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第三章 平和のための戦い
第八話 侵攻の日
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Szene-01 レアルプドルフ、鐘楼前
トゥサイ村侵攻に際し選ばれた剣士たちが、町長の指示通り鐘楼前に集まっていた。
鐘楼前に集まる時は、皆姿勢を正して気を引き締める。町に関係する重要な件を伝えられる時だからだ。
今回の招集は侵攻という、剣士にとって一番の仕事。なおさら気合が入る。
侵攻宣言が町中に知らされてから時が経っているが、防御壁建築の待ち時間であることを全町民が把握している。
地元の状況を皆が共有している――それはレアルプドルフにおける特徴の一つ。
平静を装いつつ、ひたすら待っていた侵攻の時。剣士の士気が上がるのは当然と言える。
そんな剣士たちの前に町長と並んで指揮を執るのが、剣聖であるダン。
ダンへの信頼は厚く、憧れる者も多い彼の姿を見れば、荒れた性格の剣士でも背筋を伸ばして敬意を表す。
しかしダンは、特別な装備を身につけるわけでもなく、普段通りの恰好だ。
こなれているからこそ出せる、絶妙なしわと光沢を放つ革。その革の型を維持する傷だらけの金属が付けられた防具。
見慣れた装備が、剣士たちに安心感を与えている。
装備と同じく、皆の目にダンと共に映るべき人物が、静かに剣聖の隣で控えている――ヘルマである。
彼女も日頃の案件時と同じ身なりで、丈の短いワンピースに軽めの装備を着用、裾からは黒色のタイツで隠された脚が伸び、薄茶色のロングブーツを履いている。
腰の後ろには、横差しの短剣が添えられている。
ダンとはまた別の意味で、町民が憧れる人物だ。
町長からの話に聞き耳を立てているはずの剣士たちだが、そんな二人に目移りする。
そしていよいよ町長からの言葉が発せられるかと思いきや、町長は片手を前に出し、ダンに話すよう促した。
「みんな、いよいよこの日が来た。俺が待たせたわけではないが、長く待たせたような気がしてならない。やはり剣士である以上、実戦を経験したいのではないか?」
若い剣士たちから笑いにも似たざわめきが起こる。中堅以上の剣士たちは苦い顔をしているが。
その苦い顔を見つけたダンは言う。
「確かに戦わないに越したことはない。だがこの世界は、戦わねば平穏を分けてくれないらしい」
これには苦笑いをした剣士も普通に笑う。
「剣士の町レアルプドルフを名乗る以上、戦いを知っている剣士を育てなければならない。そこでだ――今回我々の相手をしてくださるという、なんともありがたい村がある」
集まっている剣士とその従者、全員が笑い出した。
「初めての者には優しく、久しい者には鈍った感覚を取り戻すのにちょうどいい。だが調子に乗るなよ? 慢心は何事もひっくり返しちまう力を秘めている。人が一番怠る地獄に引き込まれないよう勝利へ導き、皆で祝杯をあげるまでは気を引き締めていけ。ちなみに――」
ダンは含みのある言い方をして言葉を止め、皆の様子を見てから続ける。
「ブーズ――東地区ではエールタインとルイーサが指揮を執り、もしもの侵攻に備えている。小娘に負けるなよ。それを付け加えて俺の言葉とする」
一人の剣士がダンに質問をした。
「トゥサイを落としたら、エールタインと付き合ってもいいですか?」
突拍子もない質問に、他の剣士たちがざわつく。ダンは思わずヘルマを見るが、ヘルマは肩をすくめてダンに丸投げした。
「あの子と付き合おうってのか?」
「出来ることなら! 同じ思いの男は多数いますが、思い切って言った俺ではどうでしょうか!」
士気の高い雰囲気がそうさせるのか、剣士の勢いが止まらない。
