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闇に咲く花~王を愛した少年~㉟

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 光宗がにこやかに言うと、王子は嬉しげに叫び、光宗に抱きついた。
「叔父上!」
 たまにしか逢えないけれど、いつも優しく遊んでくれるこの若い叔父が、世子は大好きなのだ。
 光宗は世子を抱き上げると、破顔した。
「ホウ、これは、しばらく抱かぬ中に大きくなったな。緑花、子どもの成長とは実に早いものだ。ついこの間までは、おしめをした乳呑み児であったのに」
 傍らの誠恵を振り返りながら、明るい声で言う。
「叔父上、私は乳呑み児でもございませんし、おしめもしておりませぬ!」
 王子がムウと口を尖らせるのを見た光宗は、声を立てて笑った。
「なるほど、そなたの申すとおりだ。済まぬ、世子よ。親というものは、子はいつまでも幼いままだと思いたがるものなのだ」
「叔父上、私は大きくなったら、緑花を妻に迎えることに決めました。先日、緑花が転んで泣いていた私を助けてくれたのです」
 無邪気な発言ではあったが、一瞬、光宗の背後に控える内官や尚宮たちが意味ありげに顔を見合わせた。
 しかし、光宗は顔色も変えず、世子を腕に抱いたまま優しく言った。
「それは聞き捨てならぬ。世子、緑花は既に予の妃となっておる。予の妻である緑花をそなたにやることはできぬ」
「さようにございますか。緑花は女官の服を着ておるゆえ、叔父上のお妃とは存じませんでした。叔父上、緑花は特別尚宮なのですね」
 それが七歳の子どもの想像力の限界であったろう。国王の夜伽を務めるのは正式な側室の他に、〝特別尚宮〟、〝承恩尚宮〟と呼ばれる尚宮が存在した。これは趙尚宮のような役付きの尚宮とは異なり、国王の寵愛を受けた女官を一般の女官とは区別して、特別待遇を与えるための名誉職としての呼称である。
 〝尚宮〟と名はついても、特に仕事があるわけでもない。ただ〝特別尚宮〟として認められることは、後宮―つまり側室としては認められないということでもあった。側室たちと同様に、特別尚宮もまたきらびやかな衣服を纏いはするのだが、幼い世子がそこまで知る由もなかった。
 王子の無邪気な言葉は、更にその場の雰囲気を凍らせた。誠恵が光宗の寵愛を受けながら、側室になるようにとの意を拒み続けていることは誰もが知っている。提調尚宮などは
―殿下の思し召しをご辞退申し上げるとは、全く身の程知らずな娘だ。側室にはならぬと申すなら、この上は中殿の座でも望む気か? ご寵愛が厚いことを傘に着て、高慢になるにも程がある!
 と、誠恵の不遜さを憤っているという。
 そのような意見が後宮や朝廷でも多いのは事実だった。
「まあ、そういうことだな」
 気まずい雰囲気の中で、光宗一人だけが顔色も態度も変えなかった。
 光宗は笑いながら言い、世子をそっと降ろす。
「そうですか、それでは、叔父上。私は諦めます。叔父上の大切なお方を私が妃に迎えるわけには参りませぬ」
 世子は邪気のない様子で元気よく言い、今度は誠恵に言った。
「緑花、国王殿下が世子である私の父上ならば、殿下の妻のそなたは、私の母上にもなる。これからは母上と思うても良いか?」
「―はい」
 この場合、そう応えるしかなかったが、やはり、光宗に付き従う尚宮や内官たちの反応が気になる。
 側室でもないくせに、世子の母親気取りだ―などと言われてはたまらない。
 と、光宗の傍らに控えていた柳内官が呟くように言った。
「殿下、真に微笑ましい光景にございます。我らには、まるでお三方が実の親子のように見えてなりませぬ」
 その言葉に、誠恵は愕然とした。それでなくとも、世子の無邪気な言葉でおかしくなったその場の温度が更に低くなったような気がした。
 皆の冷たい視線が一斉に自分に向けられ、無数の氷の刃がその身に突き刺さっているようだ。
「私は、これで失礼致します」
 たまらず誠恵は頭を下げると、逃げるようにその場から走り去った。こんな去り方をしたお陰で、また〝あの娘は国王殿下と世子邸下の御前で無礼を働いた〟と囁かれるのは間違いない。
 泣き声の聞こえない場所まで走ってきた誠恵は、堪らずすすり泣いた。折角乾いた涙がまた溢れてしまった。
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