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2-7『恐喝 脅し 強請り』

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 楓さんとは、一昨日おととい学校でラブイーターに襲われそうになっていた生徒の一人だ。
 そして同時に、僕がジェット・ラビットになる瞬間を目撃していた人物でもある。
 それだけ言えばお分かり頂けるだろう。僕にとって彼女は、今この場でもっともエンカウントを避けたい人物の一人であった。
「探したんすよぉセンパイ、ちょっとお話しいいっすか?」
「……どちらさまでしょう? 人違いではないでしょうか?」
 顔面蒼白で口端を引き攣らせる僕の顔を見ながら、楓さんはニッコリとした笑みを浮べる。
 ただその笑顔は、美人局つつもたせがカモを見つけた時と同じもののような気がしてならない。
 僕は目を逸らしながら、手遅れだとは思いつつもシラを切り、ささやかな抵抗を試みる。
 でも、
「面倒なのは無しにしましょうよ、ジェット・ラビットセンパイ?」
「っ!?」
 グイッと顔を近づけられ、そのまま耳元で囁かれた言葉に、僕には頷く以外の選択肢が残されていないことを思い知るだけだった。

 それから所変わって――。
「……何が目的だ」
「ウケル、なんでセンパイそんな警戒心剥き出しなんすか」
 彼女に引っ張られて僕が移動した先は、体育館の裏。
 運動部の朝練も終わりすっかり人気の無くなったこの場所は、秘め事を交わすのに打って付けだろう。
 僕は、体育館を背にしながら警戒心マックスで楓さんを睨む。
 対して楓さんは、そんな僕を圧倒的優位な立場から見下ろすような笑みを浮かべて言った。
「ま、気持ちは分からなくもないですよ。自分の正体知ってる相手が、わざわざ向こうからサシの話し合いを申し込んで来たんすからね」
「つまり警戒されるのも承知の上、と」
 言外に、「この意味が分かるか」と圧を掛けられている気がする。だとしたら、次に出てくる言葉は容易に想像がついた。
 この状況に即するなら、恐喝、脅し、強請りetc……といった類ものだろうか。性別が逆ならグヘヘ案件もありえたかもしれない。
 なんにしても、きっとロクなことじゃないだろうというのは分かり切っていた。
「ええまぁ、そっすね。ただ目的を果たす前に色々と聞きたいことがあるんで、そっちの方から答えてもらっていいっすか?」
 けれど楓さんは直ぐに本題に入る気はないらしく、サイドテールの先っぽを指で弄りながら僕の目を見て言う。
 どうやら周辺情報からジワジワと締め上げるつもりらしい。かといって拒否しようものなら、どうなるかなんて考えるまでもない。
 これは、相当絞られることになりそうだ。
「……答えられることなら」
「あざっす。んじゃ、早速なんすけどぉ――」
 覚悟を決めて頷く僕を見てニヤリと笑い、楓さんは嬉々としながら口を開いた。

※ ※ ※ ※ ※

「――つまりセンパイは、自分の意思とは関係無く巻き込まれた結果、マジカル☆ナイトになったってことっすか? 別の惑星で生まれた高次元生命体とか、未来からやってきた超人類とか、改造手術を施されたスーパーサイボーグとかではなく、あくまでも元は人間だったと?」
「僕的には今も人間のつもりだよ? ――まぁ、そういうこと。だから僕を恐喝したところで、得られる物は何もないぞ」
「いや恐喝って」 
 一頻り話し終えて、ホッと息を吐く。
 どうやら彼女が聞きたかったのは、ジェット・ラビットとは、マジカル☆ナイトとはどういう存在なのかという事だったらしい。
 なら、躊躇することはない。僕は楓さんにジェット・ラビットになるまでの経緯を洗いざらい語った。この件に関しては、僕だって被害者みたいなものだからね。
 個人情報から趣味嗜好まで徹底的に吐かされ、おまけに弱みまで握られると思っていた僕は、安堵感に胸を撫で下す。彼女の質問の意図に気付いたからだ。
 ――要するに、楓さんは不安だったのか。
