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第49話 これにて一件落着の巻

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 年の終わりを明日に控えて、大学街は静まりかえっている。学生は家族と過ごすために学寮を離れ、コーヒースタンドや居酒屋は休業し、街に残っている者は貴重な静けさを楽しんでいる。
 ラッセルは図書館に近い学寮の裏口に馬車を止めさせた。学生がいないので表玄関は閉まっているが、裏口は寮監や住み込みの料理人が出入りするので、誰かに見られても不自然ではない。

 そっと馬車を下りようとしたラッセルに御者がたずねた。
「新月ですが、カンテラは?」
「目立つから不要だ――が……」
 ルークは大丈夫だろうかと語尾を濁したラッセルに、静かな声が先回りする。
「館長、私なら大丈夫です」
「了解です。ここで待ちますか?」
 御者がいった。ラッセルはかぶりを振った。
「いや、すぐ王宮に戻っていい」

 ラッセルとルークが路上に下りると同時にリリが星空へ舞い上がる。ラッセルは黒いコート、ルークはマントを羽織っている。ラッセルのコートは自前で、ルークのマントは王宮を出るときにクロークから拝借したものである。
 ルークの白いケープをクロークで発見した貴族は仰天するだろうが、差し迫った必要があるのだから仕方ない。それに大規模な夜会では外套を取り違えるのはよくあることだ。

 保安部隊と打ち合わせた通り、ラッセルは学寮裏から建物のすきまの路地づたいに王立図書館へ向かった。
 あらかじめ道がわかっていても、星明りだけを頼りに進むのは目が慣れるまではいささか辛かった。しかしルークはラッセルよりずっと夜目が効くらしく、いつもと変わらない様子でさっさと歩いていく。おまけに王立図書館の敷地に入ると、ラッセルよりも素早く、物陰で待機している隊員をみつけた。ラッセルに頬を寄せ、指差しでその方角を示す。
「見張りだ」

 ラッセルはささやきで答えた。二人は足音をしのばせて本館の横を別棟の方へ通り抜けた。窓格子の嵌った建物の前に黒い人影が群がって、扉をこじあけようとしている。ラッセルは首をめぐらし、保安部隊が隠れている植えこみをみた。隊員のひとりが音もなく体を起こすと、別棟の扉めがけて何かを投げた。
 ピカッ――
 あたりが白く輝いた。
「うわっ」
「目がっ」

 たちまちあたりは騒然として、隠れていた隊員たちがいっせいに動き出す。閃光で目がくらんだ者はもちろん、走って逃げようとしていた者もすぐに取り押さえられた。ラッセルもそちらへ駆け寄ったが、隊員が押さえつけている者の中に例の首領――白髪頭の老人はいない。

「くそ、まさか――」
 その時だった。ルークが身をひるがえして真っ暗な道を走りだした。シュッと風を切る音と共にリリの翼が空を切る。
 まさかそっちに? ラッセルはあわてて追いかけた。いくらもいかぬうちに白髪頭がみえた。そこは図書館の中庭だった。空に向かって狂ったように両手を振り回している。

「わしのドラゴン! 降りてこい! わしのもの!」

 保安隊員たちがラッセルに合流し、老人を取り押さえるべく走っていく。老人は肩で息をしながらルークに向かって手を振り回している。
「おまえもだ! 水を宝石に変えさせて、この国もわしが全部――」

 ヒューン、ゴツッ。

 痛そうな音と共に老人の声がやんだ。空から降ってきたものがその頭を直撃したのだ。リリが中庭の上を旋回している。保安隊員が駆け寄っていく中、老人は目をみひらいたままぱたりとその場に倒れた。
 ラッセルは空をみあげた。

「……今のはリリの仕業?」
 隣でルークがいった。
「はい。鉤爪で石を投げていました」
「そうか。暗いのによく見えたな」
「ええ。どうも私は暗闇が見えるようになったらしくて。あの洞窟に入ってから」

 なるほど。ラッセルは納得した。そういえばさっき、ヤドリギの首領は妙なことを叫んでいた。水を宝石に変えるとかなんとか……。
 まあいい。ラッセルは肩をすくめた。

「精霊族には異能がつきものだ。そういうこともあるさ」
「でも変じゃないですか?」
「ルークはルークだ。関係ない」

 頭上でパタパタと翼の音がしてリリがルークの肩に舞い降りる。ラッセルの方に首を曲げ、得意げに藍色の目をパチパチさせると、これにて一件落着といわんばかりのさえずりを放った。

 ピピピピピッピピー!
(リリが勝ったもんね!)
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