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裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~㊶
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領議政自身は政治を私してはいるものの、政治家としてはベテランであり、有能な人だ。だが、本家の跡取りである次男は父親の威光を傘に着て傍若無人の言動が多い。
先日も姉の王妃を訪ねた時、女官の態度が悪かったとその場で女官を斬ったことが物議を醸したばかりだ。普通なら、王の女とされる女官を斬ったなぞ許される仕儀ではない。しかも、その理由というのが、次男が女官の尻を触ったことに憤慨し、抗議したからだというのだから、お粗末すぎて話にもならない。
次男はかねてから美しいその娘に執心していたが、娘が相手にしなかったため、恨みに思っていたのもあったらしい。
だが、国王は義弟にも当たる羅氏の次男坊を表立って咎めることはなかった。
ー世も末ではないか。
心ある人たちは寄ると触ると、その話でもちきりだった。
ー羅の一族であれば、鬼畜なふるまいに及んでも許されるのだ。
まさに、飛ぶ鳥を落とす勢いなのは、ひとえに羅氏が王室の外戚であるからだ。
ーこのままでは、朝鮮は羅氏の者たちに食い荒らされてしまうのではないか。
気随に振る舞うのは何も本家の次男だけではなかった、羅氏と名乗る者であれば何でも許されると勘違いしている不心得者もけして少なくはなかった。
今をときめく羅の一族に対する憤懣は、見えない場所で静かに、しかしながら確実に降り積もっている。そして、それは水温む春が来ても溶けない根雪のように確固としたものになりつつある。そのことを、羅氏の人々はまだ知らなかった。
今日の嘉礼もまた我が世の春を謳歌する羅氏の繁栄ぶりを人々に見せつけるかのようであった。脇腹とはいえ、王の姫を賜るのは両班にとってはこの上ない栄誉である。
しかも、王女の良人となるのは、領議政の末子、兵曹判書の一人息子であり、この息子は去年の科挙では最年少で首席合格したという天才だ。羅氏の繁栄は一体どこまで続くのかと世間は好奇心と羨望の混じった視線で注目している。
それにしても、新郎はとっくに入場しているというのに、肝心の花嫁が姿を見せないとは! 流石に参列者も異変を感じ、ざわめき始めた矢先、漸く新婦が到着した。
相当に気を揉まされた進行役は、気の毒なことに汗だくになっている。実のところ、花嫁到着で一番ホッとした表情をしたのは、この進行役の男であった。
進行役はここぞとばかりに意気込んで声を張り上げた。
「新婦入場」
声を合図とし、今日という晴れの日のもう一人の主役が登場する。新婦の両側には介添え役の女性が並ぶ。一人は王宮から遣われされた尚宮であり、もう一人は王女付きの若い女官である。
花嫁は眼にも彩な婚礼衣装に身を包んでいる。美しく化粧を施した面は緊張のためか、表情らしい表情はなく固い。
花嫁の神々しいまでの美しさに、居並んだ人々から賛嘆の溜息が洩れた。
「何と美しい花嫁だこと」
「仙界に棲まう天女もかくやと言わんばかりではないか」
あちこちで囁かれる会話は、新婦のこの世のものとも思えぬ美貌に感嘆するものばかりだ。
新婦は介添えと共に静々と入場し、中央の段前に新郎と向かい合うように座った。
花嫁の到着を今か今かと気を揉んでいたのは、むろん花婿たるチュソンも同様だった。
ーやはり、翁主さまはこの結婚が嫌だったのか。
時間になっても現れない花嫁に、チュソンの心は絶望に染まった。結婚式前に花嫁に逃げられ(ドタキヤン)たというのも大恥だが、チュソンにとっては世間の思惑よりは王女の気持ちの方が衝撃であった。
幸いなことに、王女はちゃんと婚礼の場にやってきた。しかし、定刻より大幅に遅れての到着である。大体、花嫁には支度があるから、数時間前には来ていなければならないはずだ。
それが今になって現れるとは、式を取り止めないまでも王女がこの結婚をどのように受け止めているかを物語っているようなものではないか。あまり認めたくはないけれど、王女は結婚に乗り気ではない。
しかし、そんなことに鬱々としていたのも、王女の姿を見るまでであった。華やかな婚礼衣装を纏った花嫁を見た瞬間、チュソンは彼女から眼が離せなくなった。
