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第一章 下拭き
1-2 容姿
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城から出たユシャリーノは、無意識に門番へお辞儀をして目的の無い旅を始め――。
「つってもさあ、ほんとにどこへ向かえばいいんだよ」
彼は、やることが定まらない旅を始めるにあたり、しばし考えてみる。
考え事をするときの定番、『空を見上げる』が発動された。
ぼーっと白い雲を眺めていると、『抱えたままだぜ』と腕の神経がマントとブーツの存在を脳に知らせる。
「とりあえず……着てみるか」
白い雲から町へと目線を下ろし、着用場所を探してみる。
ぶつぶつ独り言を呟きながら、きょろきょろと辺りを見回す勇者ユシャリーノ。
様子を見ていた門番は、剣を振りかぶって投げそうになるが、必死に抑える。
しかし足は止まらなかったようで、振りかぶりを抑えた分の力で地面を蹴った。
「いたっ!?」
門番の足から蹴りだされた石が、ユシャリーノの腕に当たった。
ユシャリーノは、発射源と思われる方向を見る。
だが目に映るのは、剣をゆっくりと鞘へ戻す門番しかいない。
目線を感じた門番は、ユシャリーノに振り向くなり口を開いた。
「すまんが勇者さんよ……すみません、勇者様。マントは羽織るだけですし、ブーツも履くだけです。その場でお召しになられては?」
「あ、そうっすね。『着替えは人の見えない場所でしな』ってばあちゃんからずっと言われていたんで。でも脱ぐんじゃないし、かまわないか。はは、ははは」
ユシャリーノは頭を掻いて照れ笑いを見せ、その場しのぎに使いがちな『愛嬌』を振りまいてみる。
しかし、所詮は町に馴染んでいない少年が放つ愛嬌だ。
門番はあきれを裏に隠した真顔でじっと見ていた。
ユシャリーノは、やけに突き刺さる目線に『恥ずかしさ』が顔を出し、頬をほんのり赤くさせる。
気持ちを誤魔化すように、そそくさと起毛仕立てのマントを羽織り、城壁を背にしてブーツの中へと両足を滑り込ませた。
上質な革が使われていることに顔を緩ませて紐を結ぶ。
「おお。見た目は少しくたびれているのに装着感は最高。代々伝わってきた物って感じがしていいな。初代から使っているとしたら、この耐久力と足にぴったり合うとかって、やっぱり特別な力が働いていたりするのか? ふーっ、勇者って最高!」
目をきらきらとさせつつ、おもむろに脚を上げて地面へ下ろす。
とんとんと音を立てて左右交互に地面を蹴り、ブーツの履き心地を試すとマントを翻した。
「うおーっ、ゆうしゃ、勇者だよ勇者! これで見た目も勇者らしくなっちまったな」
ユシャリーノは王様の前でできなかった念願のガッツポーズをした。
城所属の兵士たちから、冷ややかな視線をスコールのように浴びながら。
「さてと、次は」
ちらりと門番へ振り返り、目の前で装着シーンを見せたことへのお詫びも含めて軽く頭を下げた。
門番はシカトを仕掛けたものの、『相手は勇者だぞ』ともう一人の自分から忠告を受ける。
しかたなくユシャリーノに向き直って言う。
「勇者様から頭を下げられるような立場ではございません。今後は軽々しく頭を下げないようにお気をつけください」
「おっと、それは失礼。勇者だから勇者らしく……その通りだ。せっかく見た目が勇者らしくなったってのに、振る舞いが勇者じゃなければ台無しだ」
ユシャリーノは田舎育ち。
実家は農作業を生業としている。
作物の手入れで終わる毎日を繰り返すと、収穫時期を迎える。
収穫したら家族総出で仕分けをし、終わると両親は行商の旅に出ていた。
物心がついた頃から働き詰めの両親を見て育ったので、行商以外の作業はできるだけ手伝った。
祖母からは『人が困っていたら助けてあげるんだよ』との教えもあり、人の手伝いをすることが日常だった。
時には近所の細工屋で職人の手伝いをしたり旅人の案内をしたり。
遊びの延長でしていたことだが、そのすべてが人の助けとなっていた。
そんなユシャリーノは、よく働く陽気な少年として近所――といっても山深い村なのでいくつ山を越えても近所と言われている――では有名だった。
しかし、今いる場所は国の中枢である王都。
人は忙しなく動き、煩わしいことはスルー、さっさとことを終わらせて自分の時間を作りたいという人たちが暮らしている場所。
当然ユシャリーノとは基礎生活においての動きや価値観が違う。
わかりやすい余所者感を漂わせていると体から警笛が鳴った。
