事に就けたら安泰だとでも思ったか! 笑わせるな。俺のそばで働くということは、何もかも完璧にこなさねばならぬということだ」
スクリアニア公は、唾を飛ばしながら大声で言い放つと、最寄りの者の腹を蹴った。
「ふぐっ――」
蹴られた者は腹を抱えるが、脚を踏ん張って倒れないようにする。倒れるとまた蹴り上げられるか、公爵の機嫌によっては斬られるからだ。
「他国も何をしている! どれだけ沈めれば気が済むのだ? 損をしないよう工夫をしろ工夫を!」
口から出る言葉は的を射ているように聞こえるが、無茶ぶりばかりである。
城に仕える者たちは言葉巧みに雇われた者たちのため、城に入ってから貧困でも町や村で暮らした方が良かったと後悔をするものが多くいる。
思いつつも公爵の圧力に負けて、言う事を聞いているのが現状だ。
「職人どもには急ぐよう言ってあるか?」
「はい、それは抜かりなく」
「それは、だと? すべて抜かりなくやれんのか、この国にはまともなヤツがいないな。とにかく、質はどうあれ弓の数を揃えろ。どれだけあっても困ることはない。俺が起きるまでにやっておけよ、しばらく寝る」
スクリアニア公は踵を返して自室へ向かう。城に仕える者たちは、その背中を見送りながら眉をひそめた。
Szene-02 レアルプドルフ、五番地区道
エールタインは、倒れてから眠り続けているティベルダを背負って自宅を目指している。
謁見部屋で町長に見送られ、三番地区道の入り口ではダンとヘルマに労われつつ別れた。
そして残ったルイーサ組とも離れる時を迎える。
「ティベルダって、睨まれるか倒れているか、その二つの印象が強いわ。なんだか可哀そうな気持ちになってしまうじゃない」
「私は話すことが多くなりましたので、明るいところや機転を利かせるところなどの印象が強いです」
地区道からルイーサの家へと続く小道の入り口で、ルイーサとヒルデガルドはティベルダの印象について話す。
「それにしても、あなたに触れている時のティベルダってとても安らいだ表情を見せるのよね。エールタインが無事でいることを優先しないといけないわ。ヒルデ、そうでしょ?」
「僭越ながら申し上げますと、あまり気にしない方がティベルダは喜ぶと思います――エールタイン様もそうお思いなのではないでしょうか」
ヒルデガルドが主人の言葉に否定的な返事をして、エールタインに尋ねた。
「そうだね――ヒルデガルドの言う通り、ティベルダを中心に考える必要は無いよ。そうしてしまうと、この子がいつまで経っても能力を扱えなくなってしまうからね。扱えていない今はヒール以外の強い能力を出来るだけ発動しなくて良いようにしてあげる。もしくは、発動してしまう感覚を知ってもらう。ボクはそう思っているよ」
「分からないと言いつつ、主人としてきっちり把握しているわね。二人には脱帽よ」
「ボクたちはただ居心地よく過ごそうとしているだけだよ。ルイーサだってヒルデガルドのことは誰よりもよくわかっているでしょ? それと同じさ」
ヒルデガルドはハッとしてルイーサを見ると、ルイーサもヒルデガルドへ振り返って言った。
「ヒルデは私が選んだのよ、この子となら上手くやっていけるって――あら、つい本音を言ってしまったじゃない。この後私はどうすればいいのよ、エールタイン」
「そりゃあ可愛がってあげればいいんじゃない?」
「そう……なるわよね。お互い、可愛い子の主人なりに大変ね」
「あはは。わかるなあ、それ。何するにも可愛くて困るよね。まあ、可愛いと思ったら可愛がればいいんだよ。それだけだよ、きっと」
「では可愛がるためにこの辺で。カシカルドへ行く時までいったんお別れね」
エールタインはティベルダの支えを片手にして、ルイーサに手を差し出す。
「お疲れ様。またね」
「ええ、また」
ルイーサは差し出された手を軽く握り、エールタインの発する温もりを感じて微笑んだ。
エールタインはヒルデガルドと肩に乗るアムレットとも握手をすると、改めて自宅へと向かった。
「あの子は素敵すぎよ。つくづく今の関係になれて良かったと思うわ」
「私も能力を持つ者同士のティベルダと出会えたことは幸せです。それに、ルイーサ様の願いがほぼ叶ったことも――」
ルイーサは珍しく自らヒルデガルドの背中へ手をやり、自宅へと足を進めた。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
「魔物肉は食べられますか?」異世界リタイアは神様のお情けです。勝手に召喚され馬鹿にされて追放されたのでスローライフを無双する。
太も歩けば右から落ちる(仮)
ファンタジー
その日、和泉春人は、現実世界で早期リタイアを達成した。しかし、八百屋の店内で勇者召喚の儀式に巻き込まれ異世界に転移させられてしまう。
鑑定により、春人は魔法属性が無で称号が無職だと判明し、勇者としての才能も全てが快適な生活に関わるものだった。「お前の生活特化笑える。これは勇者の召喚なんだぞっ。」最弱のステータスやスキルを、勇者達や召喚した国の重鎮達に笑われる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴォ
春人は勝手に召喚されながら、軽蔑されるという理不尽に怒り、王に暴言を吐き国から追放された。異世界に嫌気がさした春人は魔王を倒さずスローライフや異世界グルメを満喫する事になる。
一方、乙女ゲームの世界では、皇后陛下が魔女だという噂により、同じ派閥にいる悪役令嬢グレース レガリオが婚約を破棄された。
華麗なる10人の王子達との甘くて危険な生活を悪役令嬢としてヒロインに奪わせない。
※春人が神様から貰った才能は特別なものです。現実世界で達成した早期リタイアを異世界で出来るように考えてあります。
春人の天賦の才
料理 節約 豊穣 遊戯 素材 生活
春人の初期スキル
【 全言語理解 】 【 料理 】 【 節約 】【 豊穣 】【 遊戯化 】【 マテリア化 】 【 快適生活スキル獲得 】
ストーリーが進み、春人が獲得するスキルなど
【 剥ぎ取り職人 】【 剣技 】【 冒険 】【 遊戯化 】【 マテリア化 】【 快適生活獲得 】 【 浄化 】【 鑑定 】【 無の境地 】【 瀕死回復Ⅰ 】【 体神 】【 堅神 】【 神心 】【 神威魔法獲得 】【 回路Ⅰ 】【 自動発動 】【 薬剤調合 】【 転職 】【 罠作成 】【 拠点登録 】【 帰還 】 【 美味しくな~れ 】【 割引チケット 】【 野菜の種 】【 アイテムボックス 】【 キャンセル 】【 防御結界 】【 応急処置 】【 完全修繕 】【 安眠 】【 無菌領域 】【 SP消費カット 】【 被ダメージカット 】
≪ 生成・製造スキル ≫
【 風呂トイレ生成 】【 調味料生成 】【 道具生成 】【 調理器具生成 】【 住居生成 】【 遊具生成 】【 テイルム製造 】【 アルモル製造 】【 ツール製造 】【 食品加工 】
≪ 召喚スキル ≫
【 使用人召喚 】【 蒐集家召喚 】【 スマホ召喚 】【 遊戯ガチャ召喚 】
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?
みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。
なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。
身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。
一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。
……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。
飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。
隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。
だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。
そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる