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しおりを挟む「やぁ、マーロ!この間の論文読んだよ。素晴らしかった。君がその気なら正規学生に推薦するけど、どうだい?」
東海岸の大学のカフェでテイクアウトのコーヒーが出てくるのを待っているときに話しかけられた。
マヒロという名は英語圏の人には呼びにくいらしく、マーロと呼ばれている。
アメリカに渡って4年がすぎた。俺はひかぽんさんに紹介された職場で2年働いた後、東海岸の名門大学から講師として引き抜きがあり、そちらに移った。
ちょうどそのタイミングで前の企業の仲間数人で起業の話があり、俺も経営者としてその企業に関与している。
俺は大学を出ているわけではないので初めは講師の仕事を断っていたが、情報セキュリティという新しい分野の講師としては問題ないと言う事だった。
最も、学位がないので教授にはなれないが、今後のキャリアとしてこういう経験が役に立つだろうと思ったため引き受けた。
そして、大学に行ったことのない俺は大学の授業に興味があった。
その中で興味のある分野に聴講生として参加している。参加しているのは政治学系の授業がほとんどだった。
政治家一族に生まれた者として政治にはいろいろと思うところがあったので、こういうアカデミックな場所で自分の考えを体系立てて見つめ直す機会をもらえてとても満足していた。
「ベンありがとう。でも、俺、高校卒業してないから正規の学生になるには手続きがややこしそうだし遠慮しておくよ。」
「えっ。マーロは高校も卒業してないのかい?大学に通ってなかったことは知ってるけど高校までとは。」
「途中までは通ってたんだけどね。俺がGekkoの顧問になったのは15で、MIO社に勤めたのが17の時だから、高校辞めてアメリカに来たんだ」
「はぁー、天才は次元が違うよな。」
そう言うベンも50歳以上の教授がほとんどの政治学の世界で30前にして教授の椅子を射止めたのだ。彼を天才と言わずになんと言うのか。
ベンは端正な顔立ちにクルクルの金髪の巻毛をした美男子だった。身体もがっちりしていて正にギリシャ彫刻のような男だった。
身長は190を超えているだろう。アメリカに来て急に身長が伸びた185センチのマヒロが少し見上げるほどなので2メートル近いのかもしれない。
「そういえば、日本では選挙の話題で持ちきりのようだけどご両親は大丈夫そうかい?」
「うーんどうだろう?あの人たちは・・・」
マヒロが話し始めたがベンの興味は既に別のところに移っていた。
「ミキヒサ!ダメじゃないか。獰猛な肉食獣ばかりのこんな大学に一人で来ちゃ。今日は講義の日じゃないだろう?」
ベンの番のミキヒサは日本人でこの大学には珍しいオメガだった。ミキヒサを溺愛しているベンに色々と勘違いされたこともあるが、今は良い関係を築いている。
「図書館に用事があって」
「そういう時は俺が迎えに行くから絶対に一人で行動しちゃだめ。」
そう言ったベンは周りに威嚇ホルモンをばら撒きながらミキヒサのこめかみにキスをした。
二人のらぶらぶな雰囲気に当てられて俺は一人で家に帰った。
家に帰るとSNSをチェックする。
IT関連で名を売るためにはセルフプロモーションとしてSNSを上手く活用する必要がある。
そして、タイムラインに流れてるくる彼の投稿を見る。
彼の日常は穏やかで投稿の文章に、写真に、彼の人柄が現れているようだった。
たまに兄と思われる人の後ろ姿や手が映り込んでいる写真もあった。彼自身は顔の写っている写真をあげることはほとんどなかったが、彼の友人がアップした写真に彼が映っていると心が締め付けられるように疼いた。
彼関連の全ての写真を保存して、メタデータまで確認しているのだから完全なネットストーカーだ。アメリカと日本という距離がなければ今頃、兄の縁談をぶち壊して彼をどこかに閉じ込めていただろう。
アメリカに来て4年。女とも男とも適当に付き合ったがどうしても彼以上の存在を見つけることは出来ていない。
短い3度の接触だけなのに
彼のことはほとんど何も知らないのに
兄の婚約者なのに
俺はどうしようもなく彼のことをどうしようもなく渇望してしまう。
*
その年は衆議院の選挙イヤーだった。
「民政党の大物議員、続々落選」
のニュースが流れたのは選挙当日のことだった。
この4年、ほとんど日本に帰国することはなく、帰国しても両親とは顔を合わせていない。
その大物議員の中に父母の名を見つけたときには眩暈がした。
日本ではたまにこういう風が吹く。
今回は世襲議員と既得権益に対し風が吹いたのだ。そしてその先導にたったのがベータとオメガの議員たちだった。
一部のアルファが日本を牛耳っている事に対しNOを突きつけ、アルファの政治家たちをおおっぴらに批判したのである。
そして、そこには俺のことをベータと偽っていたとして母に多くの批判が集まっていた。
母は有名議員だけに国内では大変な騒ぎになっているようだった。
しかしそんなことよりも俺の心配はある一点にのみ向いていた。彼のSNSの更新がある日ぴたっと止まったのである。
それまでは一日に数度更新されていたのにうんともすんとも言わなくなった。
それはSNSではしばし見られる現象だった。
進学や就職、異動や引越しのタイミングで生活リズムが変わって、中での人間関係に疲れて、SNSから遠ざかる人は一定数いるものである。
ただ、今回は両親のトラブルと時期が合致していて妙な胸騒ぎがした。
彼がトラブルに巻き込まれていなければいいのだけれど。
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