 考えてみれば、マジカル☆ナイトだってラブイーター程じゃなくとも世間一般からすれば得体の知れない存在だ。今の時点でどこまでマジカル☆ナイトの周知が進んでいるのかは分からないが、この反応だとまだまだ不信感を拭えてはいないのだろう。
 今回はたまたま人類の味方をしたように映っただけで、実は……。なんて不安を持つ人居ても不思議はない。
「別にセンパイが悪い人だとは最初から思ってなかったっすよ。ただ、やっぱ得体のしれないものは怖いっつーか……」
「いや、それが普通だと思う。僕も当事者でなかったなら、似たようなことを思っただろうからね」
 つまり彼女がジェット・ラビットの正体をダシに僕を此処へ引っ張ってきた理由は、そういった不信感を拭い去るために必要な処置だったということなんだろう。
 最初は何を要求されるのかと本気で肝を冷やしたけど、蓋を開けてみれば何てこと無い。彼女には初めから、害意も悪意も無かったのだ。
 ただ、
「でもさ、説明した僕が言うのもアレだけど、そんな簡単に信用していいの?」
「あ? なんすかセンパイ、さっきの全部嘘だったんすか」
「いや、ありのままを話したし、信じてくれるのは嬉しいよ。でも全く疑われないってのも、こう、なんというか……」
 疑われないのは助かるけど、それを素直に喜べばいいのか、肩透かしと拍子抜けすべきなのか。
 もしくは、実はまだ疑っているんじゃないかと警戒すべきなのか、分からない……。
 そんななんともいえない困り顔を浮べる僕に、楓さんはヤレヤレと首を振った。
「一応私も当事者なんで、色々と調べたんすよ。ジェット・ラビットの情報とか、SNSの書き込みとか、今朝のニュースとか。まあ素人が得られる情報なんて高が知れてますけど。センパイの話は調べた内容と合致する点も多かったし筋も通ってたんで、まあ信じてもいいかなって」
「なるほどなぁ。……ん、今朝のニュースって?」
 どうやら彼女は彼女なりに、自分に出来る範囲で情報を集めていたらしい。
 そして僕がした説明が、そのまま裏付けになっていたようだ。
 なら、これ以上言及して無駄に不信感を募らせることもないだろう。
 代わりに僕は、彼女の口から出た“今朝のニュース”という単語に首を捻った。
「今朝テレビでやってたじゃないっすか。見てないんすか?」
「ウチ、テレビないから。それと登校の準備でもたついててネットニュースを見る余裕も無かったし……」
「なんすかそれ」
 やや呆れ口調での呟きに、僕は返す言葉も無く頬を掻くしかない。
 そんな僕の姿に溜息を零しながら、楓さんは教えてくれた。
「総理官邸に現れた異次元の存在、名前はアポストロス。共にラブイーターと戦う魔法戦士を募集中、とかなんとか言ってましたよ。センパイの説明ほど細かい内容では無かったけど、まあ似たようなコトをね」
「そうなんだ」
 なんだ、情報は徐々に開示されていくとアポストロスは言っていたけど、案外順調に進んでいるじゃないか。
 なら、マジカル☆ナイトに対する世間の認識も早めに良い方向へ向かうのかもしれない。
 希望的観測だけど、一ヶ月もあれば人々からの信頼を得られそうだ。
 だが、
「ところで、センパイは所属を決めたんすか?」
「は? 所属?」
 おそらくは何の気なしに放たれたのだろう彼女の言葉に、僕は再び首を傾げることになった。
「とぼけちゃって。政府がマジカル☆ナイト支援組織を立ち上げるための第一段階として、手始めにジェット・ラビットとの接触を図ってるらしいじゃないっすか」
「え、ちょ、は? なにそれ初耳なんだけど」
 ……鳩が豆鉄砲を食らった時の顔っていうのは、今まさに僕の事を指してるんじゃないだろうか。
 政府がジェット・ラビットぼくに接触を図ってるって? なんだよそれ、全く身に覚えが無いぞ。
「ただラブイーターと戦うだけじゃあ誰もやりたがらないだろうからって、国が破格の待遇でマジカル☆ナイトを募ることを決定したらしいんすけど……ホントに知らなかったんすか?」
「うん」
 だとすれば、政府の発表は国民の不安を少しでも軽くするためのパフォーマス兼、ジェット・ラビットへの事前通告ってこと?
