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第28話 館長と副館長は了解にいたる

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 当然のことながら、ルークはその事実をすぐには受け入れることができなかった。
 まあ、常識の問題である。おまえはドラゴンだといわれても、はいそうですかとうなずけるものではない。しかしルークの目の前には、たったいま自分の体から出てきた証拠がある。

 おまけにルークの頭を悩ませていることはもうひとつあった。問題のレベルでいえば、今この瞬間はこちらの方が深刻である。その悩みの根源、王立図書館館長のラッセルは、長椅子でルークを膝に抱いたままその髪を撫でている。

「……落ちついたか?」
 口をあけても声が出てこなくて、ルークはこくりとうなずく。ラッセルはほっと息をついた。
「ルーク、ハーバートと俺の話が聞こえたんじゃないか」
 ルークは肩をぴくっと震わせ、かすれた声をあげた。
「……わ、私は盗み聞きなんて……するつもりは……」
「いいんだ。わかってる」

 ラッセルの声はルークの耳に優しく響いた。今いちばん困るのはまさにこれだ、とルークは思った。

 これは夢ではない。本物のラッセルだ。彼の目の前で、自分は意味不明の衝動にかられて恥ずかしいことをしてしまったというのに、ラッセルは怒りもせず嫌がりもせず、こうしてルークを労わっている。

 さらに困惑するのはルークも今のこの状態が心地よいということだ。これまでルークはラッセルを前にするたび、心臓がどきどきしたり体が火照ったりして困惑していたのに、ゼロの距離まで近づいた今はそんなことはなく、このままラッセルの体温を感じていたいと思ってしまう。さらにラッセルも同じように感じているのでは、とまで考えてしまう。さっきから腰にかたい感触がときどき当たるからだ。

 しかしラッセルは、ルークが落ちついたとわかるともぞもぞと動いて、ルークを長椅子にもたれさせた。

「王家にはこれまで伴侶に迎えたドラゴンの記録がいくつか伝わっている。その中には、ショックを受けることがあるたびに卵を産んだという話もある。ひょっとしたら俺とハーバートの話がきっかけになったのかも……」
「でも館長、私には父がいて……たしかに母がどんな人かは知ら――」

 ルークはハッと口をつぐんだ。父である教授はいつも、ルークは旅先で生まれたのだといった。母親については自分が生まれたときに亡くなったと思いこんでいたが、父がはっきりそういったことはあっただろうか?

 ルークは思わず考えこんだが、ラッセルはそんな彼をみつめたまましばらくのあいだ黙っていた。やがて穏やかな声でいった。
「ルーク。このことは俺の胸におさめておくから、安心してほしい。これからも副館長として、その……俺を支えてほしい」
「も、もちろんです。私こそ……」

 そういいながら顔をあげると、ラッセルの目がルークを見返している。ズキッと胸の奥に甘い痛みが刺した。私はまた変になった気がする、とルークは思ったが、どうにか言葉を続けた。

「今考えていたのですが、ひょっとしたらこの……体質のせいだったのかもしれません。私が館長に時々……失礼な態度をとっていたのは」
「え? いや、俺はそんなことはべつに……」
「このドラゴン……の体質は」――ルークは精霊族とか擬態とか、そういったことは考えたくなかったので、このさい〈体質〉で通すことにした――「さっき聞いた話を考えあわせると、王家の方々に反応する何かがあるのかもしれません。だからあなたの前に出ると、私は、いつもその、あの、変になって」

 ラッセルはきょとんとした。
「……そうだったのか?」
「さっきの醜態もきっとそれで……」
 ラッセルはあわててルークをさえぎった。

「いや、謝るようなことじゃない。つまり結局俺のせいってことだろう? とにかく副館長、俺は何も迷惑じゃなかった! 何ひとつ! これからも!」
「ありがとうございます。……館長」

 ルークの目もとがほのかに赤く染まっている。ラッセルの心臓がどくんと跳ねた。数秒、いや数十秒だろうか、沈黙が落ちた。
 何かいわなくては! ラッセルは焦った。

「そ、そうだ、副館長。その卵の扱いには気をつけてほしい。そういえば〈竜のヤドリギ〉の店主に卵を見せたといったな?」
 ルークはあっと小さく口をあけた。桜色の唇の動くさまに、ラッセルの胸の奥がまたどくんと鳴った。
「ええ」
「色の違う卵がひとつずつ。つまりあの男は、〈竜のヤドリギ〉のサブスクではないドラゴンが副館長のところにいる――隠していると思っているかもしれない。あの店はどうも怪しい。できるだけ近寄らない方がいい」
「しかし館長、リリはあの店の……」
「そうか。定期飼育権サブスクか……」

 なるほど、巧妙な仕組みだ。ラッセルは心の中で唸った。〈竜のヤドリギ〉のドラゴンの出所をつきとめるにはどうしたらいいだろう。

「そのことはまた今度……考えよう。と、とにかく今日は疲れただろう、ルーク。官舎まで送ろう」
「いえ、大丈夫です。すぐそこですし……」
「だめだ。例の店主は今日も図書館に来たんだろう? 帰り支度をして……」

 ラッセルは副館長室に通じるドアのノブを回したが、ドアは向こう側から押さえつけられているかのように動かない。首をかしげながら振り向くと、ルークは長椅子に座ったまま耳まで赤くなっていた。




 その夜、王立図書館を退勤した職員数人は、おどろくべき光景を目撃した。
 彼らは館長と副館長が肩を並べて、それもほとんど触れそうな距離で、官舎の方へ歩いていくのを見たのだ。

 副館長のドラゴンはふたりの頭上をパタパタと飛んでいた。二、三度、館長の頭のてっぺんをつついていた、という証言もある。

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