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彷徨う二つの心⑲

無垢な令嬢は月の輝く夜に甘く乱される~駆け落ちから始まった結婚の結末は私にもわかりませんでした。

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「何だァ? こんな夜中に」
 いかにも不機嫌そうな主人に、サヨンはまず真夜中に押しかけた非礼を詫びた。
「儲け話があるんです」
 サヨンは密談の内容や義承大君の名は一切出さず、ただ三日後の早朝までに草鞋をできるだけたくさん手に入れたいのだと伝え、もし、依頼主の望みどおりになったら、大金が支払われることになるだろうと言い添えた。
「できるだけたくさんと言ったってねえ」
 四十ほどの主人は大あくびしながら頭をかいた。
「お願いです、こちらのお店に置いてある在庫の草履をすべて譲って頂けませんでしょうか」
「それで? 見返りは何だい。ただ大金が転がり込むだなんて夢のような話は通用しないぞ。店の在庫をすべて洗いざらい出すんだ。こっちもそれなりの物を貰わないと損をする」
 流石に長年、商売をやってきただけはある。
 サヨンは頷いた。
「私が手にした金額の三分の一というのはどうでしょう?」
「ええっ、三分の一かい、そりゃないだろう」
 主人はムッとした表情で、首を振った。
「駄目だ、生憎だが、他を当たってくれ」
 奥に引っ込もうとするのに、サヨンは慌てて叫んだ。
「ご主人、この家には病人がおられませんか?」
 主人が不審そうな眼でサヨンを見た。
「何だ、他人の家のことを調べたのか?」
「違いますよ、今日の昼間、このお店の前を通りかかった時、ご主人が隣の筆屋のおかみさんと病気のお母さんのことを話していたでしょう。私はそれを聞いていたんです」
「ふん、それで、お前さんがお袋の病を治せるとでも?」
 サヨンは勢い込んだ。
「私の良人は薬草に関して様々な知識を持っています。一度だけですが、名医と呼ばれるお医者さまが見放した病人の生命を救ったことがあります。きっと、お母さんの病を治す手立ても見つけられると思うのです。私が得た全額の三分の一と、それから、お母さんを無料で診て適切な薬を差し上げる、その二つでどうでしょうか?」
 主人はしばし思案顔だったが、頷いた。
「良いだろう。うちにある草鞋でお袋の生命が助かるなら、安いものだ。頼むよ。ただし、お前さんの言葉が真っ赤な嘘だったり、約束を守らなかったりしたら、すぐに役所に突き出すぞ、それで良いんだな?」
 はい、と、サヨンは力強く頷き、深々と頭を下げた。二日後の夜に草鞋を取りにくると約束して、履き物屋を出た。
 それから足早にトンジュの待つ山へと向かったのだった。

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