ダンは少々引き気味なものの、真面目に答えた。
「――悪いが、誰にも娘をやる気は無い」
「だめ……ですか」
ダンの返答に肩を落とした剣士は、当たり前だろうと周りの剣士から頭を叩かれている。
「まあ、祝杯で勘弁してくれや」
笑いながらも剣士たち全員が拍手をした。拍手がおさまるのと入れ替わりに、町長が一歩前に出る。
「みなさん、今回の件はダン様の言葉が全てです。私からは一つだけ。あの時から十年強、我々はコツコツと力を蓄えてきた。剣士は勿論、町民全ての思いを剣に込め、攻め落とせ!」
かつて領主であった町長は、その頃と同じ声量で進撃の宣言をした。
「おお!」
集まった者全員が剣を掲げ、さらに士気を上げた。
Szene-02 ブーズ地区内、東西街道上
エールタインとルイーサ、それぞれのデュオはブーズへ向けて歩いていた。
前をエールタインとティベルダ、その後ろにルイーサとヒルデガルドが続く。
エールタインはティベルダの肩を抱きながら歩いている。
「ねえヒルデ、あれをどう思う?」
「エールタイン様がティベルダを抱えるという、普段とは逆の形ですね」
「やっぱりそうよね。無くはなかったけれど、何か違うのよ。私にしてくれてもいいと思うの」
「ああ、そちらのお話ですか。ティベルダではなく、ルイーサ様がされるべきだと」
ルイーサはおもむろに、ヒルデガルドの肩を抱いた。
「でもね、ヒルデにこうしたい気持ちもあるの」
「……ルイーサ様は贅沢では?」
「贅沢? いいえ、気持ちに正直なだけよ。好きな人と寄り添い合いたいと思うのは当然でしょ? 私はヒルデが好き。エールタインも好き。だからどちらも近くで感じていたい。それだけよ」
「それだけ……ですか。私は抱かれている今でも、気持ちが高ぶっていますけれど」
侵攻を開始する西と、攻めている期間を防護する東。戦いを仕掛ける町が笑顔で満たされているという、剣士の町レアルプドルフでしか出せない特徴がまた一つ顔を出していた。
トゥサイ村侵攻に際し選ばれた剣士たちが、町長の指示通り鐘楼前に集まっていた。
鐘楼前に集まる時は、皆姿勢を正して気を引き締める。町に関係する重要な件を伝えられる時だからだ。
今回の招集は侵攻という、剣士にとって一番の仕事。なおさら気合が入る。
侵攻宣言が町中に知らされてから時が経っているが、防御壁建築の待ち時間であることを全町民が把握している。
地元の状況を皆が共有している――それはレアルプドルフにおける特徴の一つ。
平静を装いつつ、ひたすら待っていた侵攻の時。剣士の士気が上がるのは当然と言える。
そんな剣士たちの前に町長と並んで指揮を執るのが、剣聖であるダン。
ダンへの信頼は厚く、憧れる者も多い彼の姿を見れば、荒れた性格の剣士でも背筋を伸ばして敬意を表す。
しかしダンは、特別な装備を身につけるわけでもなく、普段通りの恰好だ。
こなれているからこそ出せる、絶妙なしわと光沢を放つ革。その革の型を維持する傷だらけの金属が付けられた防具。
見慣れた装備が、剣士たちに安心感を与えている。
装備と同じく、皆の目にダンと共に映るべき人物が、静かに剣聖の隣で控えている――ヘルマである。
彼女も日頃の案件時と同じ身なりで、丈の短いワンピースに軽めの装備を着用、裾からは黒色のタイツで隠された脚が伸び、薄茶色のロングブーツを履いている。
腰の後ろには、横差しの短剣が添えられている。
ダンとはまた別の意味で、町民が憧れる人物だ。
町長からの話に聞き耳を立てているはずの剣士たちだが、そんな二人に目移りする。
そしていよいよ町長からの言葉が発せられるかと思いきや、町長は片手を前に出し、ダンに話すよう促した。
