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屋敷を離れることが急に決まったため、数日間は準備で忙しかった。
サミュエルと話をしなくてはと思いながらなかなか話す機会がなかった。どうやらサミュエルが避けているようであった。

もしかするとこのまま話す機会がないかもしれないと焦った私は最後の晩、サミュエルに向けての手紙を書いた。

そして、やはり最後までサミュエルにあうことは無かった。
サミュエルの部屋を訪ねたがもぬけのからであった。
最後に一目でいいからサミュエルにあいたかった。サミュエルの机の上に手紙を残してハロー家の屋敷をあとにした。


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親愛なるサムへ

前略
ここ数日、あなたと話をしたいと思いながら叶わなかったので手紙をしたためることにしました。
あなたはわたしの心があなたから離れてしまったのではないかと疑っておられることと存じます。しかし、それは貴方の勘違いです。

その事について2つの言い訳をさせてください。

ひとつはあなたが疑っていらっしゃった兄との関係についてです。
確かにあの時、わたしは兄から重大な告白をされました。
兄とは兄妹ではなく、本当は親子だという告白です。

そして、あなたが時折心配されていた兄の目に宿る情熱の炎は、わたしではなくわたしを通して見られるわたしの母に、つまり兄の唯一の方に向けられたものでした。

そしてもうひとつの言い訳は、ではなぜあの時あの場でそれを申し開かなかったのかということです。

あの日、わたしは貴方のお母様から貴方との関係を終わらせるように言われました。今なら誰に何を言われようとわたしが貴方を諦めることはないと神に誓って言えます。
しかし、あの日あの時、わたしの中で貴方のお母様がおっしゃるように貴方と距離を置き離れることがお互いのためになるのではないかとそう考えてしまっていたのです。
そして、どの道、別れるならこのまま勘違いされたままでも良いのかもしれないとそう思ってしまったのです。

しかし、兄から(本当は父ですがもう随分長い間、兄と呼んでいたので兄と書かせてください)わたしの本当の気持ちを貴方に伝えるべきだと、気持ちに嘘をついてはいけないと諭されました。

わたしは誰よりも貴方様をお慕いしております。
誰よりも賢く人を惹きつける魅力がある貴方を。

大人びているようでプライドが高くちょっとしたことですぐ憤慨される可愛らしい一面も、
目標に向かって頑張れるところも、
多くの知識や気付きをわたしに与えてくださるところも、
船や汽車の話題になるとのめり込んで話されるところも、
わたしのことを"サム"と呼んでくださる優しい声も、
言葉がなくても目と目だけで通じ合える2人の関係も、
貴方の全てが好きでした。

貴方のお母様がおっしゃるには、貴方はハロー商会の跡取り息子で、その奥方はそれなりの後ろ盾のある方でないと務まらないと。

そして、幼い頃の恋など所詮は泡沫の恋であり、叶うものではないということでした。

しかし、兄はわたしたちの年齢の頃に恋した方の事をずっと慕っておいでです。
わたしもそんな兄に似て、貴方のことを慕い続けることでしょう。

後ろ盾に関して、わたしに後ろ盾がないならわたしが自分で築き上げれば良いのだとそう考えています。

貴方も常々おっしゃっていましたが、これからの時代は女性だって政治や経済について意見を言う時代になりましょう。女性も親や家族の庇護に入るのではなく、女性自身の実力で認められれば良いのだと思うのです。

この先、あなたはグリフィス校に入学し、わたしは実家に戻る事になります。
実家に関してわたしは何の情報も持っておらず、不安で仕方がありません。兄は実家のことに関しては口が重く、今、貴方がご存知のわたしの事もどこまで本当なのかわかりません。
少なくとも1つわかっているのはわたしの名前はどうやら"サマンサ"ではないということです。

"サマンサ"は兄の唯一の方のお名前だそうです。
もしかすると、わたしには戸籍がないなんてこともあるかもしれません。

実家に戻り、貴方に手紙を書ける状況であったなら、グリフィス校の寮に宛てて手紙を出そうと思います。
(ご自宅に出してもあなたに届くかどうか確信が持てないので)
もし手紙が届かなければわたしが複雑な状況に陥っているのだとご理解ください。

手紙などなくてもわたしの心はいつも貴方のものです。

月を見ては湖での告白を思い出し
夕陽を見ては貴方が夕陽が沈む瞬間が好きだと言ったことを思い出すでしょう。
日中は刺繍をして、貴方からもらった指抜きを見ては貴方のことを思い出します。

離れていてもいつもわたしの心には貴方がおります。

次に会えた時には貴方に相応しい私でありますように。

草々

愛を込めて
あなたの"サム"より

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