チキンピラフ

片山春樹

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広い心と深い愛の話

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私、春樹さんのコト好きだよね・・。さっきは、キスすれば彼の気持ちを確かめられると本当に思っていたよね。とあの瞬間の私の気持ちを思い出してみるのに。
「いや・・ずいぶん長いから、出るものが途中で引っかかったのかなって思って」
と子供みたいな笑顔で私にそう言った春樹さんしか思い出せなくなっているから。
私、あの人のコト好きなのかな? という思いがモクモクと湧き上がってきた夜更け。ブルブルと携帯電話が震える音が聞こえて、カバンの中から取り出して、画面を見てみると。
「具合悪いの?・・」と言う書き出しの春樹さんからのメール。開けてみたら。
「具合悪いの? 便秘には、野菜とお水とぬるぬるした食べ物が効果的だから。毎朝牛乳飲むのもいいって聞くけどね。試してみてください。おやすみなさい・・あと、一つ前のメールたけど、どの場所を買えばいいのかな?」
確かに一つ前のメールは「春樹さん、場所買えませんか?」と間違ってる字のメールだけど。それは今更過ぎるでしょ。それ以前に、どういう意味のメールなの? これ。別に、便秘になってるわけではないし・・。こんなメールに返事する気も湧かないし。だから、ポイっと携帯電話を投げ捨てると。すぐにまたプルプルと震えて。
「もう・・投げる前に送ってよ」とぼやきながら手を伸ばして画面を見ると。
「春樹さんにメ・・」という書き出しのあゆみからのメール。開けてみたら。
「春樹さんにメールしてもいいかな? この数学の問題も解らなくて、とりあえずは、美樹の許可をもらってからにしようかなって。春樹さんって本当に美樹のカレシになっちゃったみたいだから」
って・・これも、どういう意味・・と思ったけど。
「えぇ~美樹って春樹さんとデートってここだったの、ちょっと大胆過ぎない?」
あゆみが目を真ん丸にしてそう叫んだ瞬間を思い出すと。私、あんなに大勢の前で春樹さんを、つまり、「これが私のカレシですよーキラキラキラキラ」とお披露目したことになってるのかな・・。「どや、これが私のカレシよ。いいでしょフンっ」じゃないの・・と私ではない私が心の底で叫んだような。でも、そんなつもりは全くなかったけど。あの場所にいたみんなは、「アレって美樹のカレシ?」・・とひそひそ話していたことも思い出すし。春樹さんが私に告白したあの言葉も・・近くの席のみんなの耳に入ったわけで。だから・・?
「美樹のカレシって、優しくてハンサムでかっこよくてスマートで面白くて、って、俺は言われたいの」
と春樹さんはニコニコしながら言っていたな・・。じゃなくて、つまり、明日学校で私はそういう話題の真ん中になってしまいそう・・と言うことか。と今の私はそういうことを分析して予測できるようになってる。そんなことを冷静に考えれるようになっている私は。その後、春樹さんがいった言葉も、あの瞬間の優しい笑顔も正確に思い出せるようになって。
「照れくさいな・・年下のカワイイ女の子に、恋してる、とか、好きだなんて言うのって」
あれは、間違いなく、本当に、心からの告白だったと思う。その後。
「うっわー・・・。どうしよう・・サブイボ出てきた」
「聞こえた・・今の」
「聞こえた・・恋をしてる男だなんて・・どんなセリフ?」
「ねぇ・・聞こえた? 今の・・」
「聞こえた‥聞こえた・・あの人、俺は本当に美樹のコト好きだから・・って言ったよね」
「コクハクだったの・・今の?」
「好きだって言われるより、恋してるって言われた方が何倍もジーンってしちゃうんだ」
「サブイボ・・サブイボ・・まだでてくる」
「うっそー・・うわー・・で・・美樹ってどう返事するの」
「私も、あんなこと言われたら、恋しちゃうでしょ・・」
と周りから聞こえた声も思い出せて。確かに、そんなこと言われた私は、間違いなく恋をしちゃった。そして、チャンスがあればキスをして「確かめてみよう、この気持ち」と鏡の前でつま先立ちして、唇を湿らせて、リハーサルまでして、思いっきり覚悟を決めて、次は待ちに待ったキスシーン。・・と思った瞬間。また電話がプルプルと震えて。
「美樹ちゃん大丈夫? 出た? 出ないの?」
なんて春樹さんからのメール・・。心の中、目を閉じて唇が触れ合う瞬間を待っているのに「いや・・ずいぶん長いから、出るものが途中で引っかかったのかなって思って」って聞こえて、あの幻滅が再び・・。こんなメールになんて返せばいいの? 悲しすぎるし涙もちょちょぎれそう。とりあえず、乱暴な気分のまま。朝出したっきりで、あれから何も出てないけど。
「出ましたよ」とだけ返信して。あゆみにも。
「ご自由にどうぞ」と返信して。するとすぐに。
「そう、良かった。おやすみ(笑顔の絵文字)」と春樹さんから返事か届いて。
「いいの? 良かった。この問題解けないと眠れないところだった(同じ笑顔の絵文字)」とあゆみから返事が届いて。この同じ絵文字に気持ちがカチンとスルから、今日は、そのままスルー。でも。
「美樹ちゃん大丈夫? 出た? 出ないの?」これって・・私のコト心配だから? と優しく思い直してもみるけど。私、あの人のコト本当に好きなのかな? という険しい思いの方がだんだん大きくなってくるような気がし始めて。そんな時にふと目についたのは弥生から借りた本「彼氏のトリセツ」無意識のまま手に取って。ぱらぱらとめくると。「男の子の精神年齢は7歳までしか成長しない」と書かれているページで手が止まった。
「精神年齢・・7歳」と思わず声を出して読んでしまったのは。その次の行から。
「あなたが母性に目覚める前は男の子の大人っぽさに惹かれたりするときがあってそれが初恋だったりするのだけど、女の子はそのうち必ず母性に目覚めて大人のフリする男に飽きて未練もなくポイして、カワイイ子供にプライオリティーを注ぎ込むようになる。つまり、大人のフリする男にプライオリティーを注げなくなる日が突然訪れて、今までの愛なんて微塵も思い出せないまま愛想尽かす場面が必ずやってきて。それが倦怠期。母性に目覚める前は男の子の子供っぽさにイライラムカムカするときもあるけど、母性に目覚めた後はイライラムカムカした同じ男の子の子供っぽさに、愛情を長続きさせる要素があるんだと気づく時が来る。女の子は何よりも子供に愛情を注ぐ生き物だから、好きな女の子、つまり母親 (の代わりになるあなた) に愛されたい男の子(カレシ)が子供っぽく振舞うのは仕方ないことかもね。何万年もかけてそうなったことだから、あなたが彼氏を子供っぽいと感じても、それは、あなたがまだ母性に目覚めていないからかもしれないし。男の子の本能が愛情を注がれ続けていた子供の頃を思い出して、あなたに子供っぽく振舞う時は、無意識にあなたに愛されたいと表現しているのかもしれないね。男の子は母親から受けた愛情を、恋した女の子にも期待するの、つまり、それって男の子は絶対に大人にならない生き物と言う意味。だから、男の子の精神年齢は7歳までしか成長しない。カレシができた時、あなたがカレの恋人になってあげたなら、やがて、そのうち、あなたがカレの母親の代わりになってあげる覚悟も必要よ。ただし、子供っぽい男の子とガキは別。しっかり区別してね」
ガキ? って、とページをめくってもその説明は書いてなくて。でも。なんとなく腑に落ちそうな文章かなこれ・・。つまり、今の私のイライラは私の母性が目覚めていない・・という部分。確かに、年上の男の子と言う意味では、私は春樹さんのコト恋をしてるし、好きだとも思っている。春樹さんの大人っぽさに惹かれたのが初恋だったなら。大人の男に愛想尽かす場面が必ずやってきて・・これはまだそうじゃないと思うけど、いや、今そう思い始めてる? 私もいつか子供・・にプライオリティ・・優先させるって意味だったかな。子供・・私の? と、そんなことを空想したら、ヘンに怖くなったというか、本をぱたんと閉じて。夢の中に子供が現れたあの日のことを思い出して。そう言えば夢の中に出てきたあの子、春樹さんと同じ顔してたかも。つまり、春樹さんが子供っぽく振舞う時は、私に愛されたいと表現している時? という意味? これ。それに・・恋人になってあげたなら、母親になる覚悟も必要。って、私が春樹さんの母親になる・・って意味なの? そう思ったまま記憶が途切れて。

そして朝。起きてから、ん~っと背伸びして、首をぽきぽきさせると携帯電話がピカピカしてるのが見えて。手にすると、また春樹さんからのメール。
「おはよ。早起きしてくださいよ。あゆみちゃんって勉強家だね、昨日数学の問題であゆみちゃんと何度もやり取りをしました。という報告をしておきなさいって言われてね。美樹ちゃんもコツコツ努力しなさいよ」
数学の問題の解き方を手書きしてるノートの写真が添付されていて。報告をしておきなさい? どうして? それに、こんなメールにまた、どんな返事書けばいいのだろう・・。と思ったけどいい返事か思いつかなくて、そのままポイして。そう言えば昨日寝る前にナニか考え事してたこと・・子供が夢の中に出てきたけど・・どういう意味だったのかな? アレ。まぁ深く考えても思い出せないし。頭をガシガシ搔きながら階段を降りると
「ネクタイそれでいいの?」
「うん・・アリガト」
「今日はいつも通りに帰れるの」
「うん、いつも通りに帰れると思う」
「もう、思うじゃなくて、遅くなりそうなら電話してよメールでもいいから」
「わかってるよ。寄り道なんてしないし」
「寄り道するときは電話しなさいって言ってるの。定期は持った?」
「うん・・」
「傘はいらない?」
「うん・・」
「靴下穴開いてなかった?」
「たぶん・・」
「たぶんじゃダメでしょ・・ほら・・見せて」
「うん・・開いてないよ・・」
「はい・・」
「じゃぁ、行ってらっしゃい」
「行ってきます・・」
「車とかに気を付けるのよ」
「うん・・気を付けるよ・・行ってきます」
「あー」
「はいはい」
「「チュッ」」
「行ってきます」
と言うやり取りが見えて、それっていつも通りだけど、確かにお父さんってお母さんの前では子供だね・・。アレが本に書いてた愛情が長続きする要素かな・・。それって面倒臭そう・・。と思いながら。
「おはよ・・」
と子供みたいなお父さんを見送ってるお母さんの背中にそう言って。テーブルについて、また、いつもと同じメニュー・・か、と思っていたら。
「美樹おはよ・・」とつぶやいたお母さんがものすごく真剣な顔で私に振り向いた。だから。
「ナニ?・・何か顔についてる」と聞いてみたけど。
「・・えっ? ・・うん、ついてるというか、あぁっ」
「あぁって・・ナニよ?」
「美樹って春樹さんとケンカでもしてる?」
ナニ急にどうして朝から春樹さんの話題なのよ。それも・・ケンカしてる? 現在進行形で、なんて。
「なんだか、すんごく怖い顔に見えたよ今」まだ言ってるお母さんに。
「そうかな」と驚きながら返事したら。
「うん・・私がお父さんとケンカしたときみたいな顔だったから。私もお父さんが時々全然的外れてる返事すると、そんな顔してる」
と言われて、お母さんの機嫌が悪い時を思い出すけど。そう言われれば、顔のヘンな所にヘンな力を込めていたかもしれない。のは・・確かに春樹さんが原因かもしれないけど。というか、全然的外れてる返事・・まで的中している? お母さん、私の顔色見ただけで? と唖然としていると。
「そっか・・ケンカするような仲になったのね・・」
って笑うお母さんに、勝手な想像しないでよ・・当たりすぎるともっと不安になるでしょ。と思いながら卵焼きをもぐもぐして・・うん・・最近、まぁまぁおいしい。

そして、学校に行くと、予想通りに・・みんなが口元を押さえてひそひそと話している内容の断片がかすかに耳まで届いて。
「昨日マックでさ・・・」
「美樹のカレシが・・・・」
「写真撮ったの見せて・・・」
「それがけっこうイイオトコでね・・・」
「うーわ、ホント、爽やか・・」
「うらやましすぎる・・・・」
「美樹って・・・・」
「かわいい顔して・・・・」
「もう、しちゃったのかな・・・」
しちゃったのかな? って・・無視したいけど、自然と耳に入ってくるから気になって。そして。やっぱり、もっと無視できなくなるのは。これ。
「美樹おはよ、昨日はアリガト。春樹さんってすんごいよね」
と大きな声で話すあゆみが。
「みてみてこれ、去年の共通一次に出た数学の正解率2.4パーセントの問題。解けそうだからやってみたら全然だめでさ、気になって気になって眠れなくなって春樹さんに聞いてみたら、一撃よ、シュルルルスコーンって感じ」ってどんな感じ?