 仮にそうだとすれば、近いうちに接触する機会があるかもしれないってことか……。
 こうして考えてみると、なんだか物凄い行き当たりばったり感だ。
 実際それだけ状況が追いついていないということなんだろうけど、なんだかなぁ。
「なら、センパイは今までどういう動機で戦ってきたんすか? こうやって隠そうとしてるから、目立ちたいとかそういうんじゃないんでしょうし」
 そんな中、思わぬ新情報で面食らっている僕に楓さんが不思議そうに聞いてきた。
 それについては、簡単に答えられる。
 僕は、思ったままを口にした。
「動機も何も、目の前でヤバイことが起きててそれを解決できるのが自分だけだったら、誰だってそうするだろ」
 僕だって、他に対応してくれる人がその場に居るならその人に任せる。でも昨日も一昨日もそんな人は居なかった。
 夜叉さんにしても、彼女が初めからあの場に居たならあそこまでの無茶はしなかっただろう。
 要は、偶々そこに居たのが僕だっただけなんだよ、と説明したつもりだった。
 だけど、
「センパイってお人好し、っつーかアホなんすか?」
「なんで急に罵倒されたの僕」
 楓さんには、若干引き気味に罵倒されてしまった。
 解せない。
「それより目的って何なんだよ。マジカル☆ナイトのことを聞いた後に、何か予定があったんだろ?」
 なんだか変な物を見るような眼差しを向けられて居心地の悪さを感じた僕は、ガシガシと頭を掻きながら強引に話を戻すことにした。
 ていうか、そもそもマジカル☆ナイトについての説明は、あくまで僕がジェット・ラビット本人であるという確証を得ると同時に、危険な存在ではないことを確かめる為だった筈だ。
 話し込んでいたこともあり、一時限目まで時間もあまりない。そろそろ本題に移るべき頃合だろう。
 そう思って話を振ってみると、
「あー……。まあ、そうっすよね……。聞きますよね、フツー……」
 今度は楓さんが、歯切れの悪い反応と共になんとも言えない表情で僕から目を逸らした。
 心なしか、サイドテールの先っぽを弄る彼女の指がさっきより忙しなく動いて見えるのは気のせいだろうか。
 けど、そんなことに構っていられない。手っ取り早く用件を促そう。
「もしかして、それも僕がジェット・ラビットかどうかを確かめるための口実だった? なら用は済んだってことで僕は行くけど」
「あ、いや、ちょ、待って!」
 背を向けて校舎に向かおうとする僕の手を、楓さんは慌てて掴んで引き止める。
 煮え切らないなぁ、一体どうしたっていうんだ。
 思わず僕が溜息を零せば、楓さんはビクリと肩を揺らして俯く。
 けれど呼吸を整えると、意を決したように顔を上げた。
「そ、その……あの時助けてくれて、あ、ありがとう、ござました……」
「……へ?」
 そして一瞬だけ深く頭を下げる楓さんは、妙にぎこちない動きで真っ赤になった顔を上げると、視線を右往左往。
 何を言われるのかと構えていた僕は、キョトンと佇む。
 これが彼女の言う目的だと気付いたのは、それから数秒の沈黙が続いた頃だった。
「あ、えーっと……どういたしまして?」
 でも、気付いたからって上手く対応出来るかどうかは別の話。
 結局気の利いたことも言えず、僕は恐る恐る返事をするのが精一杯だった。
「それだけなんでっ、それじゃっ」
 一方楓さんは、ぎこちない動きのまま校舎の方へ体を向けると、そのまま早足で去って行く。
 その後ろ姿を見送りながら、僕は彼女が言った言葉の意味を考えていた。
 ――あの時っていうのは、トカゲのラブイーターに襲われた時のことだよな。
 ていうか、それ以外で感謝されるような覚えがない。
 つまり楓さんは、それを伝えたいが為に僕をここまで引っ張ってきて、尚且つあんな前置きをしたということか。
 あの態度からしても、おそらく面と向かって人にお礼を言うのはガラじゃないんだろう。
 だけど、ちゃんと伝えておくべきだと思ったから、いああして勇気を出して頭を下げたわけで――。
 ふむ……。
「良い子じゃん。めっちゃ良い子じゃん」
 校舎から響く予鈴の音を聞きながら、僕はなんだか心が暖まっていくのを感じるのだった。
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