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第一章 下拭き
第一話 ほどほどでよろしく 1-1 認証
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マルスロウ王国の王都ワイルドナーゲ。
その一角にある城の謁見部屋では、千年ぶりに王と勇者が対面していた。
玉座に座った王が勇者に語り掛ける。
「おお……クシャリーノ」
「いえ、ユシャリーノです」
「お、おお……ユシャリーノよ。勇者を引き継いじゃったの?」
「じゃった? 継いじゃったとは」
「そうか、うん、はい。条件をクリアしたんだからしゃーないね。ってかその剣、まーだあったのか……ちっ」
王は斜め左下へ勢いよく振り向いて舌打ちをした。
「ちっ? 今、舌打ちをしませんでした?」
「あ? なーにを言っている。勇者が王の悪口を言うのか、無礼だな」
「そんな、とんでもない!」
勇者は両手を振って否定した。
「ふん、まあいい。条件をクリアしちまった以上、勇者として認めねばならんしな。まあさ、そのー……なんだ、あれだよ」
「あれ……とは」
「だいたいわかるだろう。勇者といったら?」
「え?」
「だーから。勇者といったら? はいっ」
王様は片手をさっと出し、勇者に答えるよう求めた。
「え、えっと……勇者といったら、魔王討伐?」
向けた手を元に戻して王様が言う。
「ほら、聞かなくてもわかってんじゃん」
「い、言い伝えでしか聞いたことありません。勇者にあこがれはあったけど、本当になるとは思ってなかったし。ましてや魔王なんてどんなやつだかさっぱり――」
片膝を床について下を向いたまま答える。
構わず王様は申し付けた。
「とにかく! 勇者が来たってことは、再び魔王が暴れ始めたことを意味するわけ。ベシャリーノよ」
「ユシャリーノです」
勇者の名はユシャリーノ。
マルスロウ王国の深山地方にあるピース村出身。
世のため人のために尽くしたい系で、勇者伝説愛好家である。
「ふむ、ユシャリーノよ。適当にやっつけちゃって」
「適当に? いやいや、ばっちりこなします!」
「まあまあ、そんなに張り切らなくていいから。ただ勇者らしく振る舞ってりゃいいんよ。マジでそれだけ。そこんとこよろしく」
「は、はあ……」
「あーあと、マントとブーツを渡すから使ってちょーだい。大抵のことは何とかなるはずだから。それさ、いわゆる勇者専用ってやつ。たーぶーん、すごいよ」
王様は、今一つわかっていないアイテムの優秀さを得意げにアピールした。
「すごいって……どゆこと?」
ユシャリーノはぼそりと呟いた。
「んじゃ、後は任せた」
秘書は、足音を絨毯に消されながら早歩きで近衛兵の横を通り過ぎ、勇者ユシャリーノに近づいた。
ユシャリーノは、「任せてください!」の言葉と共に立ち上がってガッツポーズを決めようとしたが、迫る秘書の色気と機敏さに不意を突かれて動きを止めた。
腰は半上げ、胸の前で構えようとした右腕も上げ切らせてもらえずに中途半端な位置だ。
「こちらをお納めください」
床に両膝をついた秘書は、お構いなしにアイテムを差し出した。
いや――正確には、アイテムを投げつけそうになるのを抑えて差し出した。
ユシャリーノは釣られて中腰のまま反射的に受け取る。
「あ、ありがとうございます」
秘書が持つ天性の名刀『甘い色気』の剣先が、純粋な男心をあっさり貫通した。
ユシャリーノは避けることができず、勇者心に風穴を空けられて思わず丁寧語で答えた。
そのまま見とれてしまいそうになるが、気分次第で発動する能力『気力』で振り払い、目線を秘書越しに王様へと向ける。
床に焦点を合わせ続けていたために生じた障害『ぼやけ』が邪魔をしたが、『気力』が薙ぎ払ってくれたため、ようやく君主のご尊顔を拝むことができた。