――――ぐう。
「やばい、めっちゃ腹が減ってる。俺、緊張していたのか。まったく、情けないぜ」
腹をさすりながら独り言を続ける。
「剣とマントとブーツ、これで見た目は勇者になった。でもそれだけじゃだめだ。この先は何かと戦っていくはず――」
隣に下ろした鞄へ目をやる。
「戦いに必要な物……か。鎌と鍬と包丁代わりの短剣、そして勇者の剣。この中で戦いに使えるのは勇者の剣だけか。剣を振るには力、力のためには……飯だな」
差し当たり、ユシャリーノは食べ物を探す小さな旅から始めることにした。
一つ大きくうなずいて鞄を背負うと、両側にぶら下がっている鎌と鍬が揺れる。
勇者というよりは、さながら移住先を探す旅人のようだ。
「飯屋か食材を売っている店を探そう。町の物価が心配だけど、何も買えないってことはないよな」
先立つものに一抹の不安を覚えるが、日差しを浴びた勇者の剣から『俺様がいる、なんとかなる』と言わんばかりの光を当てられた。
主は勇者の剣の気持ちをありがたく受け取ったが、少々険しい顔になって呟いた。
「勇者は買い物も上手いんだろうか。剣があっても買い物で生かすには売るしかないぞ……そんなことできるかよ」
とうとう空腹による弊害『思考力の鈍化』が始まったようだ。
「なあ、勇者の剣。お前ってさ、剣だよな。剣は斬るもの……俺としたことが忘れかけていたぜ」
ドン引きするほどの忘れっぷりだが、勇者の剣のおかげでなんとか正気に戻る。
「斬るだけじゃなくて、突きもあったな。お前の使い方がわからないんじゃ勇者認証が取り消されるところだった、あぶねえ」
まだ鈍化の真っ只中だったようだ。
「困ったら剣を使えばいい、確かにな。お前、この先で待っている活躍の場を楽しみにしているんだろ? 俺もだ。お前にはどこまでも付き合ってもらうからな」
勇者の剣が送った光の言葉を誤って受け取っていたふしがあったが、どうやら途中で修正されたらしい。
――――ぐう。
『そいつの言葉がわかるなら、先に訴えているこっちの言葉をわかれよ』と腹は鳴り続ける。
勇者の剣との会話は成立しているが、自身の体の一部である腹とは馬が合わないらしい。
「腹が減っては剣が振れぬ、だったな。それじゃあ気を取り直して、出発!」
結局、空腹をどのように満たすのかの答えを導き出さないまま、自信だけは保って突き進む勇者であった。
◆────────────・・・‥‥……
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「つってもさあ、ほんとにどこへ向かえばいいんだよ」
彼は、やることが定まらない旅を始めるにあたり、しばし考えてみる。
考え事をするときの定番、『空を見上げる』が発動された。
ぼーっと白い雲を眺めていると、『抱えたままだぜ』と腕の神経がマントとブーツの存在を脳に知らせる。
「とりあえず……着てみるか」
白い雲から町へと目線を下ろし、着用場所を探してみる。
ぶつぶつ独り言を呟きながら、きょろきょろと辺りを見回す勇者ユシャリーノ。
様子を見ていた門番は、剣を振りかぶって投げそうになるが、必死に抑える。
しかし足は止まらなかったようで、振りかぶりを抑えた分の力で地面を蹴った。
「いたっ!?」
門番の足から蹴りだされた石が、ユシャリーノの腕に当たった。
ユシャリーノは、発射源と思われる方向を見る。
だが目に映るのは、剣をゆっくりと鞘へ戻す門番しかいない。
目線を感じた門番は、ユシャリーノに振り向くなり口を開いた。
「すまんが勇者さんよ……すみません、勇者様。マントは羽織るだけですし、ブーツも履くだけです。その場でお召しになられては?」
「あ、そうっすね。『着替えは人の見えない場所でしな』ってばあちゃんからずっと言われていたんで。でも脱ぐんじゃないし、かまわないか。はは、ははは」
ユシャリーノは頭を掻いて照れ笑いを見せ、その場しのぎに使いがちな『愛嬌』を振りまいてみる。
しかし、所詮は町に馴染んでいない少年が放つ愛嬌だ。
門番はあきれを裏に隠した真顔でじっと見ていた。
ユシャリーノは、やけに突き刺さる目線に『恥ずかしさ』が顔を出し、頬をほんのり赤くさせる。
気持ちを誤魔化すように、そそくさと起毛仕立てのマントを羽織り、城壁を背にしてブーツの中へと両足を滑り込ませた。
上質な革が使われていることに顔を緩ませて紐を結ぶ。
「おお。見た目は少しくたびれているのに装着感は最高。代々伝わってきた物って感じがしていいな。初代から使っているとしたら、この耐久力と足にぴったり合うとかって、やっぱり特別な力が働いていたりするのか? ふーっ、勇者って最高!」