そう興奮気味に言いながら私に見せてくれた携帯電話の写真にはノートに手書きの数式とか説明とか。確か朝、私にも同じものが春樹さんから送られてきてたね・・。そして。
「先生もさ、こんな風に説明してくれたら私でも解るのに。次この問題出たら、私全然自信ある」
と、周りのみんなに見せ始めて。
「あーこの問題だ、ちょっと写させてよ、写させてよ。あーもぅ、美樹がうらやましすぎる、昨日はこんな補習をタダでしてもらえたの? 塾の先生よりわかるかも」
と後ろから話しかけてきたのは、昨日あゆみと一緒にいた髪の長い遥さん。別のクラスの娘だよね、今まで話したことないし。その娘が。
「美樹ってさ、補習以外にも、毎晩春樹さんにあんなことしてもらえるの?」
と早口すぎるセリフを、ものすごく真剣な顔で言って。
「あんなこと?」ってどんなこと? と思ったら。
「ほらー、昨日、私、春樹さんに甘えたらさ、綺麗な髪だねツヤツヤでサラサラ・・って言いながら髪を摘ままれて、男の子に髪を触られるのって初めてで。私あの瞬間、ふぅぅぅってなって、いっちゃってたかも」
いっちゃってたかも? ふぅぅぅってなって? 
「髪を褒められてさ、もてあそばれてさ、ツヤツヤでサラサラって、触られた時のあのくすぐったさ・・心の中を薬指の先でこちょこちょされた感じ。思い出したらまたぶるってしちゃう・・美樹ってあの人に毎晩あんなことしてもらってるの? 綺麗な髪とか・・綺麗な肌とか」
髪を褒められて、もてあそばれて・・薬指の先?ってナニ? でも、それって、確かに記憶にあるかも、いつの記憶だろう。私に もたれた 春樹さんが。
「綺麗な髪・・いい匂いがする」って、鼻先でもそもそと髪を・・・。これっていつの思い出かな? 確かに思い出せて、心の中をこちょこちょされて、私もぶるっとしてるかも・・。と記憶を無意識にたどっていると。私の手をムニュムニュもてあそびながら。
「ちっちゃな手・・」とか。私を裸にしながら・・。
「許して、気持ちを抑えられない・・」とか。
そして・・春樹さんがちゅっちゅっと私の体中を吸って舐めたアノ思い出に身震いした時。
「美樹・・今、何思い出してるの?」と言われて、ハッとして。
「えっ?・・別に何も・・」と返事したけど。
「あー・・エッチなこと思い出していたでしょ・・やっぱ、美樹ってあの人と、春樹さんと・・」
「春樹さんと?」ナニ?
「あーいいなーいいなー・・私もあんなカレシに抱かれたいよ、昨日のあの感触が忘れられない、試しにしがみついたらさ、うわーこの人優しい~ってぬくもりがすごかった、あのまま抱かれてもいいって思った。頭なでなでだけじゃ物足りない」
抱かれたいって・・昨日のあの感触ってナニ? ぬくもりがすごかった? って? しかも・・そんな露骨に・・。
「もう、遥も朝から抱かれたいだなんて・・」とあゆみもあきれてるけど。
「美樹がうらやましすぎるよ・・で、で」
で・・で・・? と思っていると遥さんは耳元に小さな声で。
「美樹ってあの春樹さんと寝たの?」
とささやいて。そんなこと言われたら、目が見開いて、かぁーっと、なってしまうのは、寝たの? 今さっき、いや今この瞬間も思いっきり思い出している鮮明過ぎる映像は、まさにイエス・・かもしれないから? でも、私何も言っていないのに。
「うっそー・・」
と遥さんもあゆみも手で口元を押さえて。うっそーってナニよ? と思っているかもしれない私、よりも。そんなひそひそ話に耳をそばだてている周りのみんなも。
「うっそー・・」と口元を手で押さえていて。だから・・キョロキョロできずに。
「・・・・」と、うつむいて沈黙・・。
なんて答え方は、もっとすごい誤解を生むかもしれない・・だから、とりあえず、うつむいたままキョロキョロしたら、みんなが私の視線を受け止めようとしなかった・・。どうして?

そして、授業が始まってからも、頭の中でぐるぐるしている、よくわからないもやもやがもっとモヤモヤし続けている。みんなどんな空想してるのだろう? 「あーいいなーいいなー・・」と遥さんの声に、「イイでしょイイでしょ」・・と私ではない私が心の底でつぶやいている気もするけど。私自身は。
「いや・・ずいぶん長いから、出るものが途中で引っかかったのかなって思って」
と、また、笑っている春樹さんの顔を思い出してしまって、あの顔がものすごく軽蔑に思えて。
「どこがイイのよ・・あんな・・」の次にくる言葉って・・やっぱり。「ヤツ?」かな。でも、冷静に思うと・・そうだ、本に書いてあったことが無意識に思い出せて。あんなヤツ、と思うのは、私はまだ母性に目覚めていないから? 春樹さんともっと親しくなれば、あの子供っぽい笑顔に愛情が湧くようになるのかな? もっと親しく、つまり・・春樹さんと寝れば・・寝るって?  
「入れるよ、したいんだろ」ナニ? どうしたの?
この停止ボタンが効かない頭の中に溢れる映像。ちょっとまってって思っているのに。
「入れて、したいの」な・・ナニ言ってるの私。春樹さん・・ダメ・・あぁっ・・・。そして。
子供ができて母性に目覚める? と私、ナニを勝手な空想してるの。と思うのにやめられない空想の中のその行為に膝が震えて、また鳥肌が立ってる・・。授業中なのに・・。私・・。息の乱れがばれないように、ゆっくり、止めて、吸って・・ゆっくり。春樹さんに教わった呼吸方法・・ナニを思い出しても、連想してしまう。どうすれば止められるの? この春樹さんを蹴っ飛ばさずに継続し続ける自動再生・・。

そして、みんなに「いいなーいいなー」と春樹さんのコトを噂されたまま。たしかに。
「美樹のカレシって、優しくてハンサムでかっこよくてスマートで面白くて、って、俺は言われたいの」
皆にそう言われていますけど。私が見た春樹さんはそうじゃないから、何か違う気がするというモヤモヤした気分が解消しないまま。週末が来て。
「美樹おはよ・・で、どうなの? 春樹さんと進展してるの?」ってアルバイトに来ても、奈菜江さんの一言目は、そういう話題。あーもう・・気が狂いそう・・。だから、横向いて、もう、春樹さんの話はやめてください。と思ったら。
「美樹・・春樹さんと何かあったの?」
と優子さんまでもが、そう言って。
「ナニもありません・・それより、どうして皆、私に春樹さんとどうなの、春樹さんとどうなのって聞くんですか?」
これは、学校の友達とは違う、年上のお姉さま達が相手だから言える言葉かな? ここでは私、心を解放しやすい・・のかもしれない。それに。きょとんとしてる優子さんと奈菜江さんにもう一度。
「私は別に、春樹さんと、どうにもなっていませんよ」
そんなことを、ムキになって、こんな顔で言ったら、本当はどうにかなりたいのにどうにかならないから・・と思っていることバレそうだけど。奈菜江さんはシレっと。
「だって、今一番気になるトピックスだからでしょ。美樹と春樹さんがどうなったか。ねぇ」と優子さんに振って。
「ねぇ」って優子さんもうなずいてるし。
ねぇって・・。どう返事したらいいのよコレ。
「美樹も熱愛が発覚したアイドルみたいな気分になってるんじゃないの」
なっていませんよ・・。
「ねぇ、春樹さんが美樹にどんな言葉で気持ちを伝えたのか。美樹がどう答えたのか、年頃の女の子が一番知りたい話題じゃない。美樹だってアイドルの熱愛発覚報道とか気になるでしょ。どんな言葉で口説かれたのかなとか。私もあんなセリフ言われてみたいなぁとか。言ってみたいなぁとか。春樹さんなんて言ったの? 美樹はどう返事したの?」
「そんなこと気になりません・・し・・なにも言われてないし・・何も言ってませんよ」
というのはウソかな・・。
「それにさ、先週の、妙に優しくなった春樹さんって、アレって美樹のせいじゃないの?」
「今日も言ってくれるかな? 優子ちゃんって」
「奈菜江ちゃんって・・くくくくく」
「言われたいかも・・なんかあのむず痒い感じって気持ちイイよね」
「いいかも・・むず痒い、お尻とかムズムズしちゃうアレ」
「優子ちゃん」って春樹さんの真似する奈菜江さんと。
「奈菜江ちゃん・・くくくくくくくく」ってからかっていそうな優子さん。そして。
「えぇ~。私は、ちゃん付けじゃなかったし・・」
とこのタイミングで割り込んでくるのは由佳さんで。
「そう言えば、由佳さんは、由佳ちゃんじゃなくて・・おい由佳・・だったよね」
「おい・・それって由佳さん、私たちよりランクが上だから?」
「ランクってなによ・・」
「それより、美樹だって・・美樹ちゃんって呼ばれてるよね」
「みーき・・って伸ばす時もあるよ、朝のおはよって言う前」
「あーそれそれ、春樹さんって、美樹の顔見た時、ニッタぁーってして、みーき、おはよ、今日もカワイイな。って言うのよね」
「美樹の事は好きだから。みーきってカワイク伸ばしてさ。私たちには奈菜江ちゃん、優子ちゃん、ってこれはちょっと親しい友達という意味で・・」
「私の、おいって、じゃぁなんなの」
「なんなの・・なんだろ」
「おい・・」
「おい・・」
「うちのお父さんは私に、おいって言うけど、おい優子って」と優子さんがつぶやいて。
「私は春樹の娘じゃないし」
「私は慎吾に、おい慎吾ってよく言ってるかも」
「つまり、より親しい関係?」
「親しくなんかないし」
「よね・・」
「じゃぁ・・主従関係? 私が主で慎吾が従だから、おい慎吾」
「やめてよ、私は春樹の従者なんかじゃないし」
「でも、おいって言われて、由佳さんハイって言ってるし」
「もう言わない」
「ねえ美樹、それって、春樹さんに聞いてよ」
「ねぇ、美樹なら聞ける、お願いね」
と言われても・・ナニを聞けばいいのか。それより。みんな、よく見てるし、よく聞いてるよね。それに、私が「みんなにも私と同じように親切にしてあげてください」と言ったからそうなったわけで・・。あっ・・と心の底の私ではない私が今ささやいた。
「春樹君だって男の子なんだし、だから、お母さんの言うことはちゃんと聞くのよね」
お母さん? って私? 春樹くんの? 春樹くん? どうしたの私・・どうして・・春樹くんなの? 私が主で春樹くんが従? こんな気持ち初めてかも。と思った瞬間目に入る時計の針は決まって11時40分。はっと振り返ると、測っていたかのように春樹さんのオートバイが店の前を走り抜けて。みんなかくすくすと口元を押さえ、目だけキョロキョロと私と春樹さんを観察しているのがわかるような。そして。
「みーき、おはよ、今日もカワイイな」と間違いなくさっき、みんなが私をからかった挨拶をした春樹さんを、くすくす笑っているみんなと。それを、「まったく・・もぉ」と思いながら。
「おはようございます」といつも通りあいさつした私。に。
「出た? でかいの」
としつこく子供みたいにニヤニヤしながら聞いた春樹さんの声を聞いたみんなが。
「・・出た? でかいの?」
という顔をして。
「その話はやめてください」
と小さな声で叫んだ私と、あ・うん・・とうなずいて裏に向かう春樹さんを、くくくくくって笑っているみんな。その笑い方って何ですか? と思うのに。
「出た、でかいのって何の話?」と聞いたのは由佳さんで。
「なんでもないですよ」と言ったのに。
「美樹ってもしかして便秘とか?」とどうしてわかるの? と思うことを聞いたのは奈菜江さんで。だから。
「便秘ではないですけど、春樹さんがそう思い込んでいるんです」
と言い返すと。奈菜江さんは、ぎゃははははは、って笑って。
「もしかして。トイレでお化粧直してて春樹さんのコト待たせたらそうなったとか」
えぇ~・・違いますけど・・近い。いや、そうかもしれない。
「どうして・・・」わかるの? もしかして見てた? と思ったけど。
「男って同じね、慎吾もさ、いまだに私がお化粧直してること、アレがなかなか出ないことだと思い込んでる」
とわかりやすい説明をした奈菜江さん。
「あーそれね、オトコってそうだよね」
と相槌うってくれたのは由佳さんで。黙って聞いてる優子さんが。
「オトコってそうなの?」と聞いた。すると。奈菜江さんが。
「女の子ってお化粧直しするじゃない、オトコはさ、女の子がトイレの鏡でそういう事してるって説明しても理解できないのよ。それで美樹が不機嫌ってわけだ。あーいいなぁ」
とうらやましそうな言い方をするから。
「いいなぁって?」ってどういう意味ですか? と思ったら。
「私も、男のコト何もわかっていないウブで無垢な頃に戻りたい」
と言った。男のコト何もわかっていないウブで無垢な頃?
「男のコトいろいろ解ってさ、どうしてそういうことするのとか、そういうこと言うのとか、慣れたのかしら、私が大人になったのか、そういうこと仕方ないのねって思い始めて、男のするコトを許し始めたら、なんだか私、すんごいオバハンになりかけてる気がしてね。だから、そういうことまだ何も知らない美樹がうらやましく思える」
ドユこと? と「オトコのするコト許し始めたら?」奈菜江さんの言ったことリピートしようとしたら。
「おい由佳ぁ~ スープまだ表に出してないんじゃないの?」
とカウンターから春樹さんの声が聞こえて。確かに、由佳さんのコト、「おい」と呼んで。
「私のコト、おいって呼ばないでよ」とぼやく由佳さんを無視するかのように。
「優子ちゃん、スープポット空だったらもらえるかな」
確かに、優子さんのコト、優子ちゃんと呼んで、優子さんがにんまりしながら。
「はーい、お願いしますね」と嬉しそうにスープポットを渡して。奈菜江さんも近くで、「奈菜江ちゃん」と呼んでもらえるのを待ち構えていそうな雰囲気で。そんな、なんとなく雰囲気が変わったお店の中を見渡しながら、ふと視線が合った春樹さん。私の顔を見てるのがわかるけど、笑顔ではなく不安そう。なコト気付いた私。頭の中、「男のすること許し始めたら」とさっきの奈菜江さんの言葉がリピートされて。これがそうかな・・と思ったコト。春樹さんが勝手にナニか思い込んでいること、いちいちイライラせずに、ただの誤解なんて、笑って許してあげればいいのかな。まぁ、後でチキンピラフ食べながら話せばいいか・・。もしかして、恋したことで母性に目覚めたのかな私。恋したことで、つまり、春樹さんが「美樹って名前のカワイイ女の子に恋してる」なんて言うから。と思いだすと、あのセリフはまぁまぁよかったよね、と勝手に顔に筋肉が緩んで。くすくすっと思い出し笑いをすると。春樹さんもニコッと笑って。「まぁ・・いっか」ともう一度つぶやいたら。なんとなく、どうでもよくなった気分になったようだ。

そして、土曜日のアルバイトは、いつも通りに、二人の時間。チキンピラフを二人でもぐもぐ食べながら。とにかく、ヘンな誤解は解消しようと。
「春樹さん、私、便秘ではありません」
とはっきりと春樹さんの顔に向かって告げて。
「だから、出たとか、でかいのとか、人前でそういう事言わないでください」
と怒った顔で言ったら。
「あ・・そうなの・・じゃぁ・・」おろおろと8文字の返事。
確かに、私の決意をあんなセリフでフイにしたことに幻滅しましたけど。精神年齢が7歳で、私がまだ母性に目覚めていないから、という理由なら、仕方なくて、許してあげられそうだし。許してあげる? コトなのかなとも思うけど。次に言いたいことはコレ。
「それと、学校で。美樹のカレシって、優しくてハンサムでかっこよくてスマートで面白くて、って、みんなに羨ましがられました。嬉しいでしょ」
と、ツンツンと言ってあげると。
「そうか・・」と嬉しそうな顔をした春樹さん。私もつられて笑ってあげたけど。
「遥なんて、春樹さんに抱かれたいなんて言ってたし」
なんてことを無意識に話始めると。
「だ・・抱かれたい? 俺に」
「髪を褒めて摘まんだでしょ」
「あぁ・・あの長い髪、綺麗だったからね」とのろけた春樹さんにまたカチンとしたかも。
あー駄目ダメダメ・・私またイライラし始めている。この春樹さんののろけた顔に。そして。
「美樹ちゃんの髪も綺麗だし、妬いてるなら同じように摘まんであげようか?」
そういう意味で話してるわけじゃないから。
「別に妬いてなんかいないですよ」
と怒り始めると・・止められない・・。だめだめって思っているのに。
「でも、あゆみちゃんもそうだけど、遥ちゃんと晴美ちゃんだったかな、あの年頃の制服の女の子って眩しくて目移りしちゃうよね・・」
だなんて、私はダメダメダメと自制しようとしているのに。なにそんなにのろけた顔で、火に油を注ぐように、そんなこと言うんですか? と思ってしまった私。さっきは、「いちいちイライラせずに、ただの誤解なんて、笑って許してあげればいいのかな」と思ったはずなのに。またスイッチが入っちゃった・・。
「すればいいでしょ・・」
なんて言い放ってしまうと。感情が爆発してしまったというか、制御できなくなったというか。どうして春樹さん、そんなことを、他の女の子に目移りしちゃうなんて、私の前で普通に言うの? 私だけを見てほしい時間なのに。私だけとお話してほしい時間なのに。
「いや・・しないけど。その・・また機嫌悪くなった?」
「なってませんよ」
なってる・・。残ったチキンピラフをがつがつと食べて。
「ご馳走様」と言って私のお皿をもって席を立って。洗い場に持って行って。そのまま表に出たら。
「アレ・・美樹‥もういいのまだ15分もたってないけど」
「もういいです・・」休憩時間も春樹さんのコトも。目移りすればイイでしょ。他の女の子に。そんなことを心の中で絶叫してる私に。
「やっぱり、美樹って春樹さんと今ケンカしてんでしょ?」と奈菜江さん。
「してませんけど」と私。でも、こんな顔でそんなことを言ったら。
「くくくくく。一人で勝手にケンカしてるでしょ。美樹、今日はアイス食べに行こうね」
「アイス?」
「アイス、熱くなった頭を冷やして、先輩ヅラで美樹に説教してあげる。くくくくく」
と笑っている奈菜江さん。
「説教と言うより、いいこと教えてあげる」と続けて。
「いいこと?」と聞いたら。
「本に書いてたの。私もそう思う。好きとキライってメビウスの輪の裏と表なんだって」
「メビウスの輪?」
「あー・・知らないなら・・まぁ、好きとキライって丸い輪だと思って」
「丸い輪」
「好きすぎて好きすぎて好きすぎてグルーっと回ると、嫌いになっちゃうの。で、嫌いになって嫌いになってもっと嫌いになると、グルーっと回って好きになっちゃうの。そんなお話しましょ、今日仕事上がったら」
そう言ったきり、ニコニコと仕事に没頭する奈菜江さんにつられて、カウンターの春樹さんのいつもの気遣いをほどほどに流しながら一日が終わって。
「お疲れ様でした・・」と挨拶したら、そこには春樹さんがいなくて。
少し待とうかと思ったのに。
「ほーら、美樹アイス行くよ」
と無理やり手を引かれて、優子さんも一緒にいつもの、お店の向かいの喫茶店。マンゴー練乳かき氷を注文したらすぐに奈菜江さんが話し始めた。
「美樹って一人で考え込んじゃうタイプでしょ。恋ってさ、みんなからたくさんアドバイスもらいながら大きく育てるものよ」
と素敵な笑顔で、いきなり前置きなしに。
「まず、オトコとは、から行こうか」と。
「オトコとは」と優子さんがキョウミシンシンな顔で聞いていて、奈菜江さんがニコニコと続けた。
「オトコって宇宙人」
「へ?」と頭の中真っ白になる私・・宇宙人?
「だから、宇宙人なの、会話はできるけど意味は通じない。宇宙人がイメージできなかったら、オウムとか九官鳥と喋っているというイメージの方がわかりやすい。オウムも九官鳥もとりあえず会話できるでしょ。おはよおはよこんにちはこんにちは」
まぁ、確かに。とうなずいたら。優子さんも。
「インコとか」とうなずいて。
「そうそう喋るインコとか。つまり、オトコってアレなのよ。喋るインコに意味って通じてないでしょ。期待しちゃダメと言う意味で、話は通じないものと心得るべし」
「話は通じないものと心得る」とリピートするけど・・。話は通じない・・うん、まぁ・・。
「心得た? 次に、オトコとは」
「オトコとは?」
「消耗品よ」
「消耗品?」また・・頭の中真っ白になりそう。なんの話ですか?
「英語で言うと、エクスペンダブルズ。ペットボトルでジュース飲んだ後、空のペットボトルを大事にする?」
と言われたら・・。飲み終わった後の空のペットボトルは。
「しないね・・すぐポイする」と優子さん。
「それ」と指さす奈菜江さん。
「それ?」となんとなく解っていない私。
「オトコって中身を頂いたら側はポイされる。つまり消耗品なのよ」
「何の話ですか?」ってよくわかっていないから聞き返したら。
「どう説明したらいいのこれ。うーん、美樹って、春樹さんのコトが好きで好きで、子供のころから夢見てた恋をしたいのに、全然そうじゃなくて戸惑っている。どぉ当たってる?」
なんて言うけど、まぁ、一言で言えばそういうことかもしれないから。
「はい・・・」と返事したけど。
「と言うことを、一人で考え込まないで、みんなの意見を聞きながら、春樹さんと仲良くなってほしいと思っているのよ私たち」
普段あんなにからかってばかりなのに・・と思いながら。
「でも、子供の頃夢見てた恋なんて説明できないし」
とは、正直な気持ちを言葉にしたけど。すると。
「例えば、待ち合わせをして、手を振りながら、まった、ううん、って言って再会を抱き合って喜んでから、手をつないで仲良く笑いながら、楽しくお話ししながら、二人でどこかへ行く。という光景」
まぁ、そういう雰囲気は憧れていますけど。
「ありえない」と即答する優子さん。
「でしょ。優しく、どんな願い事もかなえてくれて、女の子の方から説明しなくても、ハイどうぞ、欲しかったのこれでしょ。愛してるよ。なんて光景」
まぁ、言葉で説明すると、そういう感じかもしれないかな、私の希望。と思ったけど。
「ありえない」と、また即答する優子さん。
「でしょ。好きなのはお前だけだ、一生お前に尽くすから、結婚してくれ」
それは・・プロポーズの定番じゃないですか? と思ったけど。
「それは・・あり得るかも・・いや・・お前だけだ・・一生尽くす・・現実的ではないね」
と冷静な優子さんの返答に、私も納得してるかも・・。
「ないでしょ、ありえないでしょ、オトコってすぐ浮気するしさ」
浮気・・春樹さんは私に浮気してるってことだしね・・。でも・・。優子さんが。
「慎吾ちゃんも」と聞いて。するのかな? と思ったけど。
「したらそれまでよ」奈菜江さんの顔が、こわい・・。
「こわ・・」優子さんも引いた。
「つまり、現実ってそういうものよ、ってことを美樹もそろそろ知るべき、だけど、そんなお喋り、私たちとあましないでしょ美樹って。女の子の一番の関心ごとってやっぱり他人の色恋沙汰でしょ、人のふりを見て、私も幸せを追求したい。という気持ちを持ちなさいって意味。だから、春樹さんとのこと、私たちに相談しなさいってオチ」
とまじめな顔で私に言った奈菜江さんのその言葉の意味をかみ砕こうとするけど。他人の色恋沙汰って・・よく知らないし。そんなお話みんなとしたことないし。いや・・してるかな、あゆみや弥生と・・。でも、それほど踏み込んだ話はしたことがなくて。
「美樹だって。優子にカレシとかできちゃったら、それはそれで、毎日優子をいじると思うよ私たちと一緒になって」
と優子さんで例えるけど・・。そうなのかなと思うことと、疑問に思ったことを。
「優子さんってカレシがいたことあるんですか?」と聞いてみたら。
「そ・・その言い方は失礼じゃない・・一生いなかったみたいな・・いたことあるんですか? って」と呆れた優子さん。に。
「で・・どうなの? いたことあるの?」と聞く奈菜江さん。だけど。
「いわない」とふてくされた優子さんに。
「・・・・」無言でプレッシャーを浴びせている私と奈菜江さん。でも、奈菜江さんは。
「ね、カレシがいたり痛い思いしたり、素敵なこと言われたり、美樹もそういうおゃぺりの中に入れるチケットを手にしたってことよ。あー美里さんがいたらもっと盛り上がりそうだけどねこんな話」
と話を続けて。チケットを手にした? 私が? お喋りの? と?が並ぶけど。
「美里さん・・盛り上がる?」とつぶやいたら。
「そうよ、あの人も、結構、オトコ変えてるから、こういう話したらすごいと思うよ」
「「そうなの? そうなんですか?」」と優子さんまで目を丸くして。
「だいぶ前車で迎えに来たオトコと全然違う男に送られて来たし、この前」
「「うそ・・うそ」」
「ほら、美樹だって興味沸くでしょ、そういう話。どんな人? どっちからアプローチした? 口説きのセリフは? これからどうするの? 全部自分ごとでしょ、自分と比べていいことは男に要求したいし、ダメな所は男に指摘したいし。あの娘はクリスマスのプレゼントこんなにすごかったとか。誕生日の贈り物海外旅行だって。いいと思わないの? そんな情報が全部自分の利益に繋がるから興味湧くわけよ」
そうですか・・唖然としてしまいそうな奈菜江さんの持論と言うべきか。でも。言われてみれば、そうですよね。とも思えるかも。そして。奈菜江さんは続ける。
「慎吾もそうだけどさ、オトコに大人を感じるようじゃ女として失格だと私は思う」
男に大人を感じるようじゃ女として失格・・。つまり・・。どういうこと?