しかし思いのほか若い風貌の男に笑顔はなく、秘書の色気にどきっとしたのも束の間、王の冴えない表情への驚きでせっかくのときめきも消え去った。
冷静になったユシャリーノは、無駄になりかけた先天的技能『立ち上がる』を使って起立をした。
勇者の登場に満面の笑みを浮かべているだろうという予想が外れた上、秘書の色気の余韻も手伝って一瞬ふらつく。
しかし勇者への想いが強いユシャリーノは、女性の前で無様な一面を見せまいと踏ん張った。
我に返ると『素朴な疑問』が発動し、解決すべく王様に尋ねる。
「あのー、それでどちら方面に向かえば……あれ?」
目に映ったのは主から解放された玉座と、いつの間にか自分の立ち位置に戻った美麗な秘書だけだった。
「勇者ってのは、魔王がどこにいるのか知っているものなのか。やっべー、俺が勇者じゃないみたいじゃねーか」
ユシャリーノは、王様がいないからしかたなく……いや、決して王様より秘書が気になっていたのではない。
肝心な王様がいない代わりとして、やむを得ず美しい秘書にお辞儀をした。
秘書は静かに会釈を返し、冷ややかな表情でじっと立っていた。
――――勇者ユシャリーノが城へ訪れた時のこと。
謁見前の王様は、ユシャリーノと会うことにあまり乗り気ではなかった。
王室でくつろいでいた王様の元に、秘書から速報が届く。
「は?」
「ですから、謁見部屋にて勇者と名乗る者がお待ちです」
「マジ?」
先日、ターリキ連合への加入を発表したマルスロウ王国の王は、勢いよく振り返って秘書を見た。
「はい、マジです」
「うそ……だろ」
「いえ、ほんと……です」
「そこは嘘でも嘘だと言ってくれよ、ハニー」
「ハニーはちょっと……。嘘だとお答えするのは構いませんが、それでは嘘をついているという本当のことをお伝えしているだけかと」
王様は、地肌に痛みを感じるまで頭をくしゃくしゃと掻きむしった。
真顔の秘書が王様の仕草などまったく気にせずに先導する姿勢を見せたので、仕方なく付いて行こうとするが、一歩だけ足を出して止めた。
「また――」
王様は両肩を抱くような仕草をした。
秘書は小さくため息をついてから王様へ振り返る。
「それは会って確かめるしかないのでは」
「会ったところで外見ぐらいしかわからぬではないか」
「来てしまった以上、知らないよりは知っておいた方が後々の対策ができると思います。勇者として来たのですから、それなりの能力をお持ちなのでしょうし」
「はあ……後の対策ってことは、お前も何かを前提に話しているってことだろう」
「わたくしはただの秘書ですので、王様がお考えになる件についてとやかく言える立場ではございません」
王様はため息をつこうとしたが、開けようとした口から『そんなにため息ばかりつくと幸せが逃げるぞ』と脳内に警告が発せられた。
欠伸やくしゃみを止めた時のような不完全燃焼を感じつつ仕方なく止める。
気を持ち直すために改めて秘書の後ろ姿を眺めながら歩き出した。
「なあ」
「どうしました?」
「そばにいてくれるか?」
「そのつもりでいつもお仕えしておりますが」
「お前ってすごいな」
「『すごい』という言葉の意味をご存じですか?」
ふぁさっ、ふぁさっと動く秘書の猫っ毛長髪に見とれながら王様は答えた。
「すごいんだから、すごいってことだろ」
「はあ……ぞっとするほど恐ろしい、非常に気味が悪い、はなはだしい等々」
「は?」
「ですから、あまりよろしい言葉ではないのです。度を超えた良さを表すためにあえて使われてはいますが」
王様は、うっとりとして見ていた自分が叱られているのではないかと思う。
「はい……なんか、すまん」
「なぜ謝罪を? 度を超えた良さを感じてもらい、お褒めくださっているのだと認識しております」
「お前、俺で遊んだか?」
「とーんでもこざいません」
秘書は、こみ上げる笑いで口角が上がってしまうが、見つからないように前を向いたまま答えた。
王様は一瞬、怪訝そうな面持ちになる。
しかし同じく笑いがこみ上げ、秘書とは逆に笑いを表に出した。
