4 / 53
第4話 図書館のいとし子、ルーク・セクストン
しおりを挟む
誰がみても美しい男ルーク・セクストン。彼がもし自分の美貌を武器にしようと考えるような人間だったら、高位貴族の庇護のもとで指一本動かすことのない生活をするとか、自分の思うままに他人をあやつるとか、そんなこともできたかもしれない。
ところがルーク本人は、自分の外見が他人にそんな効果をおよぼすとは考えたこともなかった。それは彼のやや特殊な出生と、育った環境の影響にちがいない。
ルークは旅先で生まれた。父親は王立大学の教授で、長い休暇旅行から王都に戻ったとき、赤ん坊のルークを荷物と一緒に連れ帰ったのである。
ルークの父は学者としては高く評価されていたが、ときおり突拍子もない行動で周囲を驚かすことがあった。ルークを連れ帰ったときもそうで、母親について人々に聞かれても自分の子だというばかり。
人々はあれこれ噂したが、父は詮索の目などものともしなかった。ルークを育てたときも、乳飲み子のあいだこそ乳母の手を借りたが、そのころもルークのゆりかごは父の書斎におかれていた。
天使のように可愛らしい赤子は難解な学術書を読みあげる父の声を子守歌にして眠った。当時の大学は学生が教授を訪ねて講義を受ける形式だったが、指導学生はルークに「いないいないばあ」をすることが義務づけられていた。
ルークは書き損じの紙や鳥の羽(いずれ羽ペンになるもの)をおもちゃにして育ち、物心ついたころには王立図書館の中庭で遊んでいた。教員の住居は王立図書館と隣あっており、小さな門をくぐれば中庭に入れたのである。
当時の王立図書館の館長と副館長(ラッセルとルークの前任者で、館長はラッセルの大叔父だった)も、赤子のころからルークを知っていた。
天使のような赤ん坊はやがて人の目をみはらせる美少年になった。しかし館長も副館長も教授である父も、学問の成果を出すために必死な学生たちも、ルークの聡明さを心から愛したのと対照的に、容姿に特段の関心を示さなかった。
ルークは大学付属の幼年学校に通い、中等部へ進学した。そのころにはルークの遊び場は王立図書館の中庭から図書館そのものになっていた。
ルークの環境が少々変わったのは、高等部へ進学する目前のことである。父の教授が急死したのだ。真夜中、書斎の書棚にかけられた梯子の上で発作を起こし、転がり落ちて帰らぬ人となった。
学生に愛された教授が亡くなったあとルークの後見人になったのは、王立図書館の副館長である。ルークは高等部の学寮に入ったが、週末は副館長が暮らす図書館職員の官舎で過ごした。
官舎は王立図書館の敷地にあったから、いまやルークは図書館に行くために門をくぐる必要もなくなった。大学では書誌学を専攻し、官吏の試験を優秀な成績で突破して、図書館職員になったあとは副館長の補佐をつとめた。
つまりルーク・セクストンは自他ともに認める「図書館の子」だった。ちなみに職員の一部は、彼をひそかに「図書館のいとし子」と呼んでいる。
そんなルークが第七王子のラッセルに初めて会ったのは――いや、正確にいえば「目撃した」のは、ラッセルが大学へ入学した年の学寮対抗戦の最中だった。
それはラッセルとルークが初めて話した日より、ずっとずっと前のことだ。ラッセルはもちろん、ルークの周囲の人々も思ってもみなかったが、ルークはそのころからひそかにラッセルを気にしていたのである。
ところがルーク本人は、自分の外見が他人にそんな効果をおよぼすとは考えたこともなかった。それは彼のやや特殊な出生と、育った環境の影響にちがいない。
ルークは旅先で生まれた。父親は王立大学の教授で、長い休暇旅行から王都に戻ったとき、赤ん坊のルークを荷物と一緒に連れ帰ったのである。
ルークの父は学者としては高く評価されていたが、ときおり突拍子もない行動で周囲を驚かすことがあった。ルークを連れ帰ったときもそうで、母親について人々に聞かれても自分の子だというばかり。
人々はあれこれ噂したが、父は詮索の目などものともしなかった。ルークを育てたときも、乳飲み子のあいだこそ乳母の手を借りたが、そのころもルークのゆりかごは父の書斎におかれていた。
天使のように可愛らしい赤子は難解な学術書を読みあげる父の声を子守歌にして眠った。当時の大学は学生が教授を訪ねて講義を受ける形式だったが、指導学生はルークに「いないいないばあ」をすることが義務づけられていた。
ルークは書き損じの紙や鳥の羽(いずれ羽ペンになるもの)をおもちゃにして育ち、物心ついたころには王立図書館の中庭で遊んでいた。教員の住居は王立図書館と隣あっており、小さな門をくぐれば中庭に入れたのである。
当時の王立図書館の館長と副館長(ラッセルとルークの前任者で、館長はラッセルの大叔父だった)も、赤子のころからルークを知っていた。
天使のような赤ん坊はやがて人の目をみはらせる美少年になった。しかし館長も副館長も教授である父も、学問の成果を出すために必死な学生たちも、ルークの聡明さを心から愛したのと対照的に、容姿に特段の関心を示さなかった。
ルークは大学付属の幼年学校に通い、中等部へ進学した。そのころにはルークの遊び場は王立図書館の中庭から図書館そのものになっていた。
ルークの環境が少々変わったのは、高等部へ進学する目前のことである。父の教授が急死したのだ。真夜中、書斎の書棚にかけられた梯子の上で発作を起こし、転がり落ちて帰らぬ人となった。
学生に愛された教授が亡くなったあとルークの後見人になったのは、王立図書館の副館長である。ルークは高等部の学寮に入ったが、週末は副館長が暮らす図書館職員の官舎で過ごした。
官舎は王立図書館の敷地にあったから、いまやルークは図書館に行くために門をくぐる必要もなくなった。大学では書誌学を専攻し、官吏の試験を優秀な成績で突破して、図書館職員になったあとは副館長の補佐をつとめた。
つまりルーク・セクストンは自他ともに認める「図書館の子」だった。ちなみに職員の一部は、彼をひそかに「図書館のいとし子」と呼んでいる。
そんなルークが第七王子のラッセルに初めて会ったのは――いや、正確にいえば「目撃した」のは、ラッセルが大学へ入学した年の学寮対抗戦の最中だった。
それはラッセルとルークが初めて話した日より、ずっとずっと前のことだ。ラッセルはもちろん、ルークの周囲の人々も思ってもみなかったが、ルークはそのころからひそかにラッセルを気にしていたのである。
823
お気に入りに追加
1,292
あなたにおすすめの小説
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる