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第43話 リリはごきげん
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曇りガラスの小さな窓から朝の光が差しこんでいる。
「か、館長……」
「……嫌か?」
ルークがぶんぶんと首を振った。イヤなのかイイのか、どっちなのかな、とリリは思った。
ルークは裸足で寝間着を羽織っている。リリのいる場所からはルークの赤く染まった頬とうなじがみえる。
「も、もう明るいし……浴室までついてこなくていいですから」
「ふらついていたじゃないか」
「大丈夫ですから!」
「心配なんだ」
ラッセルがルークの両肩に腕を回した。
「ほら、やっぱりふらふらしてる」
ラッセルはルークをすっぽり抱きしめて、そのまま浴室へ誘導していく。ぱたんとドアが閉じたが、薄い木の板一枚ではドラゴンの聴覚をさえぎることはできない。
「館長、あの……」
「ラッセルだ」
「……でも」
「嫌か?」
「昼間から……無理です」
「……ならいい」
ぽちゃぽちゃと雫が垂れる音が聞こえ、ルークが「だめです、そこ」とか、小さくあっとか呻いているのが聞こえた。蜜色あたま、またやってるのかな、とリリは思った。人間は一度くっつくとずっとくっついていたいのかな。
でもいっか。蜜色あたまはルークの嫌がることやってるわけじゃないし、ルークだって蜜色あたまとくっつきたかったんだから。
昨日のリリはわるいやつをやっつけようとフィーバーしすぎて、ルークと蜜色あたまがくっついていることにも気づかず、ぐっすり眠りこんでいた。夜中にルークが卵を産んだときに一度目をさましたけど。そうだ、ルークはあの卵、どこにやっちゃったんだろう。
きれいな卵だったな。リリもいつかあんなの産めるかな。そういえば昨日、リリはきれいな金色の仲間に会った。
仲間? でも……人間がつくった籠に一度も入ったことがないドラゴンは、リリを仲間って思ってくれるかな。
またバタンとドアが開いて、着替えの途中で出てきたルークの顔はまだ赤かった。ラッセルの手をふりきるように長椅子へ突進し、いつものルークらしからぬ勢いでどしんと座ると、横に置いてあった自分の靴に足をつっこもうとする。ところがラッセルはもうルークの前にひざまずいている。
「ルーク、あわてなくていい。今日中に王都につけばいいんだ」
「館長、靴くらい自分で履けます!」
口でそんなことをいっても、ラッセルの手が動き出すとルークは黙ってしまう。
蜜色あたまのやつ、ルークのことがわかってきたな。リリはちょっとだけ感心した。思わずピピッと鳴きたくなったけど、リリに見られてるってわかったらルークがまた恥ずかしがるから、がまんする。蜜色あたまはルークの靴ひもを順番にきゅきゅっと結んでから、名残惜しそうにルークの膝にひたいをくっつけた。
「ルーク……」
蜜色あたまはゆっくり顔をあげる。リリの鉤爪がむずむずした。あのふわふわのところで、どすんどすんやりたい。
「な、なんでしょう」
「好きだ」
「うっ」
「……俺はずっと、避けられていると思っていた。初めて会ったときのことが――」
ルークは蜜色あたまに最後までいわせなかった。
「い、いえ! それは私が変だから」
「変? 何が?」
「変です、た、卵が出てきたり、」
「だから?」
蜜色あたまはルークをみつめる。
「ルーク……」
ゆっくりとふたりの顔が近づいていったが、リリのむずむずはその時最高潮に達していた。蜜色あたまのふわふわした髪めがけ、パッと飛び立つ。
ぽすんっ。
「リリ!」
ルークが叫んだ。
「こらっ、やめなさいっ」
ピ?
リリは藍色の目をくりくりさせた。蜜色あたまのてっぺんはやっぱり座り心地がいい、と思いながら。
馬がヒヒンといなないて田舎道を駆けていく。ルークと蜜色あたまは狭い馬車の座席でぴったりくっついて座っている。リリはルークの膝でうとうとしながら人間たちの話を聞いていた。
「おそらくヤドリギの一味をすべて捕まえるまで洞窟の件は棚上げになる。何か策を考えなければ……。伝令には〈竜のヤドリギ〉を閉鎖するよう伝えた。戻ったら、あそこのドラゴンはみな保護する」
「……ヤドリギの首領はドラゴンを通じて人間を操る、という話をしていました。サブスクの顧客に反対されたら?」
「王命なら拒否はできない。まだ冬至の祭りの最中だ。国の中枢に関係する者は新年までみな王都にいる」
「リリはどうなりますか?」
え、リリも?
ルークの声にリリは首をにゅっとあげる。蜜色あたまがふっと笑った。
「リリは別格だ。伝令に持たせた陛下あての手紙にリリのことは書いた」
「なんと?」
「伝説のドラゴンが王家に帰ってきたと」
でんせつ? でんせつって何?
リリは首をかしげたが、ルークがうれしそうに笑ったので、まあいっか、と思った。きっといいものなのだ、でんせつというのは。
帰ったらあの暗くて怖い店から仲間たちを出してやれる。それから……それからどうするのかな? みんなで森に帰るのかな? だけどリリはルークと一緒がいいし、そんな仲間もいるかもしれない……ドラゴンの中には人間と一緒にいるのが好きなのもいる。
森にいられたのは短い時間だったけど、蜜色あたまもルークも、きっとまたあそこに行くはずだ。リリはまたあの金色に会えるかも。そういえば、ルークがあの泉を浴びたらどうなるか、蜜色あたまは知らないんだっけ?