「オトコって馬みたいなもの。手綱をしっかり引いて、鞭でけつを叩いて、私を乗せて私を誰より幸せな世界に連れて行きなさい。って操縦してこそ自立した女よ」
さっきは宇宙人で、オウムになって九官鳥、喋るインコ・・そう言えば知美さんは春樹さんのコト喋る犬って言ったっけ・・そして、消耗品になって、今は馬・・鞭でけつを叩かれる。慎吾さんが少し可哀そうかも。と奈菜江さんを見つめていると優子さんが。
「でも、慎吾ちゃんって鞭でけつを叩いたりしたら泣いたりしない?」
と私もそう思うことを聞いてくれて。奈菜江さんは。
「それよそれ、私の悩み。俺に乗れよって言われて乗ったらさ、走るの遅いし力ないし、見た目そこそこだったけど、ホントにそろそろ乗り換えるべきかな」と私を見つめた。そして、優子さんも私を見つめて。
「誰に? 春樹さんに?」
と・・私に聞いたの?
「あー・・それイイかもね。春樹さんに乗り換えようか」
と私をじろっと見つめる二人の顔が怖くて。その何が怖いの? 春樹さんを取られてしまうこと?
「どうよ美樹、春樹さんのコト、私とか優子に横取りされるって想像したら」
したら・・・。
「優子ちゃんおはよ、今日もカワイイな・・」
「奈菜江ちゃんおはよ、今日も綺麗だね」
って私を無視して優子さんや奈菜江さんに、そんな挨拶する春樹さんをありありと空想してる私・・最近この二人をちゃん付けで呼ぶのはそのせい? 「目移りしちゃうよね」って、そういう意味? 私から離れているの?春樹さん、私のコトもう・・・。私がいつもイライラするから? そこまで空想したら、私ではない心の底に住む私が。「春樹さんも目移りしちゃったって言ってたし、私の方から愛想尽かせば」なんて言ったような気がして。だから。本心から。
「できませんよ・・そんなこと」
そうぼやいたら。二人して。一瞬止まってから、ぎゃははははははって、お腹抱えて笑い始めて。
「できないんだって、そんなこと。ぎゃははははは。美樹って春樹さんのコトどのくらい好きになっちゃったんだろうね」
といわれて、ハッとしてる私。そう言われて初めて意識する、好きの度合い。
「なんとなく、美樹が一人で勝手に春樹さんとケンカしてるみたいだったでしょ、今日も二人の時間15分で切り上げて」
「私も気づいてた、朝の美樹の態度ってさ、春樹さんの のろけた 顔と正反対」
「私も慎吾と初めの頃そんなことがあったから、なんとなくわかるのよ」
「私はわからないけど・・何がわかるの」
「ホントはね、私も美里さんと、こんな話しててなんとなく理解したんだけどね」
ナニを? というか・・まったくわからないのですけど、ナニを言おうとしているのか。
「あーあもぉ、じれったいよね、春樹さんもあんなオトコだから、美樹のコトが解らなくて美樹と同じかもよ。って話」
「わたしと同じ?」とリピートしたら、何か解った気がしたかもしれない。つまり・・。
「どうしていいかわからないの。なにもかも。デートに誘っても、おしゃべりしても、メールで何書こうか? どう言えばいいのか? ナニをしてあげたいのか、ナニをしてほしいのか。何しても喜んでくれなくて、ナニをしても怒られる。美樹よりもっとどうしていいかわからないかもしれなくて、優しく機嫌とろうとするのに、それがまた逆効果でしかなかったり。だから、オトコって宇宙人なの。オトコに理解を求めてもムリよムリ、オンナが理解してあげなきゃならないことなの、つまり、それ」
「それ?」
「オトコを理解してあげるコト、それが愛」
「愛? オトコを理解すること? 理解って・・解ってあげるコト?」
なんとなくうなずいている私。初めて、愛の意味を納得できる説明で聞いたかも・・。
「これ、オトコに期待すると何もかも絶対うまくいかないと思う。できないこと期待する方がバカだから。恋愛がうまくいかないのって、全部これが原因。つまり、オトコに理解してよって言ってもできないのよ。魚に空を飛べとか。猫に水の中で息しろとか、馬に般若心経を聞けとかさ」
うわ・・どうしよう、奈菜江さん・・熱くなってる・・。どうしよう、今日は帰れないかも。という不安がよぎるけど。
「だから、恋愛を成功させる、オトコとそれなりに仲良く付き合うためにはさ、オトコって価値観とか全く違う宇宙人だと思って、私をイライラさせること全部、私を気遣ってしていることなんだと理解してあげる。いい、美樹、春樹さんもそうでしょ、だんだん仲良くなるにつれて、することなすこと言うこと聞くこと全部にカチンってくるようになってるでしょ」
「はい・・たしかに・・」たしかに・・「出た? でかいの・・」とか「目移りしちゃうよね・・」とか。あれって、私への気遣いなの? 絶対に気遣いとは思えないけど。でも、気づかいではないのなら何だろう? 気遣いだとしたら・・ただ・・。ただ?
「何もかもがズレてるのよ、オトコって」
ズレてるだけ、なんだ。
「奈菜江と慎吾ちゃんもそうだったの?」
「うん・・最初の頃ってずっとそんな感じだったの。でね。美里さんと今みたいなおしゃべりしてさ。美里さんに言われた。広い心と深い愛ってオンナが持つものだって。そもそも、オトコが持つ広い心と深い愛って、浮気するための言い訳だって」
「そうなんですか」初めて聞いた・・ってホントの話? これ。
「そうよ、いろんな女に手を出して、俺って心が広いから断れないんだ。とか、いろんな女に手を出して俺って愛が深いからほっとけなくてとか。言い訳するの。許せるそういう事」
「無理ですね・・」と合わせるしかないかな、でも、これって、物は言いよう? 