「みんな、いよいよこの日が来た。俺が待たせたわけではないが、長く待たせたような気がしてならない。やはり剣士である以上、実戦を経験したいのではないか?」
若い剣士たちから笑いにも似たざわめきが起こる。中堅以上の剣士たちは苦い顔をしているが。
その苦い顔を見つけたダンは言う。
「確かに戦わないに越したことはない。だがこの世界は、戦わねば平穏を分けてくれないらしい」
これには苦笑いをした剣士も普通に笑う。
「剣士の町レアルプドルフを名乗る以上、戦いを知っている剣士を育てなければならない。そこでだ――今回我々の相手をしてくださるという、なんともありがたい村がある」
集まっている剣士とその従者、全員が笑い出した。
「初めての者には優しく、久しい者には鈍った感覚を取り戻すのにちょうどいい。だが調子に乗るなよ? 慢心は何事もひっくり返しちまう力を秘めている。人が一番怠る地獄に引き込まれないよう勝利へ導き、皆で祝杯をあげるまでは気を引き締めていけ。ちなみに――」
ダンは含みのある言い方をして言葉を止め、皆の様子を見てから続ける。
「ブーズ――東地区ではエールタインとルイーサが指揮を執り、もしもの侵攻に備えている。小娘に負けるなよ。それを付け加えて俺の言葉とする」
一人の剣士がダンに質問をした。
「トゥサイを落としたら、エールタインと付き合ってもいいですか?」
突拍子もない質問に、他の剣士たちがざわつく。ダンは思わずヘルマを見るが、ヘルマは肩をすくめてダンに丸投げした。
「あの子と付き合おうってのか?」
「出来ることなら! 同じ思いの男は多数いますが、思い切って言った俺ではどうでしょうか!」
士気の高い雰囲気がそうさせるのか、剣士の勢いが止まらない。
ダンは少々引き気味なものの、真面目に答えた。
「――悪いが、誰にも娘をやる気は無い」
「だめ……ですか」
ダンの返答に肩を落とした剣士は、当たり前だろうと周りの剣士から頭を叩かれている。
「まあ、祝杯で勘弁してくれや」
笑いながらも剣士たち全員が拍手をした。拍手がおさまるのと入れ替わりに、町長が一歩前に出る。
「みなさん、今回の件はダン様の言葉が全てです。私からは一つだけ。あの時から十年強、我々はコツコツと力を蓄えてきた。剣士は勿論、町民全ての思いを剣に込め、攻め落とせ!」
かつて領主であった町長は、その頃と同じ声量で進撃の宣言をした。
「おお!」
集まった者全員が剣を掲げ、さらに士気を上げた。
Szene-02 ブーズ地区内、東西街道上
エールタインとルイーサ、それぞれのデュオはブーズへ向けて歩いていた。
前をエールタインとティベルダ、その後ろにルイーサとヒルデガルドが続く。
エールタインはティベルダの肩を抱きながら歩いている。
「ねえヒルデ、あれをどう思う?」
「エールタイン様がティベルダを抱えるという、普段とは逆の形ですね」
「やっぱりそうよね。無くはなかったけれど、何か違うのよ。私にしてくれてもいいと思うの」
「ああ、そちらのお話ですか。ティベルダではなく、ルイーサ様がされるべきだと」
ルイーサはおもむろに、ヒルデガルドの肩を抱いた。
「でもね、ヒルデにこうしたい気持ちもあるの」
「……ルイーサ様は贅沢では?」
「贅沢? いいえ、気持ちに正直なだけよ。好きな人と寄り添い合いたいと思うのは当然でしょ? 私はヒルデが好き。エールタインも好き。だからどちらも近くで感じていたい。それだけよ」
「それだけ……ですか。私は抱かれている今でも、気持ちが高ぶっていますけれど」
侵攻を開始する西と、攻めている期間を防護する東。戦いを仕掛ける町が笑顔で満たされているという、剣士の町レアルプドルフでしか出せない特徴がまた一つ顔を出していた。
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