「ははは。お前の機嫌がよければ何よりだ」
――そんな流れからの謁見であった。
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その一角にある城の謁見部屋では、千年ぶりに王と勇者が対面していた。
玉座に座った王が勇者に語り掛ける。
「おお……クシャリーノ」
「いえ、ユシャリーノです」
「お、おお……ユシャリーノよ。勇者を引き継いじゃったの?」
「じゃった? 継いじゃったとは」
「そうか、うん、はい。条件をクリアしたんだからしゃーないね。ってかその剣、まーだあったのか……ちっ」
王は斜め左下へ勢いよく振り向いて舌打ちをした。
「ちっ? 今、舌打ちをしませんでした?」
「あ? なーにを言っている。勇者が王の悪口を言うのか、無礼だな」
「そんな、とんでもない!」
勇者は両手を振って否定した。
「ふん、まあいい。条件をクリアしちまった以上、勇者として認めねばならんしな。まあさ、そのー……なんだ、あれだよ」
「あれ……とは」
「だいたいわかるだろう。勇者といったら?」
「え?」
「だーから。勇者といったら? はいっ」
王様は片手をさっと出し、勇者に答えるよう求めた。
「え、えっと……勇者といったら、魔王討伐?」
向けた手を元に戻して王様が言う。
「ほら、聞かなくてもわかってんじゃん」
「い、言い伝えでしか聞いたことありません。勇者にあこがれはあったけど、本当になるとは思ってなかったし。ましてや魔王なんてどんなやつだかさっぱり――」
片膝を床について下を向いたまま答える。
構わず王様は申し付けた。
「とにかく! 勇者が来たってことは、再び魔王が暴れ始めたことを意味するわけ。ベシャリーノよ」
「ユシャリーノです」
勇者の名はユシャリーノ。
マルスロウ王国の深山地方にあるピース村出身。
世のため人のために尽くしたい系で、勇者伝説愛好家である。
「ふむ、ユシャリーノよ。適当にやっつけちゃって」
「適当に? いやいや、ばっちりこなします!」
「まあまあ、そんなに張り切らなくていいから。ただ勇者らしく振る舞ってりゃいいんよ。マジでそれだけ。そこんとこよろしく」
「は、はあ……」
「あーあと、マントとブーツを渡すから使ってちょーだい。大抵のことは何とかなるはずだから。それさ、いわゆる勇者専用ってやつ。たーぶーん、すごいよ」
王様は、今一つわかっていないアイテムの優秀さを得意げにアピールした。
「すごいって……どゆこと?」
ユシャリーノはぼそりと呟いた。
「んじゃ、後は任せた」
秘書は、足音を絨毯に消されながら早歩きで近衛兵の横を通り過ぎ、勇者ユシャリーノに近づいた。
ユシャリーノは、「任せてください!」の言葉と共に立ち上がってガッツポーズを決めようとしたが、迫る秘書の色気と機敏さに不意を突かれて動きを止めた。
腰は半上げ、胸の前で構えようとした右腕も上げ切らせてもらえずに中途半端な位置だ。
「こちらをお納めください」
床に両膝をついた秘書は、お構いなしにアイテムを差し出した。
いや――正確には、アイテムを投げつけそうになるのを抑えて差し出した。
ユシャリーノは釣られて中腰のまま反射的に受け取る。
「あ、ありがとうございます」
秘書が持つ天性の名刀『甘い色気』の剣先が、純粋な男心をあっさり貫通した。
ユシャリーノは避けることができず、勇者心に風穴を空けられて思わず丁寧語で答えた。
そのまま見とれてしまいそうになるが、気分次第で発動する能力『気力』で振り払い、目線を秘書越しに王様へと向ける。
床に焦点を合わせ続けていたために生じた障害『ぼやけ』が邪魔をしたが、『気力』が薙ぎ払ってくれたため、ようやく君主のご尊顔を拝むことができた。
しかし思いのほか若い風貌の男に笑顔はなく、秘書の色気にどきっとしたのも束の間、王の冴えない表情への驚きでせっかくのときめきも消え去った。
