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第一章 見習い剣士と新人奴隷

剣士見習いⅠ

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Szene-01 ダン家、庭
 
 剣士の住む町レアルプドルフ。
 その三番地区に、剣聖の家がある。

「はっはっは! 天性の才能を相手に剣を交えていると、どちらが師匠か分からんな」
「どこから見たってダンが師匠でしょ。冗談はやめて」

 剣聖、ダン・サロゲト。
 ダンは、家の前に広がる草原の中で弟子の修練に付き合っていた。
 相手である弟子は剣士見習いのエールタイン・カーベル、十五歳。
 銀髪に藍色の毛が混じるネオウルフボブ。
 細身で肌がとても白い。
 初見ならば、機敏に動いて剣を扱うような子には見えない。
 ダンの言う天性の才能とは、エールタインの動きの事だ。
 脚力がとんでもなく強いため、剣聖のダンも舌を巻くほど。
 しかし、剣さばきが追いついていない。
 そのおかげで師匠の立場を維持できていると、親しい者には常々語っている。

「おだてが通用しないか。だがなあ、腹が減ったんだよ。終わるぞ」
「えっ!?」

 その言葉を聞いたエールタインが、あわててバックステップで離れる。
 あえて自身の動きをおさえることでエールタインを泳がせていたダン。
 この日の修練を終わらせるために、動いた。
 焦りのせいか、バックステップの高さを取り過ぎたエールタイン。
 着地する瞬間を狙われた。
 ダンの右足が地面を蹴ると、首にぶら下がるブルー・サファイアが夕日を反射した。

「くっ!」

 軽くまぶたを下げるエールタイン。
 ダンは突進していく中で振りかぶりのために左足を軽く上げ、エールタインの左側へ。
 続けて膝下を外側へ向けるとエールタインの両脚をかかえ込んだ。
 着地する手段を無くしたエールタインは地面を寝床にするように倒れる。
 しかし、かかえ込んだ脚と剣を持った腕に守られ、衝撃に襲われることは無かった。

「飯にしようや」
「ほら、やっぱり師匠だ」
「嬉しいなあ、褒めてくれるのか? でもな、それだとエールの師匠を卒業できないじゃねえか」
「ずっとボクの師匠だよ。いつまでも教えてくれなきゃいやだ」

 ダンは剣を地面に刺しながら、エールタインの半身を起こす。
 脚も離すとあぐらをかいた。
 再び夕日がブルー・サファイアの中を通過する。

「こいつが光らなけりゃもう少しやれただろう」
「サファイアを見せて欲しいって言ったのはボクだし、それぐらいで失敗するようじゃダメでしょ」

 ダンが首にかけているサファイアは剣聖の証。
 位によって色が違う。
 剣士はブラック・サファイア。
 上級剣士はホワイト、剣聖はブルーのサファイア。
 証に使われる石の中には、暗くなると光る石が混ざっている。
 サファイアの採掘場では点々と光っている部分を掘り出して証用の石としていた。
 太陽が沈み、日の光が無くなると灯り出す。
 町の外に広がる山中などに生息している魔獣が死ぬと、光石になる。
 石になるのは相当な年月が経ってからのようだが、まだ解明されていない。
 この石は、剣士にとって暗闇での灯りとして重宝する。
 日常生活において使う灯りは主にランタン。
 戦場となると移動では使うが、戦闘時には不向きだ。
 そこでこの証の光が役に立つというわけだ。
 ただ、常に灯っていると困ることも多い。
 そのため、光が不要な時は石を包む革製の袋をかぶせている。
 綺麗な石を覆ってしまうため石の代わりにこの袋がアクセサリーとして扱われてもいる。

「親離れも必要だぞ?」
「親離れも師匠離れもする気が無いよ」
「おいおい、困った子だな。あいつを超える日が遠そうだ」

 あいつとはエールタインの父親、アウフリーゲン・カーベルである。
 十年前の戦いでダンに民の誘導を任せ、自身は一人で殿しんがりを務める。
 それまでの作戦が功を奏し、敵部隊の分裂に成功していた。
 敵の前衛部隊は少数になっていたが、構わずレアルプドルフへの追撃は継続された。
 しかし相手は少数。アウフリーゲンは一人で対応できると考えたようだ。
 そして残りの敵前衛部隊を見事に単身で片づけたと思われた矢先、最後の一人から執念の一突きを食らい、それが致命傷となった。
 それに気づいたダンが即座に助けに向かうが、多量の出血を目にする。
 覚悟をしつつ応急手当をしている時、アウフリーゲンが子供を頼むと言い残し息絶えた。

