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番外編&後日談
夜の半分
しおりを挟む夜中にどうしても食べたくなるものがある。カップ焼きそばだ。
俺はアトリエからすり足でキッチンへ立って湯を沸かす。なぜこそこそするのかといえば、もう寝室に行ったはずの藤野谷が起きるからだ。
俺がアトリエに遅くまでこもって作業していても、藤野谷はけっして不満そうな顔はしない。でも俺がそっとベッドに入ると、半分閉じた目で抱きしめてくるし、小腹が空いたからとキッチンで夜食を作っていると、水を飲むといって降りてきたりする。
それを鬱陶しいとは思わないが、仕事で疲れているのは藤野谷もおなじだ。できればそのまま寝ていてほしい。
というわけで、今は夜中の一時三十分だが、腹が減った俺は静かに静かに、カップ焼きそばに湯を注いでいる。三分弱、待つ。湯切り口を剥がして、シンクに湯をこぼす。これも静かに、静かに、だ。ソースを入れてかき混ぜる。付属の青のりに鰹節とゴマを追加投入。
さて完成。いざ、いただき――
「いい匂いがする」
俺の鼻先にただよう焼きそばの匂いを覆い隠すように、うなじに藤野谷の吐息がかかる。
「天、起きたのか」
「喉が渇いて。これ、サエの夜食?」
「そう」
俺はできるだけ平静を保って答える。
「いいな」
藤野谷はいささか子供っぽい、うらやましそうな目つきで俺をみた。
「俺も食べたい」
「天は寝てたんだろう。こんな時間にこんなジャンクフード食ってみろ、よく眠れなくなるぞ」
「サエはこんな時間にこんなジャンクフードを食べてるじゃないか」
たしかにその通りだ。黙った俺の隙をつくように藤野谷がいう。
「サエはまだ寝ない?」
どういうわけか俺は、うしろめたいような、申し訳ないような気持ちになる。
「今乗ってるところなんだ。もう少しやりたい」
藤野谷は眠そうな目で俺をみて「無理するなよ」という。
「大丈夫だって。だいたいおまえみたいに昼間会社に行ってるわけじゃないんだ。必要な時は昼寝してる」
「そうか?」
藤野谷は水のコップを持って俺の前に座り、冷静に指摘する。
「食べないと冷めるんじゃないか」
「うん、まあ」
「ほら、遠慮しない」
遠慮している……わけじゃないんだが、パジャマ姿の藤野谷にこうしてみつめられながらカップ焼きそばに箸をのばすと、どこか間抜けで、なぜかすこし恥ずかしい。一口箸をつけた俺を藤野谷はぼうっとした目つきでみている。テーブルに肘をついている姿には、昼間他人にみせているにちがいない、鋭い表情や雰囲気はない。白い発泡スチロールから湯気がたちのぼる。
「……天、はんぶん食べるか?」
思わず俺はいってしまう。
「ん」
藤野谷は肘をついたまま、俺を上目にみた。
「ひと口でいい。サエの夜食だからな」
とたんに俺は吹き出しそうになる。
「はんぶん食えよ。おまえのひと口って、最後はいつも半分くらいになってたじゃないか」
「そうだっけ?」
「そうだよ。口がでかいんだ」
藤野谷は意外だといいたげだが、箸を持ったとたんに大胆に麺をすくいとる。ぱくっとあけたひと口は大きい――俺の倍はありそうだ。
「俺もまだはんぶん食べてないから」
いそいで釘をさすと藤野谷はニッと笑って、発泡スチロールのカップを俺に返してよこした。交互に焼きそばをつついていると、カップの底を割り箸がこするたびにこもったような音が鳴る。コップについた水滴に天井の電灯が反射して光った。
「最後のひとくちは天にやるよ」と俺はいう。
夜中に食べるカップ焼きそばはどうしてこんなに美味いのか、なんて、俺はぼんやり考えている。たとえ半分しか食べられなくても。それとも今は半分だからこそ美味いのか。そうかもしれない。
窓がひとつ開けっ放しになっているようだ。虫の鳴く声がきこえ、水滴にうつった光が夜風に揺れた。
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