先月、新居を見にいった日は薄化粧であったが、今日は美しく化粧をしている。くっきりとした大きな瞳は紅で縁取られ、より大きく輝いているし、丁寧に塗られた白粉は元々の肌の白さ、きめ細やかさを際立たせている。
先日も姉の王妃を訪ねた時、女官の態度が悪かったとその場で女官を斬ったことが物議を醸したばかりだ。普通なら、王の女とされる女官を斬ったなぞ許される仕儀ではない。しかも、その理由というのが、次男が女官の尻を触ったことに憤慨し、抗議したからだというのだから、お粗末すぎて話にもならない。
次男はかねてから美しいその娘に執心していたが、娘が相手にしなかったため、恨みに思っていたのもあったらしい。
だが、国王は義弟にも当たる羅氏の次男坊を表立って咎めることはなかった。
ー世も末ではないか。
心ある人たちは寄ると触ると、その話でもちきりだった。
ー羅の一族であれば、鬼畜なふるまいに及んでも許されるのだ。
まさに、飛ぶ鳥を落とす勢いなのは、ひとえに羅氏が王室の外戚であるからだ。
ーこのままでは、朝鮮は羅氏の者たちに食い荒らされてしまうのではないか。
気随に振る舞うのは何も本家の次男だけではなかった、羅氏と名乗る者であれば何でも許されると勘違いしている不心得者もけして少なくはなかった。
今をときめく羅の一族に対する憤懣は、見えない場所で静かに、しかしながら確実に降り積もっている。そして、それは水温む春が来ても溶けない根雪のように確固としたものになりつつある。そのことを、羅氏の人々はまだ知らなかった。
今日の嘉礼もまた我が世の春を謳歌する羅氏の繁栄ぶりを人々に見せつけるかのようであった。脇腹とはいえ、王の姫を賜るのは両班にとってはこの上ない栄誉である。
しかも、王女の良人となるのは、領議政の末子、兵曹判書の一人息子であり、この息子は去年の科挙では最年少で首席合格したという天才だ。羅氏の繁栄は一体どこまで続くのかと世間は好奇心と羨望の混じった視線で注目している。
それにしても、新郎はとっくに入場しているというのに、肝心の花嫁が姿を見せないとは! 流石に参列者も異変を感じ、ざわめき始めた矢先、漸く新婦が到着した。
相当に気を揉まされた進行役は、気の毒なことに汗だくになっている。実のところ、花嫁到着で一番ホッとした表情をしたのは、この進行役の男であった。
進行役はここぞとばかりに意気込んで声を張り上げた。
「新婦入場」
声を合図とし、今日という晴れの日のもう一人の主役が登場する。新婦の両側には介添え役の女性が並ぶ。一人は王宮から遣われされた尚宮であり、もう一人は王女付きの若い女官である。
花嫁は眼にも彩な婚礼衣装に身を包んでいる。美しく化粧を施した面は緊張のためか、表情らしい表情はなく固い。
花嫁の神々しいまでの美しさに、居並んだ人々から賛嘆の溜息が洩れた。
「何と美しい花嫁だこと」
「仙界に棲まう天女もかくやと言わんばかりではないか」
あちこちで囁かれる会話は、新婦のこの世のものとも思えぬ美貌に感嘆するものばかりだ。
新婦は介添えと共に静々と入場し、中央の段前に新郎と向かい合うように座った。
花嫁の到着を今か今かと気を揉んでいたのは、むろん花婿たるチュソンも同様だった。
ーやはり、翁主さまはこの結婚が嫌だったのか。
時間になっても現れない花嫁に、チュソンの心は絶望に染まった。結婚式前に花嫁に逃げられ(ドタキヤン)たというのも大恥だが、チュソンにとっては世間の思惑よりは王女の気持ちの方が衝撃であった。
幸いなことに、王女はちゃんと婚礼の場にやってきた。しかし、定刻より大幅に遅れての到着である。大体、花嫁には支度があるから、数時間前には来ていなければならないはずだ。
それが今になって現れるとは、式を取り止めないまでも王女がこの結婚をどのように受け止めているかを物語っているようなものではないか。あまり認めたくはないけれど、王女は結婚に乗り気ではない。
しかし、そんなことに鬱々としていたのも、王女の姿を見るまでであった。華やかな婚礼衣装を纏った花嫁を見た瞬間、チュソンは彼女から眼が離せなくなった。
先月、新居を見にいった日は薄化粧であったが、今日は美しく化粧をしている。くっきりとした大きな瞳は紅で縁取られ、より大きく輝いているし、丁寧に塗られた白粉は元々の肌の白さ、きめ細やかさを際立たせている。
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