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第2章 獣交む

6.猫の恋

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 暗い玄関で七星は伊吹にすがりついている。唇を押しつけ、たがいの口をこじあけ、舌をさしだしてからめあう。伊吹の舌が七星の口を舐めまわして吸い上げるたび、頭の奥が心地よい霧におおわれて、何も考えられなくなる。

 何もかもが甘かった。伊吹の匂いはもちろん、スーツの上から抱きしめた背中の感触も、七星の腰を支える手のぬくもりも、口にあふれる唾液も、すべてが甘い水のようで、七星はたちまちその海に溺れた。

 過敏になった皮膚は布の上から愛撫されるだけでぞくぞくした快感を伝えてくる。伊吹に正面から抱きしめられ、腰をぴったりあわせた今は、たとえ布越しでもおたがいの硬直を隠せない。後口からにじんだ愛液が下着をぐっしょり濡らして太腿まで垂れていく。腰の奥がもっと強い刺激を欲しがってしくしく疼いた。

「んっ……あ、あっ……」
 伊吹の唇が七星のあごをたどり、首筋に触れる。舌でつつかれ、吸われるたびに声が出て、七星はしがみついているだけで精一杯になる。伊吹は七星の耳朶を唇ではさみ、軽く歯を立てた。そのとたん腰の奥から下肢へびりりと快感が走り、ついに膝から力が抜けた。

 しりもちをつきそうになった体は力強い腕に支えられた。いつのまにか七星は堅い床に背をつけて、伊吹の重みを受け止めている。靴が脱げて足がすっと軽くなる。あおむけになったまま上にのしかかる男の肩にしがみつき、また唇を求める。
「……ああ」

 伊吹が小さくうめいたと思うと急に体を離した。ヒートで陶酔したオメガの本能のまま七星は腕をのばし、アルファを離すまいとした。格闘のようなからみあいのあと、突然七星の足は宙に浮いた。自分を抱きあげた男の首につかまって反射的に目をつぶる。空中を舞うような一瞬のあとでどさりとどこかへ下ろされた。

 七星は目をあけた。レースのカーテン越しに入って来る夜の街の光が見慣れたリビングの天井をぼうっと照らしている。七星をみおろしながら男はスーツの上着を脱ぎ、ネクタイをゆるめた。その手に誘われるように七星も横たえられたソファから起き上がる。欲情したアルファから漂う香りを吸いこみ、甘い陶酔に満たされたまま男のベルトに手を伸ばし、バックルを外す。

 頭の上で息を飲む気配がしても、雄の香りに夢中になった七星の意識には届かなかった。両手でブリーフを引きずりおろし、堅く上をむいた男根をむきだしにする。舌先で先端を愛撫し、口を大きくあけて奥まで咥える。

 死んだ夫が口淫を好んだのもあって、どうすれば喜ぶのかはよく知っていた。すぼめた唇で茎をしごき、吸い上げる。鼻腔いっぱいにアルファの濃い香りがあふれた。にじみ出した雫が口の中に甘苦くひろがり、七星をさらにうっとりさせる。
「七星……」

 呻き声とともに名を呼ばれ、髪をつかまれた。喉の奥を突かれると吐きそうになったが、そのとたん口から男根を引き抜かれる。びりっと布が裂ける音が響き、次の瞬間七星はソファに引き倒されていた。ズボンを引きずりおろされ、肩も胸も空気にさらされる。乱暴に服を剥ぎとられても嫌ではなかった。むしろそれを望んでいた。ヒートがはじまった時から七星の体は焦らされつづけて、行き場のない欲望に爆発寸前だった。

 むきだしになった股間を男の指がかする。頭をもたげてふるえている七星の性器を焦らすようにさすったと思うと、今度は胸の尖りを弄りはじめる。
「あ、あっ、あんっ、」

 熱い肌が七星の上に重なって、首筋を舐めあげられる。両足を大きくひらかされたはずみに後口から愛液がたらりと流れた。試すように入ってきた男の指が熱く濡れた襞をかきまわすと、ほんとうに欲しいものを求めるオメガの本能がはたらいて、七星の体はさらに淫蕩に男を誘う。
「あん、はぁ、もっと奥……もっと強くして、お願い、お願い――あ――」

 喘ぎながら呻いて懇願すると中をさぐる指がふいに消えた。両足を持ち上げられ、せまい入口に熱い楔があてられる。濡れた襞のあいだをこじあけるようにして七星の中に入ってくる。
「あっ、あああ――」

 違和感があったのは最初だけだった。やがて快楽の頂きがやってきて、白い星が飛ぶような感覚に七星の頭はもうろうとなる。尻の奥まで咥えこんだ男根に揺すられて、強烈な快感が波のようにくりかえし打ち寄せた。
 伊吹の両手に腰をささえられ、奥をえぐられるように何度も突かれる。そのたびに自分が叫んでいることにも気づかない。

「七星、ななせ――」
 荒い息とともに自分を呼ぶ声が聞こえる。七星は両手を男の首にからませる。伊吹が吐精した瞬間も七星の襞はきゅっと彼を締めつけていた。精の匂いとともにそれが抜けていっても、抱きしめあった体はまだ熱い。飛び散った体液はおたがいの皮膚を濡らし、いまだおさまらないヒートの情熱をかきたてている。

 伊吹の指が七星の髪をまさぐり、あごをそっとつかむ。一度まじわったあとの口づけは最初のとき以上に甘かった。こぼれた唾液が七星のあごを濡らし、伊吹の唇がそれを追う。肩口から胸の尖りへ、七星が感じる場所を探して伊吹の唇が動くたびに、うなじにもどかしい疼きがはしる。

 ついに七星はソファの上で身をよじらせた。伊吹の手から逃れてうつぶせになり、無防備な背中とうなじを晒す。無意識に尻をつきあげ、くねらせてアルファを誘った。

「来て……お願い……」

 とたんに威圧するような気配が背中にのしかかった。意識を溶かすようなアルファの香りともに熱い重みがかぶさってくる。堅さを取り戻した先端が後口に触れる。いちど愛液と精で蕩けていたそこは、触れられたとたんそれ自体が生き物のようにひくりとうごめいた。
 熱い楔は後口の狭い襞をやすやすとかきわけ、七星の奥へずぶずぶと入って来る。今度は最初から七星の快楽の場所を知っていて、襞をこすりながら執拗に責めたてる。
「あっ、あんっ、はぁ」

 耳たぶを甘噛みされてちりりと痛みが走るが、今の七星には快感にしか感じられない。胸の中は求めるアルファとひとつになれた甘い幸福感でいっぱいだった。こんな風に抱かれたことは一度もなかった。こうやって求めるままに応じられ、与えられたことは、これまで一回も――
「んっ、あんっ、あん、あぁっ」

 尻の奥までアルファの楔を咥えこんだまま、律動に揺さぶられながらうなじを濡らす舌を感じた。最後に噛まれたときから何年もたって、そこに目にみえるほどの跡は残っていない。くりかえし舐められるたび、つがいのしるしを求めるオメガの本能が疼いた。七星はうつぶせのまま男の名を呼んだ。
「いぶき、いぶき……いぶき――」

 うなじに熱い息がかかる。七星はつがいのしるしを刻まれる衝撃を待ち受けた――そのとき、ソファが急にがくがくと揺れた。世界そのものが揺れているかのように。



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