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幻の村

無垢な令嬢は月の輝く夜に甘く乱される~駆け落ちから始まった結婚の結末は私にもわかりませんでした。

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  幻の村

 トンジュの姿が樹々の向こうに消えたのを見届けてから、サヨンは天幕の周囲をゆっくりと歩いてみた。
 なるほど、彼の言葉には頷かされた。樹齢すら定かではない巨木が身を寄せ合うように立っていて、しかもそれがどこまでも際限なく続いているのだ。その中にサヨンが紛れ込んでしまったら、この辺りの地理をよく知っているというトンジュでさえ、見つけるのは至難の業だろう。
 まさに森の海である。今、天幕が建っている場所は広場と呼べるほどの規模で、樹は見当たらない。年数を経てはいるが、明らかに人の手によって切り取られた痕跡―切り株が随所に見られた。
 天幕の側に一本だけ梅の樹が立っているのに気づき、サヨンは近寄った。
 早咲きの梅の花だ。白い小さな花は可憐で、こんな見る人とておらぬ山奥でひっそりと咲く花がいじらしく思える。そっと鼻を近づけると、ほのかな香りが鼻腔をくすぐった。
 もし本当にここに暮らすのだとすれば、この花が幾ばくかでも心の慰めになってくれるに違いない。
 広場には確かに樹はないが、トンジュの指摘したように、周囲を鬱蒼とした森に囲まれているため、朝や昼でも一日中薄暗いのだ。
 これで、夜になれば、辺りは真っ暗闇に塗り込められるはずだ。トンジュがいれば身の危険はないかもしれないけれど、こんな誰もいない場所で薄気味の悪い男と二人だけで暮らすと考えだたけで、目眩がするようだった。
 サヨンはうつろな足取りで天幕に戻り、頽れるように座り込んだ。こめかみを手のひらで押さえ、軽く揉む。
 何だか額が熱いように思えた。いや、額だけではなく、身体全体が燃えるように熱い。
 そっと襟元から手を差し入れてみると、服の下は汗びっしょりだ。サヨンは外套を脱ぐと、毛織りの胴着も脱いだ。
 それでもまだ身体の火照りはおさまらない。仕方なくチョゴリの前紐を解き、それも脱いでしまった。勢いで下着も脱ぐ。
 その時、妙だと気づくべきだった。一月の最も寒いこの時季に、上半身だけとはいえ半裸に近い姿になって、寒いと感じない方が不自然だった。どこか身体に変調を来していなければ、こんな状態になるはずがない。
 下着を肩から滑らせた時、何かが地面に落ちる衝撃音が聞こえた。
 サヨンはその物音に驚愕し、顔を上げる。
 と、天幕の前に呆然と佇み、こちらを凝視しているトンジュと眼が合った。
 トンジュの前には無数の薪が転がっていた。先刻響き渡ったのは、トンジュが拾ってきた枯れ枝を落とした音だったのだ。
 サヨンは迂闊にもまだ自分自身の扇情的な姿に気づいていなかった。上半身は胸に布を巻いただけのあれらもない格好なのに、男の眼を意識することも忘れていた。
 小柄で痩せている割に豊かな胸のふくらみが胸に巻いた布を押し上げ、上からは眩しいほどに白いつややかな丸みや谷間が覗いている。
「何をしているのですか?」
 永遠にも思える一瞬が過ぎ去った後、トンジュが茫然とした面持ちで言った。
 その声が微妙に掠れている。
「えっ」
 トンジュが声を発したことによって、サヨンの意識も現実に戻ってきた。
「あ、これは」
 サヨンは改めて自分の格好を知り、赤面した。
「ごめんなさい。あまりに熱かったものだから、服を脱げば治るかと思って」
 サヨンは慌てて側に置いてあった下着を拾おうとした。
「ここが山奥の森の中だから良いようなものを、人の住んでいる場所だったら、俺以外の男の眼に触れさせてしまうことになりますよ?」
 ふいに男の声が間近で聞こえ、サヨンは弾かれたように面を上げた。
「どうして隠そうとするんですか?」
「え、何を言って―」
 サヨンは言いかけて、言葉を失った。
 トンジュの眼が欲望にぎらつき、射貫くように胸のふくらみに注がれている。
 本能的に彼女は両手を交差させて男の不躾な視線から逃れようとした。
 次の瞬間、トンジュが飛びかかってきて、サヨンはその場に荒々しく押し倒された。
「な、何をするの!?」
 サヨンは愕きのあまり、声も出ない。
 トンジュはサヨンの上から覆い被さり、彼女の頭の両脇に手をついた。
「あなたが悪いんですよ。そんな挑発的な姿で俺を誘うから」
「何を言っているのか判らないの」
 サヨンは怯えた眼でトンジュを見上げた。
「トンジュがあの時、帰ってくると知っていたら、服を着ていたわ。そのことで怒っているのなら、謝るから許して」
「怒るどころか、お礼を言いたいくらいです。こんな良いものを早々に見せて貰えるとは思っていなかったんだ」
 トンジュは熱に浮かされたように呟き、そろりと手を伸ばした。
 サヨンは初め、彼が何をしようとしているのか全く理解できていなかった。が、伸びてきた手が乱暴に胸許をまさぐり始めると、悲痛な声を上げた。
「何をするの? 止めて。止めてよ」
 乳房の上の部分は既にはっきりと露出している。ふくよかな胸の蕾がギリギリ見えるか見えないかのきわどさだ。トンジュの大きな手はしきりにそこを撫でていた。
「俺があなたを何のために連れ出したか、まだ判らないんですか?」
 トンジュの瞳が冷たく光った。
 あの眼、蛇のように底光りする眼に見つめられると、サヨンは蛇に睨まれた蛙のように身動きできなくなってしまう。
―怖い。
 サヨンは身を震わせた。
「まさか」
 絶望のあまり気絶しそうになりながらも、サヨンは何とか持ち堪えようとした。
 トンジュがニヤリと口の端を引き上げる。
「今になって、やっと気づきましたか。本当に世間知らずというか、呑気な女ですね。男が何の見返りもなく女を助けたりするものですか。俺はあなたを自分のものにするために、ここまで連れてきたんですよ」
「私は物じゃない。そんなに簡単にあなたの所有物になったりはしないわ」
 あまりの言い草に言い返すと、トンジュは馬鹿にしたような笑みを返してきた。
「そんな強情をいつまで張っていられますかね。言ったでしょう、女を大人しくさせる方法は色々あると」
 トンジュは歌うように言いながら、サヨンの胸に巻いた布に手をかけた。
「止めて、お願いだから、こんなこと止めて。トンジュ!」
 サヨンは必死になって抗った。
 その間にも抵抗空しく、布はするすると音を立てて解かれてゆく。
「いやっ、いやーっ」
 身を起こそうとする度に、乱暴に押し戻され、無情にも両手を持ち上げた形で上から押さえつけられた。
「トンジュ、トンジュ。私、いやなの。こんなことはいやなの。お願い、許して」
 とうとう涙が溢れ、頬をつたった。
 こんな男の前で泣きたくはないのに、一旦溢れ出した涙は止まらない。
 しかし、一度滾った若い血は止まらないらしい。サヨンが泣きながら身をよじり続けても、それは上から物凄い力で封じ込まれた。
 ついに布が完全に解かれ、豊満な乳房が露わになった。雪よりも清らかで眩しい膚が光り輝いている。盛り上がった双つのふくらみの先端には朱鷺色の先端がひっそりと息づいていた。
 トンジュはしばらく恍惚とその眺めに見入っていた。ねっとりしたまなざしが炯々と光る。
「きれいだ。何て美しいんだろう。お嬢さま、こんな良い身体をした女を俺は見たことがありませんよ。きっと抱き心地も最高だろう」
 サヨンは恐怖に震えながらトンジュを見つめた。
「トンジュ、お願いだから―」
 言いかけた唇を唇で塞がれる。
 サヨンはギュッと眼を瞑り、唇を噛みしめた。トンジュが口を開かせようとしているのが判り、何とか開くまいと懸命に食いしばった。
 だが、下唇を軽く食まれた刹那、ほんのわずかに唇を開いてしまった。
 彼はその隙を逃さなかった。すかさず舌が侵入し、ねっとりとした舌がサヨンの口中を這い回った。怯え逃げ惑う舌を執拗に追いつめ、烈しく吸い上げる。
 その合間には手が下に降りてきて、しきりに乳房をまさぐった。
―トンジュはこんなことをするために、私を屋敷から連れ出したの?
 大粒の涙を流しながら、サヨンは哀しく思った。
 自分は騙されたのだ。助けてやると甘い言葉を囁かれ、信じてついてきたのに、この体たらくだ。
 さんざん口の中を蹂躙された後、やっと解放して貰えた。口の中に自分のものか男のものか判らない唾液が混じり合い、吐き気がしそうだ。
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