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今日の約束は六本木のGEKKO本社だった。俺はこの会社のセキュリティ顧問をしている。
顧問と言ってもアルバイト的なものでそんなに大した事はない。
どんなITツールにもバグはある。そのバグを見つけ、開発した企業に教えてあげてお金をもらうバグハンターという仕事がある。俺がしているのはそれだ。
中学の頃からフリーのバグハントをはじめ、そこそこ名前が有名になってきた頃に顧問にならないかと誘われて、今の会社の顧問になった。
普段は自宅から夜中に在宅で仕事をしているが今日はGEKKOで俺を顧問に引き上げてくれたひかぽんさんが退職するためその挨拶に来たのだ。シリコンバレーの巨大企業から引き抜きにあったらしい。
ひかぽんさんというのはもちろん本名ではないが、この業界ではハンドルネームが売れている人はその名前で呼ばれる事が多い。
俺もハンドルネームであるDec.(ディッセンバー)と呼ばれている。
ひかぽんさんと挨拶した後、軽く飲みにと言う事で少し小洒落た創作居酒屋に行った。
もちろん俺は未成年なので酒は飲まないが。
ひかぽんさんにお前もシリコンバレーに来いよなんて言われて少し良い気になったりした。
トイレに立った時ふと少し離れた個室から聞こえてきた声に囚われた。
彼の声だ。
あの男性にしては少し高めの甘い声。
思わず半個室になっている目隠しの格子の前に立った。
「それでアフターピルは間に合った?日曜だと病院空いてないから大変だったでしょ?」
これは彼の声ではないので友人の声なんだろう。彼の友人の言葉が理解できないでいると彼が
「なんとかね。」
とつぶやいた。
アフターピル?どう言う事?
「でも、今確かこの前の手術の後遺症とかでしばらくアルファの匂いわからないんじゃなかったの?そんなんで気持ちよくなれるものなの?」
あぁ、彼は手術の後遺症だったのか。
そんな後遺症がでるなんて、どんな手術だったんだろう。
「すごかった。一人で耐えるときのヒートと比べるとめっちゃすごかった」
また、彼が理解できない事を喋る。
脳が理解するのを拒んでいる。
声だけで自分の下半身が意思を持ち始めていた。
「まぁまぁ、幸せそうな顔しちゃって」
そう言ってからかわれている彼を攫ってどこかに閉じ込めてしまいたいという感情が溢れてくる。
格子戸の隙間からちらりと見えた彼の姿は本当に幸せそうだった。
胸がちぎれそうになる。しかし溢れる感情に蓋をしてトイレに駆け込んだ。
どう考えてもあれは友達との猥談で
彼が誰かと一夜を共にしたという話で
日曜にアフターピルを手に入れると言うことは土曜にいたしたということで、
土曜は兄とデートしていたわけで、
兄とのナニがすごかったと言う事で、
つまり、彼は兄との婚約が幸せらしい。
俺のことなど覚えてもいないのだろう。
運命だとこっちばっかり舞い上がっていてバカみたいだと思った。
なんとか心を落ち着けて席に戻ると開口一番こう言った。
「ひかぽんさん、俺もシリコンバレー行きます。つないでください。」
ひかぽんさんは
「本気なんだな?途中でやっぱやめた、ってのは信用に関わるからやめてくれよ」
そう言いながらその場で早速アメリカの本社に連絡をしてくれた。
天才ハッカーということで名前の通っていた俺は一度面談を実施するとすぐに入社を認められた。
就労ビザの申請には意外と時間がかかるらしく8月から現地で働ける事になった。
*
渡米に向けてバタバタと日が過ぎていく中で家族みんなで食事をする、と言う話になった。
我が家では数ヶ月に一度こういう家族ごっこみたいな事をする。
伝統ある政治一家の長として生まれた父は優秀だがどこか官僚的でカリスマ性に欠ける。
その点、母は美人でカリスマ性がある。元々は学者だったがその美貌に目をつけたテレビ局がコメンテーターに引っ張り出した。その後ジャーナリストの真似事を経験したのちに衆議院に出馬。ジャーナリスト時代から人気のあった母は圧倒的な支持を得て議員になった。しかしカリスマ性だけでは魑魅魍魎が跋扈する政治の世界ではやっていけない。父と母はいい具合にお互いの足りないところを補い合う関係だった。
そんな夫婦から生まれた長男はアルファの中でも特に優秀なアルファで2人の跡を継ぐには申し分ない能力を持っていた。
完璧過ぎる十二月田家にとって足りない最後のピースを担当するのが俺だった。
十二月田家のベータ。
それは完璧過ぎるが故にともすれば一般市民からすれば鼻につくかもしれない十二月田も一般庶民の感覚を持ち合わせていますよとアピールするのに有効な切り札だった。
政治家はいろんなものをアピールする。この食事会だってそうだ。
家族を大切にしていますよ、というアピールの為だけに設けられた食事会に参加するのはとても居心地が悪かった。
家族のためを思いやるフリをしながら、みんな政治家らしく家族の仮面を被っている。
きっとお互いがお互いのことなんて興味もないのに興味のあるフリをしている空間。
そんな空間の中では俺も「ベータ」という仮面をつけて踊る道化である。
顧問と言ってもアルバイト的なものでそんなに大した事はない。
どんなITツールにもバグはある。そのバグを見つけ、開発した企業に教えてあげてお金をもらうバグハンターという仕事がある。俺がしているのはそれだ。
中学の頃からフリーのバグハントをはじめ、そこそこ名前が有名になってきた頃に顧問にならないかと誘われて、今の会社の顧問になった。
普段は自宅から夜中に在宅で仕事をしているが今日はGEKKOで俺を顧問に引き上げてくれたひかぽんさんが退職するためその挨拶に来たのだ。シリコンバレーの巨大企業から引き抜きにあったらしい。
ひかぽんさんというのはもちろん本名ではないが、この業界ではハンドルネームが売れている人はその名前で呼ばれる事が多い。
俺もハンドルネームであるDec.(ディッセンバー)と呼ばれている。
ひかぽんさんと挨拶した後、軽く飲みにと言う事で少し小洒落た創作居酒屋に行った。
もちろん俺は未成年なので酒は飲まないが。
ひかぽんさんにお前もシリコンバレーに来いよなんて言われて少し良い気になったりした。
トイレに立った時ふと少し離れた個室から聞こえてきた声に囚われた。
彼の声だ。
あの男性にしては少し高めの甘い声。
思わず半個室になっている目隠しの格子の前に立った。
「それでアフターピルは間に合った?日曜だと病院空いてないから大変だったでしょ?」
これは彼の声ではないので友人の声なんだろう。彼の友人の言葉が理解できないでいると彼が
「なんとかね。」
とつぶやいた。
アフターピル?どう言う事?
「でも、今確かこの前の手術の後遺症とかでしばらくアルファの匂いわからないんじゃなかったの?そんなんで気持ちよくなれるものなの?」
あぁ、彼は手術の後遺症だったのか。
そんな後遺症がでるなんて、どんな手術だったんだろう。
「すごかった。一人で耐えるときのヒートと比べるとめっちゃすごかった」
また、彼が理解できない事を喋る。
脳が理解するのを拒んでいる。
声だけで自分の下半身が意思を持ち始めていた。
「まぁまぁ、幸せそうな顔しちゃって」
そう言ってからかわれている彼を攫ってどこかに閉じ込めてしまいたいという感情が溢れてくる。
格子戸の隙間からちらりと見えた彼の姿は本当に幸せそうだった。
胸がちぎれそうになる。しかし溢れる感情に蓋をしてトイレに駆け込んだ。
どう考えてもあれは友達との猥談で
彼が誰かと一夜を共にしたという話で
日曜にアフターピルを手に入れると言うことは土曜にいたしたということで、
土曜は兄とデートしていたわけで、
兄とのナニがすごかったと言う事で、
つまり、彼は兄との婚約が幸せらしい。
俺のことなど覚えてもいないのだろう。
運命だとこっちばっかり舞い上がっていてバカみたいだと思った。
なんとか心を落ち着けて席に戻ると開口一番こう言った。
「ひかぽんさん、俺もシリコンバレー行きます。つないでください。」
ひかぽんさんは
「本気なんだな?途中でやっぱやめた、ってのは信用に関わるからやめてくれよ」
そう言いながらその場で早速アメリカの本社に連絡をしてくれた。
天才ハッカーということで名前の通っていた俺は一度面談を実施するとすぐに入社を認められた。
就労ビザの申請には意外と時間がかかるらしく8月から現地で働ける事になった。
*
渡米に向けてバタバタと日が過ぎていく中で家族みんなで食事をする、と言う話になった。
我が家では数ヶ月に一度こういう家族ごっこみたいな事をする。
伝統ある政治一家の長として生まれた父は優秀だがどこか官僚的でカリスマ性に欠ける。
その点、母は美人でカリスマ性がある。元々は学者だったがその美貌に目をつけたテレビ局がコメンテーターに引っ張り出した。その後ジャーナリストの真似事を経験したのちに衆議院に出馬。ジャーナリスト時代から人気のあった母は圧倒的な支持を得て議員になった。しかしカリスマ性だけでは魑魅魍魎が跋扈する政治の世界ではやっていけない。父と母はいい具合にお互いの足りないところを補い合う関係だった。
そんな夫婦から生まれた長男はアルファの中でも特に優秀なアルファで2人の跡を継ぐには申し分ない能力を持っていた。
完璧過ぎる十二月田家にとって足りない最後のピースを担当するのが俺だった。
十二月田家のベータ。
それは完璧過ぎるが故にともすれば一般市民からすれば鼻につくかもしれない十二月田も一般庶民の感覚を持ち合わせていますよとアピールするのに有効な切り札だった。
政治家はいろんなものをアピールする。この食事会だってそうだ。
家族を大切にしていますよ、というアピールの為だけに設けられた食事会に参加するのはとても居心地が悪かった。
家族のためを思いやるフリをしながら、みんな政治家らしく家族の仮面を被っている。
きっとお互いがお互いのことなんて興味もないのに興味のあるフリをしている空間。
そんな空間の中では俺も「ベータ」という仮面をつけて踊る道化である。
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