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第19話〈竜のヤドリギ〉とその店主

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〈竜のヤドリギ〉の看板は、レンガ造りの建物の端にぶらさがっていた。建物は王都を東西に流れる川に面している。王都のこの地区では、川は工場の排水で汚れていて、黒っぽく濁っていた。

 ドラゴンをはじめとした精霊族、森と澄んだ湖に棲む存在には似つかわしくない立地だ。最初にここへ来たときはそこまで考えなかったとルークは思った。

 リリは夜用の小さな籠の中でおとなしくしている。朝の散歩のときはいつもと同じように、ルークの頭上を飛んだり肩にとまったりしていたのに、官舎へ戻って〈竜のヤドリギ〉へ行く準備をしていたら寝室に閉じこもってしまった。なだめすかしてやっと連れてきたのはいいが、思ったより時間がかかってしまった。

「リリ、サブスクの更新がすんだら王立公園に行こう。今日は休みだからね」
 ルークは覆いをかけた籠にささやいた。平底の運搬船が黒い煙をあげながら川を通っていくのを横目に、看板の下に立つ。

 アルドレイク王国の王都は、大雑把にみて五つに分かれている。中央にあるのは王立図書館と王立大学を取りかこむ大学街。そこから北東へ行ったところが王宮と官庁街だ。

 大学街と官庁街の端は蛇行する川に区切られ、川岸一帯は王立公園で、橋を渡ると貴族の屋敷街。広い街路の左右には贅沢品をあつかう店が軒をつらね、タイル張りの歩道が整備されて、暑い日には街路樹が涼しい木陰をつくる。〈竜のヤドリギ〉でサブスクしたドラゴンをつれて散歩する紳士淑女をみたければ、公園からこのあたりまで歩いてみればいい。

 一方、大学街から西側は庶民が暮らす地域である。北西は職人の工房や工場のあいだに入り組んだ路地が走り、川岸には倉庫がずらりとならぶ。
 橋を渡って南西側には市場があり、庶民向けの店はこのあたりに集中する。南西側は郊外の農地に通じているので、この地域は王都といっても牧歌的な雰囲気がある。

 しかし〈竜のヤドリギ〉のある胡桃通りは、王都の北西から川岸の倉庫街に達する長い道路で、緑の木はほとんどみかけない。通りの名は胡桃材の家具工房に由来する。工場の煙でどの建物も煤けているし、いつも土埃の匂いがする。

 ルークはドアを片手で押し開け〈竜のヤドリギ〉に足を踏み入れた。明かり取りの窓から光がさしこみ、店の中を照らしている。
 壁沿いの棚には籠がずらりと並んでいて、奥側にはカウンターがあった。そこにも籠がひとつ置かれて、中に褐色と黄色の縞のドラゴンがいるのがみえた。すぐそばに男が立っている。栗色の髪をして手足がひょろりと長く、吊り上がった細い目がじろりとルークをみた。

〈竜のヤドリギ〉の店主だ。たしか名はロイといった。

「先日契約した者です。更新に来たのですが」
 ルークがそういったとたん、店主の目つきはうってかわって柔らかくなった。
「ああ、それはどうも。書類はお持ちですか?」
「ええ」
「ドラゴンは連れてきましたね? 特にご不満はありませんでしたか」

 店主はカウンターに置かれた籠をひょいとつかんで、奥の棚にのせた。籠の中にうずくまっている縞柄のドラゴンは、妙にぐったりしているようだ。
「ええ、サブスクを更新したいんです」
「権利書をみせてください。籠はそこに」

 ルークはリリの籠をカウンターに置いて、覆いをあげた。リリは籠の底でじっとしていたが、店主が籠をのぞいて「ああ、こいつか」といったとたん、キュッと首を羽根のあいだにつっこんでしまった。どういうわけか、店主のその声を聞いた瞬間、ルークのうなじの毛も逆立った。

「おや、大きくなったな。いい暮らしをさせてもらったか」
 かたんと籠の戸をあけて、店主が手をつっこむ。曲げた首をぐいっともちあげたが、リリはまぶたをぎゅっと閉じていた。さらにリリの尻尾を無造作に引っ張り、指で皮膚をざっと撫でてから、籠の奥に押しやった。

 ルークは眉をひそめてその様子をみていた。うなじの毛はもとに戻ったが、店主がリリを扱う手つきが気に障ってどうしようもない。自分が神経質なのかとも思ったが、リリは明らかに店主に弄られるのを嫌がっていた。それは見ればわかる。

 店主はそんなルークにもまるで無頓着な様子で書類を確認している。
「サブスクのオプションは今のままでいいですか?」
「はい」
「気に入っていただいてよかったですよ。では、次はどれにします?」
「え?」

 ルークは店主をまじまじと凝視した。
「次って……」
「ドラゴンですよ。新しいのを選べますよ」
「まさか!」

 思わず首を横に振り、ルークは自分でも意外なほどきつい声をだしていた。
「別のドラゴンなんてとんでもない。私はリリがいいんです」
「リリ? ああ……名前をつけたんですね」

 店主の唇がくいっと曲がった。あきれているような、小馬鹿にしているような、なんにせよ感じの悪い表情だった。
「変えなくていいならかまいませんが、飽きても次の契約更新まではこのままですよ」
 ルークは内心の怒りを顔に出さないよう、抑えなくてはならなかった。
「問題ありません。飽きるなんて」
「それならいいですが、じゃ、ここにサインを」

 ルークは差し出された書類にさっと目を走らせてから署名し、リリの籠に覆いをかけた。店主は小さな紙包みをカウンターの上にすべらせた。
「更新特典ですよ。与えると皮膚の発色がよくなります」
「……どうも」
「他に聞きたいことは?」
 ない、と首をふりかけたそのとき、ふいにルークは思い出した。
「ええと、これを……」

 ポケットから小箱を取り出す。薄紙から透明な石――卵を取り出したとたん、店主の目つきがまた変わった。

「どこでこれを?」
「先日朝起きると、リリが――」
「産んだのか? 卵を?」

 鋭い声とともに手がさっとのびた。ルークは反射的に小箱をひっこめた。
「では、これはやはりドラゴンの卵なのですね?」

 店主はハッと我に返ったような顔になり、ルークに向き直った。
「ああ、失礼。精霊族のドラゴンは雌雄同体で、条件がそろうと卵を産むことがあります。サブスク中に産むことはめったにないものですから、驚いてしまいまして」
「卵……」
「ただ、つがいのいないドラゴンの卵は孵りません。無精卵ですから」
 店主はルークの手元をじっとりした目でみつめた。
「とにかく見せてください」

 ルークはしぶしぶ小箱を押しやった。薄紙をめくったとたん、店主の目が丸くなった。
「ふたつ? 色違い?」
「え、ええ……」
「同時に産んだんですか?」
「そうだと思いますが……いや、よくわかりません」
「変ですね。ドラゴンの卵は個体によって色がちがうはず」
 ルークは店主の言葉の意味を考え、ハッと思いついた。
「まさか、私が別のドラゴンをここから連れ帰ったといいたいんですか?」

 店主はみょうにゆっくりした動作で小箱に卵をもどした。
「いいえ。うちのドラゴンのことはよくわかっていますよ」

 ねばっこい視線がルークに注がれる。頭のてっぺんから舐めていくような目つきだった。ルークは気分が悪くなった。早くこの店を出たい。

 その時だった。店のドアがバタンと音を立てて開くと、ブーツの踵が店の床を踏みならした。

「店主はいるか? 第七王子のラッセルだ。ここのドラゴンについて聞きたいことがある」

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