「でね。美里さんに言われてから、なんとなく解った気がしてさ。アーそういう事って。その後、しばらくの間、深い愛と広い心で、ありとあらゆるイライラを封印して、手当たり次第に思いついたことをしてみたの。デート、食事、買い物、映画、散歩、旅行、お家でゲーム、図書館で読書。遊園地、水族館」
「で、どうなったの?」
「結局、解ったのは」
「わかったのは?」
「話し相手が欲しいときにそこにいて、一人で食べるの寂しいときに一緒に食べて、報告したいことを報告できて、意見を聞きたいときにすぐに聞ける。そういうことが気兼ねなくできるというのが一番いいみたいね、一言で言うと信頼できて安心できて、ドラえもんみたいな無害で安全な存在。ずっとそこにいると目障りで邪魔だけど、居ないと寂しい。目障りで邪魔って気持ちが35くらいで、居てほしいときにいないと寂しい気持ちが65くらいだから、私たちって、うまく付き合えているのかも。という私の意見。参考にしてね」
「イライラを封印して、手当たり次第に思いついたことをしてみる」
「美樹も、春樹さんにどこかにつれて行けとか、春樹さんをどこかにつれて行くとか、食べたい話題のスイーツを見つけたらすぐに電話してメールして食べに行く。綺麗な洋服があればすぐに試着しに行って。意見を聞く。オトコの意見なんてイライラするだけで参考にならないけどね、そこはぐっと押さえて、その意見から春樹さんの本心を探るとかさ」
「本心ですか」
「春樹さんも男の子だから、美樹のコト、カワイイって言ってる時って、案外美樹の裸を想像して行ってるかもよ。つまり、オトコが言うこと全部、本心はナニだろ? という気持ちで聞く」
私の裸・・そう言えば、この前、私のDカップとか・・そういう話してもいいのかな、とかいってたね。
「イライラする気持ちをぐっと押さえて。オトコがしてるイライラって、見た目同じでも、オンナかしてるイライラに比べたら一万分の一くらいだから気にしなくていい」
「そうですか」
まぁ、確かに私かどんなにイライラしても春樹さんは普通の顔でオロオロしてるよね。
「美樹と、そんなおしゃぺしたかったの先輩として」それって。
「ありがとうございます」と言うべきなことなのかな。とうつむいたら。
「で、で、本当の所どうなの? この前、春樹さんと朝帰りして、その後、美樹は、ここで春樹さんに告白したでしょ。その後、春樹さんって美樹のコト振ったと思っていたのに、なぜかケンカするくらい仲良くなっちゃってて、本当は今、付き合ってるの」
どうして、話がそっちに行っちゃうのいつもいつも。
「付き合ってるんだとしたら、春樹さんのモトカノってどうなったの?」
どうしてそんなことまで知っているのですか? と考えただけで奈菜江さんに電波が飛んで私が思っていることばれてしまいそうな眼光がコワイ。だから。
「あの・・春樹さんって付き合おうかって、その、お互いの気持ちを確かめるためにって・・それで、待ち合わせとかして、そのアスパのマックでお話ししようとしたら、そこには学校の知り合いがワンサカいて。まぁ・・お話したら、その、通じないというか、かみ合わないというか」
なに全部白状してるの私・・いや、白状しないとナニを言わされるかわからないし。
「だから、奈菜江さんのお話を聞いて、なんとなく納得できました今日。だから、ありがとうございます」
とでも言って、解放してもらおう。と思ったけど。
「で、トイレでお化粧直しをしてたら、待ちくたびれた春樹さんが便秘なのって勘違いして、出た? でかいの。という話で噛みあわなくて、今日の二人の時間が15分だったのは? その話のセイなの」
「それは・・」そう言えば、私ナニにイライラしたんだろう。そうだ、他の女の子のことを話題にしたから。
「それは?」
「その・・他の女の子のコトを楽しそうに話したから、私、嫉妬しましたか?」
「くくくくくくくく、他の女の子のコトを話しただけで美樹ってあーなるのね」
「あーって」
「休憩時間切り上げて表に出てきたとき、すんごいコワイ顔してた」
ってお母さんにもそう言われたかな今朝・・。
「春樹さんってモテそうな顔してるし、穏やかで優しそうだから、見た目はモテそうだからね、苦労しそうね」
「苦労ですか?」どんな?
「疑心暗鬼になるの、他の女の子が、他の女の子に、他の女の子も。ああああああって」
全然わかりませんけど。
「春樹さんって、他の女の子にも優しいでしょ」
「はい」
「私だけを見つめてよとか、私だけに優しくしてよとか、そういうこと思うでしょ」
「はい」
「オトコにそれ言うと、オトコは息苦しく感じるだけだから」
「奈菜江は慎吾ちゃんにどういうの?」
「美里さんからの直伝なんだけどね」
「美里さんの直伝」
「正反対のこと言って怒ったり褒めたりする」
「例えば」
「他の女の子のコトもっとジロジロ見れば。ってツンツンしながら言う。とか。他の女の子にも、もっと優しくしてあげれば。ってニヤニヤしながら言う。とか」
「図に乗るだけでしょそんなこと言ったら」
「そう思うでしょ。だけど、オトコは正反対の反応するのよ。あの子カワイイじゃんとかって言うと、そうかな奈菜江の方が可愛いよ。とか。あの子にも優しくしてあげればって言うと、奈菜江がやきもち焼かない程度にね。って」
「そうなのって・・なに一人でのろけてるのよ」
「優子も彼氏ができたらわかるから」
「あーそれよそれ。カレシを自動販売機で買えたらいいのに」
「カワイイ女の子がそんなこと言っちゃダメでしょうに」
「でも別に、彼氏がいなくても不自由してないしねワタシ」
「はいはい。気楽でいいわよね」
「イヤミに聞こえる」
「彼氏がいなくて不自由してるアカシじゃないの」
「傷口にワサビ塗らないでよもぉ」
と、二人の会話はお開きに向かっていそうだけど。確かに、私も「お店の他のみんなも私と同じくらい優しくしてあげればどうですか」と提案した後、春樹さんって私にもっと優しくなってたかな。それに、広い心と深い愛を持たなきゃならないのか私。
「美樹、何考え込んでるのよ。なにか為になった私の話。私は美里さんとこんなお喋りしてから慎吾とうまくいくようになったけど。美樹はどう? 春樹さんとうまくいきそう?」
「はい・・」
と即答したら二人とも。きょとんとした後。ぎゃはははははって笑い始めて。
「はいだって。美樹と春樹さんがうまくいきまいように」
「はい・・ありがとうございました」
「どういたしまして、お安い御用でした」
そう笑いあって別れた後。家に帰る途中で、立ち止まって、広い心と深い愛で春樹さんにメールした。
「春樹さん、次のスケジュールがシンクロしていませんけど、どうなりましたか?」
我ながら、広い心と深い愛が滲んでいそうなメールだよね、と思いながら画面を見たまま待っていたけど・・春樹さんまだ仕事中だよね。この時間は忙しさマックスかも。と思ったのに。携帯電話は手の中でブルブル震えて。
「今お水飲んでたところ。このタイミングって何か運命を感じるね。美樹ちゃんがシフト入っていない水曜日に何か計画します。帰ったら電話するから、待ってて」
おぉ・・このメールはなんだかよく理解できるし、運命を感じて私がシフトに入っていない水曜日か・・電話するから、待ってて、待ちたくなるよね、うん。え・・どうしたの私。広い心と深い愛か・・そう思っただけで、脱線してた運命が正しい軌道に乗った気持ちになったようだ。
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