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裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~⑤

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  少女は小さく息を吸い込み、頭をペコリと下げた。
「結果、私はお金ですべてを解決しようとし、あなたの誇りを傷つけてしまった。本当に、申し訳ありませんでした」
 男が興醒めな顔で言った。
「判ったんなら良い。お前もとっとと失せろ! だが、今度、俺の店から盗みやがったら、そのときは容赦なく捕盗庁に突き出してやるからな」
 林檎を盗んだ女の子は、まだしゃくり上げている。
「とっとと失せろってえのが聞こえねえのか」
 破(わ)れ鐘のような声が轟き、女の子はビクッと肩を揺らし、いっそう声を上げて泣いた。
 少女は自分とさほど年の違わない女の子を抱き寄せ、あやすように背をさする。 
 少女はまたも八百屋を見た。
「どうすれば、ご主人(オルシン)の怒りを鎮めることができますか?」
 八百屋の口がへの字になった。元々人は悪くはないのであろうが、予想外のさんざんな展開に彼も意固地になってしまったのだろう。
 彼が顎をしゃくった。
「そこまで言うなら、土下座してみな」
 八百屋の一言に、遠巻きに見物する野次馬たちが一斉にどよめいた。朝鮮は徹底した身分社会だ。両班家に生まれた者がたとえ年上であろうが、八百屋に膝を突くなぞ聞いた試しがない。
 果たして、この正義感の強い美少女がどんな反応を示すか。見物人たちは並々ならぬ好奇心を剥き出しにして、なりゆきを見守っている。
 少女がその場に座り込んだ。端然と座り、真っすぐに八百屋を見上げる。
「ごめんなさい」
 頭を下げるのに、八百屋は呆れたように天を仰いだ。
 しばらく異様なほどの静けさがその場に満ちた。誰も声を発しない。何かしようものなら、辛うじて保たれている均衡が一瞬で崩れ落ちてしまいそうに思えたからだ。
 八百屋はしばらく少女を睨みつけていたかと思うと、フッと表情を緩めた。つかつかと彼女の傍らに歩いてくる。一体何事が起こるかと、その場の緊張感はますます高まった。
 誰もがしわぶき一つせず、固唾を呑む。
 もしや、その生意気ぶりに堪忍袋の緒を切った男が今度こそ少女に殴りかかるのか?
 中には早くも残酷な光景から顔を背けようとする女もいる。
 だが、心配していたような事態は何ら起こらなかった。八百屋は少女に近づくと、手を差し出した。
「何もあんたがそこまでしなくても良いだろう。まあ、土下座しろと言ったのは、そもそも俺だけどよ」
 少女は男の手に掴まって立ち上がる。八百屋が真顔で言った。
「今後は無闇に危険に首を突っ込むなよ、お嬢さん。相手が俺だから良かったが、質の悪い輩だったら、厄介なことになりかねないからな。何しろ、あんたほどの別嬪は、大人の女にもそうそういやしねえ」
 少女が真面目な顔で言った。
「また、あなたの気持ちを傷つけてしまうかもしれませんが、林檎のお代を払わせては頂けませんか?」
 八百屋が破顔した。
「今日のところは、あんたの勇気への礼代わりだ。お嬢さんのように俺ら庶民のために土下座までする人がまだ両班の中にもいるんだって知っただけで、あんたに礼を言いたい気分さ」
 感心しきった面持ちで言う。
「ところで、子どもの癖にやたら度胸のある娘っこだな、歳は幾つだ?」
 少女は、はきはきと応えた。
「八歳です」
「こいつはまた、愕ェた」
 八百屋はおどけた仕草で頭髪が薄くなりかけ、やや広くなった額をピシャリと叩いた。更に見物人たちに向かい、わめき立てた。
「おいおい、何を貴様ら、さっきから木偶みたいに突っ立って見やがってるんだ? こんな小さな子どもでさえ、身体を張って赤の他人を助けるんだぜ。それを貴様らはただ口を拭って高みの見物としゃれ込んでたんだろうが。これは見世物じゃねえぞ。とっとと消え失せてくれ」
 野次馬たちは肩をすくめ、ひそひそと囁き交わしながら散ってゆく。少女は気に留める風もなく女の子に近づき、腕に抱きしめた。
 女の子はいまだにしゃくり上げている。
「良い子だから、もう泣かないの」
 あたかも慈愛に満ちた姉のような口調で、彼女は女の子に言い聞かせながら背をトントンとあやすように叩く。
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