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裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~㊱

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祖父は前妻がまだ寝込んでいた頃から若い女と懇ろになっていた。先妻の娘の中殿さまからすれば、祖父の愛を自分の母から奪った私の祖母はそれこそ殺してやりたいほど憎いでしょう。祖母が産んだ父の存在もしかりです」
 チュソンは声を低くした。
「畏れ多いことですが、我が伯母ながら、中殿さまは気性の激しい方です。翁主さまのお母君のご不幸についても、あの伯母であれば、やりかねないと思います」
 王女が笑った。
「気を悪くされなくて、よろしかったですわ。これで、お判り頂けたでしょう」
 チュソンは首を傾げた。
「何がでしょう?」
 王女が焦れったそうに言った。
「私を妻になさったとしても、あなたの前途には何の得にもなりません。国王殿下は本心はともかく、上辺は私に見向きもせず、王妃からは疎んじられている。母は商家の出身ですから、母方の実家はあなたの後ろ盾とはなれません。何より、附馬になれば、あなたは一生王室の飼い殺しとなります」
 チュソンも微笑んだ。
「私も附馬がどのような扱いを受けるかくらいは知っていますよ」
 王女は言い募った。
「では、何故なのですか? あなたは去年の科挙では最年少で首席合格なさったと聞いています。領議政を祖父に、兵曹判書を父に持つあなたなら、これから望むだけ出世できるでしょう。無理に日陰の王女を妻に迎え、輝かしい出世の道を自ら閉ざす必要はないのでは」
 チュソンは王女の黒瞳を見つめながら言った。
「先刻も申し上げたはずです。私はあなたをお慕いしています。あなたが十年前に出逢ったあの少女であると知った今、諦めるという言葉は私にはないのです。あなたが私を疎んじていたとしても、私は諦めない」
「たとえ出世を棒に振ったとしても、附馬の立場に甘んじると?」
 彼は、きっぱりと断じた。
「甘んじるのではありません、私自身が選ぶのです。自分で生きる道は自分で決めるし、共に人生を歩く伴侶も同じです」
 王女が呆れたように首を振った。
「私はあなたを疎んじているわけではありません」
 チュソンは俄に熱を帯びた瞳で王女を見た。
「では、私は少しは期待を持っても良いのですか?」
 王女がまた、遠くを見つめるような、はるかな瞳になった。
「私自身、十年前、あなたと下町で過ごした日は愉しかった。あなたと話していると、宮殿での嫌なことも全部忘れられました」
 王女がひそやかに笑う。まるで二人の頭上の白藤が風にそよぐような笑みだ。
 チュソンは知らず、彼女の笑顔に見蕩れる。
「十年ぶりに話したあなたは、少しも変わっていませんでした。あのときもあなたは正直に自分の気持ちを話してくれましたね。大男の八百屋が怖くて、セナを助けようとしても身体が竦んで動けなかったとありのままに打ち明けました。そして今も、幼い日と同様に、自分を飾りも偽りもしなかった。そんなあなたの笑顔がとても尊く美しいものに見え、私もこんな子と友達になれたら、毎日が愉しいだろうなと考えました」
 チュソンは勢い込んだ。
「だったら! 私たちは結婚して夫婦となったとしても、上手くゆくのではないでしょうか」
 王女はかすかにかぶりを振る。
「友達と夫婦は根本から違います。叶うことなら、私はあなたと友達になりたかった。男だとか女だとか、王女であるだとか、そんなこの世の柵(しがらみ)から関係ないところで、あなたと友達として肩をたたき合い、存分に話してみたかった」
 王女の眼にかすかに光るものがある。泣いているのだろうか。チュソンは狼狽えた。
「申し訳ありません。初対面同然なのに、私が強く迫りすぎてしまったようです。押しつけがましい男は余計に嫌われますよね」
 王女は人差し指で涙をぬぐった。その仕草がまた何とも艶めいている。十八歳といえば、まさに大輪の花が大きくひらく年頃だ。
 王女の美貌は触れなば落ちんという熟れた果実というより、この白藤のように凜とした清冽さを際立たせている。
 あまりに清らかすぎて近寄りがたいという男もいるだろう。しかし、チュソンは、そんな彼女だからこそ白い藤の花房に魅せられた蜜蜂のように近寄って触れてみたいと思わずにはいられない。
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