馬車は王都への道を疾走していく。揺れる馬車のリズムに誘われてリリはまたうとうとし、今度は木漏れ日の夢をみはじめた。
「か、館長……」
「……嫌か?」
ルークがぶんぶんと首を振った。イヤなのかイイのか、どっちなのかな、とリリは思った。
ルークは裸足で寝間着を羽織っている。リリのいる場所からはルークの赤く染まった頬とうなじがみえる。
「も、もう明るいし……浴室までついてこなくていいですから」
「ふらついていたじゃないか」
「大丈夫ですから!」
「心配なんだ」
ラッセルがルークの両肩に腕を回した。
「ほら、やっぱりふらふらしてる」
ラッセルはルークをすっぽり抱きしめて、そのまま浴室へ誘導していく。ぱたんとドアが閉じたが、薄い木の板一枚ではドラゴンの聴覚をさえぎることはできない。
「館長、あの……」
「ラッセルだ」
「……でも」
「嫌か?」
「昼間から……無理です」
「……ならいい」
ぽちゃぽちゃと雫が垂れる音が聞こえ、ルークが「だめです、そこ」とか、小さくあっとか呻いているのが聞こえた。蜜色あたま、またやってるのかな、とリリは思った。人間は一度くっつくとずっとくっついていたいのかな。
でもいっか。蜜色あたまはルークの嫌がることやってるわけじゃないし、ルークだって蜜色あたまとくっつきたかったんだから。
昨日のリリはわるいやつをやっつけようとフィーバーしすぎて、ルークと蜜色あたまがくっついていることにも気づかず、ぐっすり眠りこんでいた。夜中にルークが卵を産んだときに一度目をさましたけど。そうだ、ルークはあの卵、どこにやっちゃったんだろう。
きれいな卵だったな。リリもいつかあんなの産めるかな。そういえば昨日、リリはきれいな金色の仲間に会った。
仲間? でも……人間がつくった籠に一度も入ったことがないドラゴンは、リリを仲間って思ってくれるかな。
またバタンとドアが開いて、着替えの途中で出てきたルークの顔はまだ赤かった。ラッセルの手をふりきるように長椅子へ突進し、いつものルークらしからぬ勢いでどしんと座ると、横に置いてあった自分の靴に足をつっこもうとする。ところがラッセルはもうルークの前にひざまずいている。
「ルーク、あわてなくていい。今日中に王都につけばいいんだ」
「館長、靴くらい自分で履けます!」
口でそんなことをいっても、ラッセルの手が動き出すとルークは黙ってしまう。
蜜色あたまのやつ、ルークのことがわかってきたな。リリはちょっとだけ感心した。思わずピピッと鳴きたくなったけど、リリに見られてるってわかったらルークがまた恥ずかしがるから、がまんする。蜜色あたまはルークの靴ひもを順番にきゅきゅっと結んでから、名残惜しそうにルークの膝にひたいをくっつけた。
「ルーク……」
蜜色あたまはゆっくり顔をあげる。リリの鉤爪がむずむずした。あのふわふわのところで、どすんどすんやりたい。
「な、なんでしょう」
「好きだ」
「うっ」
「……俺はずっと、避けられていると思っていた。初めて会ったときのことが――」
ルークは蜜色あたまに最後までいわせなかった。
「い、いえ! それは私が変だから」
「変? 何が?」
「変です、た、卵が出てきたり、」
「だから?」
蜜色あたまはルークをみつめる。
「ルーク……」
ゆっくりとふたりの顔が近づいていったが、リリのむずむずはその時最高潮に達していた。蜜色あたまのふわふわした髪めがけ、パッと飛び立つ。
ぽすんっ。
「リリ!」
ルークが叫んだ。
「こらっ、やめなさいっ」
ピ?
リリは藍色の目をくりくりさせた。蜜色あたまのてっぺんはやっぱり座り心地がいい、と思いながら。
馬がヒヒンといなないて田舎道を駆けていく。ルークと蜜色あたまは狭い馬車の座席でぴったりくっついて座っている。リリはルークの膝でうとうとしながら人間たちの話を聞いていた。
「おそらくヤドリギの一味をすべて捕まえるまで洞窟の件は棚上げになる。何か策を考えなければ……。伝令には〈竜のヤドリギ〉を閉鎖するよう伝えた。戻ったら、あそこのドラゴンはみな保護する」
「……ヤドリギの首領はドラゴンを通じて人間を操る、という話をしていました。サブスクの顧客に反対されたら?」
「王命なら拒否はできない。まだ冬至の祭りの最中だ。国の中枢に関係する者は新年までみな王都にいる」
「リリはどうなりますか?」
え、リリも?
ルークの声にリリは首をにゅっとあげる。蜜色あたまがふっと笑った。
「リリは別格だ。伝令に持たせた陛下あての手紙にリリのことは書いた」
「なんと?」
「伝説のドラゴンが王家に帰ってきたと」
でんせつ? でんせつって何?
リリは首をかしげたが、ルークがうれしそうに笑ったので、まあいっか、と思った。きっといいものなのだ、でんせつというのは。
帰ったらあの暗くて怖い店から仲間たちを出してやれる。それから……それからどうするのかな? みんなで森に帰るのかな? だけどリリはルークと一緒がいいし、そんな仲間もいるかもしれない……ドラゴンの中には人間と一緒にいるのが好きなのもいる。
森にいられたのは短い時間だったけど、蜜色あたまもルークも、きっとまたあそこに行くはずだ。リリはまたあの金色に会えるかも。そういえば、ルークがあの泉を浴びたらどうなるか、蜜色あたまは知らないんだっけ?
馬車は王都への道を疾走していく。揺れる馬車のリズムに誘われてリリはまたうとうとし、今度は木漏れ日の夢をみはじめた。
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