冷静になったユシャリーノは、無駄になりかけた先天的技能『立ち上がる』を使って起立をした。
勇者の登場に満面の笑みを浮かべているだろうという予想が外れた上、秘書の色気の余韻も手伝って一瞬ふらつく。
しかし勇者への想いが強いユシャリーノは、女性の前で無様な一面を見せまいと踏ん張った。
我に返ると『素朴な疑問』が発動し、解決すべく王様に尋ねる。
「あのー、それでどちら方面に向かえば……あれ?」
目に映ったのは主から解放された玉座と、いつの間にか自分の立ち位置に戻った美麗な秘書だけだった。
「勇者ってのは、魔王がどこにいるのか知っているものなのか。やっべー、俺が勇者じゃないみたいじゃねーか」
ユシャリーノは、王様がいないからしかたなく……いや、決して王様より秘書が気になっていたのではない。
肝心な王様がいない代わりとして、やむを得ず美しい秘書にお辞儀をした。
秘書は静かに会釈を返し、冷ややかな表情でじっと立っていた。
――――勇者ユシャリーノが城へ訪れた時のこと。
謁見前の王様は、ユシャリーノと会うことにあまり乗り気ではなかった。
王室でくつろいでいた王様の元に、秘書から速報が届く。
「は?」
「ですから、謁見部屋にて勇者と名乗る者がお待ちです」
「マジ?」
先日、ターリキ連合への加入を発表したマルスロウ王国の王は、勢いよく振り返って秘書を見た。
「はい、マジです」
「うそ……だろ」
「いえ、ほんと……です」
「そこは嘘でも嘘だと言ってくれよ、ハニー」
「ハニーはちょっと……。嘘だとお答えするのは構いませんが、それでは嘘をついているという本当のことをお伝えしているだけかと」
王様は、地肌に痛みを感じるまで頭をくしゃくしゃと掻きむしった。
真顔の秘書が王様の仕草などまったく気にせずに先導する姿勢を見せたので、仕方なく付いて行こうとするが、一歩だけ足を出して止めた。
「また――」
王様は両肩を抱くような仕草をした。
秘書は小さくため息をついてから王様へ振り返る。
「それは会って確かめるしかないのでは」
「会ったところで外見ぐらいしかわからぬではないか」
「来てしまった以上、知らないよりは知っておいた方が後々の対策ができると思います。勇者として来たのですから、それなりの能力をお持ちなのでしょうし」
「はあ……後の対策ってことは、お前も何かを前提に話しているってことだろう」
「わたくしはただの秘書ですので、王様がお考えになる件についてとやかく言える立場ではございません」
王様はため息をつこうとしたが、開けようとした口から『そんなにため息ばかりつくと幸せが逃げるぞ』と脳内に警告が発せられた。
欠伸やくしゃみを止めた時のような不完全燃焼を感じつつ仕方なく止める。
気を持ち直すために改めて秘書の後ろ姿を眺めながら歩き出した。
「なあ」
「どうしました?」
「そばにいてくれるか?」
「そのつもりでいつもお仕えしておりますが」
「お前ってすごいな」
「『すごい』という言葉の意味をご存じですか?」
ふぁさっ、ふぁさっと動く秘書の猫っ毛長髪に見とれながら王様は答えた。
「すごいんだから、すごいってことだろ」
「はあ……ぞっとするほど恐ろしい、非常に気味が悪い、はなはだしい等々」
「は?」
「ですから、あまりよろしい言葉ではないのです。度を超えた良さを表すためにあえて使われてはいますが」
王様は、うっとりとして見ていた自分が叱られているのではないかと思う。
「はい……なんか、すまん」
「なぜ謝罪を? 度を超えた良さを感じてもらい、お褒めくださっているのだと認識しております」
「お前、俺で遊んだか?」
「とーんでもこざいません」
秘書は、こみ上げる笑いで口角が上がってしまうが、見つからないように前を向いたまま答えた。
王様は一瞬、怪訝そうな面持ちになる。
しかし同じく笑いがこみ上げ、秘書とは逆に笑いを表に出した。
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