目をきらきらとさせつつ、おもむろに脚を上げて地面へ下ろす。
とんとんと音を立てて左右交互に地面を蹴り、ブーツの履き心地を試すとマントを翻した。
「うおーっ、ゆうしゃ、勇者だよ勇者! これで見た目も勇者らしくなっちまったな」
ユシャリーノは王様の前でできなかった念願のガッツポーズをした。
城所属の兵士たちから、冷ややかな視線をスコールのように浴びながら。
「さてと、次は」
ちらりと門番へ振り返り、目の前で装着シーンを見せたことへのお詫びも含めて軽く頭を下げた。
門番はシカトを仕掛けたものの、『相手は勇者だぞ』ともう一人の自分から忠告を受ける。
しかたなくユシャリーノに向き直って言う。
「勇者様から頭を下げられるような立場ではございません。今後は軽々しく頭を下げないようにお気をつけください」
「おっと、それは失礼。勇者だから勇者らしく……その通りだ。せっかく見た目が勇者らしくなったってのに、振る舞いが勇者じゃなければ台無しだ」
ユシャリーノは田舎育ち。
実家は農作業を生業としている。
作物の手入れで終わる毎日を繰り返すと、収穫時期を迎える。
収穫したら家族総出で仕分けをし、終わると両親は行商の旅に出ていた。
物心がついた頃から働き詰めの両親を見て育ったので、行商以外の作業はできるだけ手伝った。
祖母からは『人が困っていたら助けてあげるんだよ』との教えもあり、人の手伝いをすることが日常だった。
時には近所の細工屋で職人の手伝いをしたり旅人の案内をしたり。
遊びの延長でしていたことだが、そのすべてが人の助けとなっていた。
そんなユシャリーノは、よく働く陽気な少年として近所――といっても山深い村なのでいくつ山を越えても近所と言われている――では有名だった。
しかし、今いる場所は国の中枢である王都。
人は忙しなく動き、煩わしいことはスルー、さっさとことを終わらせて自分の時間を作りたいという人たちが暮らしている場所。
当然ユシャリーノとは基礎生活においての動きや価値観が違う。
わかりやすい余所者感を漂わせていると体から警笛が鳴った。
――――ぐう。
「やばい、めっちゃ腹が減ってる。俺、緊張していたのか。まったく、情けないぜ」
腹をさすりながら独り言を続ける。
「剣とマントとブーツ、これで見た目は勇者になった。でもそれだけじゃだめだ。この先は何かと戦っていくはず――」
隣に下ろした鞄へ目をやる。
「戦いに必要な物……か。鎌と鍬と包丁代わりの短剣、そして勇者の剣。この中で戦いに使えるのは勇者の剣だけか。剣を振るには力、力のためには……飯だな」
差し当たり、ユシャリーノは食べ物を探す小さな旅から始めることにした。
一つ大きくうなずいて鞄を背負うと、両側にぶら下がっている鎌と鍬が揺れる。
勇者というよりは、さながら移住先を探す旅人のようだ。
「飯屋か食材を売っている店を探そう。町の物価が心配だけど、何も買えないってことはないよな」
先立つものに一抹の不安を覚えるが、日差しを浴びた勇者の剣から『俺様がいる、なんとかなる』と言わんばかりの光を当てられた。
主は勇者の剣の気持ちをありがたく受け取ったが、少々険しい顔になって呟いた。
「勇者は買い物も上手いんだろうか。剣があっても買い物で生かすには売るしかないぞ……そんなことできるかよ」
とうとう空腹による弊害『思考力の鈍化』が始まったようだ。
「なあ、勇者の剣。お前ってさ、剣だよな。剣は斬るもの……俺としたことが忘れかけていたぜ」
ドン引きするほどの忘れっぷりだが、勇者の剣のおかげでなんとか正気に戻る。
「斬るだけじゃなくて、突きもあったな。お前の使い方がわからないんじゃ勇者認証が取り消されるところだった、あぶねえ」
まだ鈍化の真っ只中だったようだ。
「困ったら剣を使えばいい、確かにな。お前、この先で待っている活躍の場を楽しみにしているんだろ? 俺もだ。お前にはどこまでも付き合ってもらうからな」
勇者の剣が送った光の言葉を誤って受け取っていたふしがあったが、どうやら途中で修正されたらしい。
――――ぐう。
『そいつの言葉がわかるなら、先に訴えているこっちの言葉をわかれよ』と腹は鳴り続ける。
勇者の剣との会話は成立しているが、自身の体の一部である腹とは馬が合わないらしい。
「腹が減っては剣が振れぬ、だったな。それじゃあ気を取り直して、出発!」
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