「アウフよ、お前からとんでもない幸せをもらっちまったな」
「ダン、急にどうしたの?」
「ん? お前が可愛くてしょうがないんだよ」
「ちょっと、急に恥ずかしいこと言わないでよ。ボクはカッコいいって言われる方がいいんだけど」

 言葉とは裏腹に割座で照れているエールタイン。
 かっこいいというよりは可愛いという方が当てはまる。
 ダンとその身内の前では可愛い仕草が多い。
 他ではかっこいいと言われているのだが。

「俺の前ではかまわんだろう。それにお前の親代わりでもある。可愛い所を見せていてくれ」
「もお……ダンは父さんだよ。じゃなきゃ生きてはいられなかった」
「こいつ、泣けること言いやがって。あいつに聞かせてやりたいな。そうだ、近いうちに墓参りに行くか。そろそろ寂しがっているはずだ。たまには顔ぐらい見せてやれ」
「うん。ちょうどボクも考えていたところなんだ。ヨハナ達も一緒にね!」
「もちろんだ」

 ダンが大きな手でエールタインの頭を撫でる。
 ニコっと笑うエールタインを見てダンも微笑んだ。
 二人は立ち上がり、沈みかけの夕日を背に家へと向かい歩き始めた。

Szene-02 ダン家、食卓

 ダンの家には二人の奴隷がいる。
 奴隷と言ってもレアルプドルフでは剣士の助手という扱いだ。
 ただ、危険な場所への同行となるために町民ではなく奴隷を、というのが理由。
 剣士の中には扱いが酷い者もいるが、ほとんどの剣士は家族として迎えている。
 身の回りの世話から戦闘時の補助までこなす。

「ヨハナ、まだあ?」
「今行きますから」

 ヨハナはエールタインの父が採用した奴隷だ。
 ダンがエールタインと一緒に引き取った。
 エールタインが少しでもアウフリーゲンを感じ、生活の変化を最小限に抑えるため、面倒な手続きが必要な契約引き継ぎまでした。

「エールはヨハナがいないと飯も食えないからなあ」
「先に食べたらヨハナが可哀そうでしょ」
「私も加わっていいですか?」

 エールタインに伺いを立てたのはダンの奴隷であるヘルマ。
 独身であるダンからはとても大切にされている。
 その気持ちに答えようと必死に尽くすが、必死さを出さないようにもしている。
 ダンに出来るだけ気を使わせないための配慮だ。
 当然ダンは気づいているが。
 エールタインが来てからはヨハナと一緒に二人を見守っている。

「だめって言うと思う? みんなで食べるの!」
「うふふ」

 ヨハナとヘルマもそろい、食事が始まると食卓は四人の笑い声に包まれた。

「ところで、エールも十五歳になったということでだな……」
「もうそんな時期なのですね」
「エール様が……アウフ様も喜ぶでしょうね」

 ヨハナは笑みを浮かべるが、その上を一筋の涙が滑り落ちる。
 ダンとヘルマもエールタインの成長をかみしめるようにほほんだ。

「……ねえダン。本当にボクも必要なの?」
「剣士になるってんなら当然だ。まあ実際に戦えばその理由が嫌というほど分かる」
「はあ」

 ヘルマがニコッと笑い、一言付け加える。

「エール様の家族が増えるんですよ?」
「ヘルマってさ、ボクの好きな事よく知っているよね」
「ヨハナもよーく知っていますよ。エール様のことなら隅々まで」
「むう。ボクがみんなに勝つ要素、どこにも無いじゃん!」

 エールタインはふくれっ面。
 他の三人は楽しそうに笑う。

「この町では幸いにも奴隷の扱いが変わってきた。二人を見てきたお前なら分かるだろ?」
「うん。そろそろ奴隷って言い方を変えればいいのにね」
「……私が言える立場では無いですが、助手として教育された身からすると町へ来た時に奴隷という言葉が飛び交っていたことに衝撃を受けました」

 二回ほどうなずいてヘルマが同調する。

「私もそうでした。奴隷なのねと落ち込みましたが、ダン様がとても優しくて。それからは奴隷と言われることがあっても落ち込むことはありませんでした」
「俺が照れることをさりげなく混ぜるなよ」
「こんな時でしか感謝の言葉を聞いていただけませんから」

 エールタインがニヤニヤしながら三人の様子を眺めている。
 ふくれっ面は消えていた。

「俺のことはいいとして。エール、明日は町へ行くからな」
「……はあい。ヨハナとヘルマみたいに優しい子がいるといいな」
「明日決めなきゃいけないわけじゃねえから。ゆっくり納得いく子を探そう」
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