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幽霊
しおりを挟む私の家はすこぶる古い。詳しくは覚えてないが築二十年は軽く経っていると思う。家賃の安さで決めたは良いが、ここまで古いと壁も薄い。隣りの家のイビキが聞こえてくる始末である。
また古いだけあって少々薄暗く、一人で暮らすには不気味だ。不気味といえば引っ越した当初、隣りから数人の老人達による読経の大合唱が聞こえてきたときは大変驚いた。もしや出るのかなとも思ったがそんなことで家を一々変えてはいられないので忘れることにした。
私が寝ていると、何やら声をかけてくるヤツがいる。はてこの部屋には私一人しかいないはずだがと思い目を開けてみると白装束に身を包んだ冴えない男が立っている。
「すみませんがドチラ様?」
「幽霊です。うらめしや」
「ははぁさては泥棒だな。見てのとおりこの家には盗むものなんてないから他を当たってくれ、他を」
「といわれましても、本当に幽霊なんです。うらめしや」
なるほど確かに足が無い。これはホンモノだと思ったが寝ぼけているのと睡眠を邪魔されたことへの怒り、そのうえ幽霊にしては冴えない外見のせいで恐怖を感じることは無かった。
「幽霊だかなんだか知らないが、今何時だと思っているんだ、 ちくしょうめ」
「幽霊といえば夜でしょう。昼間に出たって怖がられるどころか気付いてももらえませんよ」
確かに一理ある。しかし夜に出たってこの外見では怖がる人は皆無だろう。一度は幽霊というものを見てみたいとは思っていたが、なんてこった。初めて現れてくれた幽霊がこんなに情けないものだとは。
目も冴えてきたことだし、ひとつコイツに人間を怖がらせるコツを伝授してやろう。
「しかし君、幽霊にしては怖くないぜ。やはり幽霊というのは生きている人間に恐怖を与えなくてはいかん。まずは両手だ。両手をそんな所在なげに下に下ろしていたらダメだよ。こう前に持ってきてダラリとしないと」
「こうですか。うらめしや」
「うん、さっきよりは少しマシになった。次は顔だ。 そんな血色の良い幽霊があるか」
「そんなこと言われても、こればっかりはどうしようもありませんよ」
「君の嫌いなものは? ゴキブリか。ではゴキブリに襲われている自分を想像してみなさい。うん、顔が青ざめてきたな。いいぞ、これで大分見られるようになってきた。その次は声だ。君の声はどうも明るくていかん。生きているときは陽気で良いかも知れないが、幽霊ならもっと陰気くさくならなければ」
「こうですか~、うらめしやぁ」
「まだちょっと変だが、少し練習すればすぐ良くなるだろうよ…」
それから二時間ばかり過ぎ、幽霊のヤツはもうどこに出しても恥ずかしくないものになった。私も骨を折った甲斐があったというものだ。
ではまた明日、ちゃんと私を驚かせてくれと幽霊に頼んだ。が。
「いえ、もう僕は満足しました。死んでから今まで、貴方のように僕にかまってくれた人はなかった。それだけが心残りだったのです。それでは僕は成仏します。 ありがとう、さよなら」
なんだ、勝手に出てきて勝手に消えやがって。
しかしまぁ一人の幽霊を私が救ってやったと思えば、さほど悪い気もしないし、何よりこれでゆっくり寝られる。
初めての霊体験がこんなものだとは少し残念な気もするが生きていればいつか、怖い幽霊にも会えるだろう。今日はもう寝ることにした。
それから数日が過ぎた夜、私が寝ていると声をかけてくるヤツがいる。
何事かと思って目を開けると恐ろしい形相をし、 恨みがましい目で私を見ている幽霊がそこに立っていた。
「わぁ、助けてくれ…」
「慌てないでください。僕ですよ、あの時の幽霊です」
「なんだ君か。いや、物凄く恐ろしかった。今でも心臓がバクバク言っている。しかしどうしたんだい。君は確か成仏したはずだが」
「ええ、成仏し、あの世に行ってきました。しかしあの世にいる先輩たちにお前は暗いヤツだと虐められ、また戻ってきたんです。貴方が僕をこんな風に仕立てなかったら楽しく暮らせたのに。この責任を償ってくれるまではここから動きませんよ、うらめしや…」
希望通りに私は驚くことが出来たが、なんてことだ。これから毎晩この恐ろしい幽霊と一緒に過ごさなくてはならないとは。
人間なんて生きてても死んでても自分勝手なものだな。
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