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第9章<アンナの幸せ>

5、魔界

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「キャーーーー!!!!」

 落ちるっ、落ちてる、イヤーーっ。
キャー、キャーキャー。
もう、ダメっ、死んじゃうーっ。
と思った瞬間、私の体がピタリと空中で止まり、そっと地面に着地した。

「アンナは、煩いわい、耳がもげると思ったわい」

「テリア様、ごっ、ごめんなさい⋯⋯。だってまさか落ちるとは思っていなくて」

「魔界は人間界の下にあるんじゃ、落ちるのは当然じゃろう」

「もっと、緩やかにというか、坂道みたく、くだって行けるとばかり思っていました」

「それでは、魔界にたどり着くのが遅くなってしまうわい。それより、周りを見てみろ、魔界じゃ、アンナが来たがっていた魔界についにきたぞ」

 そうだ、私は魔界に着いたんだっ。
私は立ち上がり、辺りを見渡した。

「わぁぁ、キレイ。なんて美しいんだろう」

 辺りは確かに薄暗いけど、私の遥か真上に広がる天上には色取り取りの光が輝いている。
まるで夜空に、大量の宝石を散りばめたよう。
その宝石の光が、魔界をほのかに照らしている。
また、紫色に光輝く蝶らしき魔物が、群れを作り、優雅に空を舞っている。
魔界には花も木々もあり、自ら発光している。
とても幻想的。

「そうじゃろう。魔界は魔界で美しい」

「それで、守人が住むお城はどこですか?」

「あそこじゃ」

 テリア様が指差す方向を私は見る。
その方向に、確かに銀色に輝く城があった。

「テリア様、随分遠いように思えます」

「城の領地は、広大なんじゃ。確かここからちょっと先に門がある。そこまで急いで歩くぞ」

「はい」

 私はテリア様の重い水が入ったリュックを背負いながら、一生懸命に歩く。
早く歩いているつもりだけど、明らかに、遅い歩み⋯⋯。
一歩、一歩が重い。
息も上がってきて、ゼエゼエ、フウフウ言い始める。

「アンナ、もっと早く歩くのじゃ」

「フゥっ、こっ、これでも、精一杯早く歩いているんですっ」

 私が必至に歩いていると、ようやく門らしき2本の柱が見えてくる。
その時、大きな影が頭上を横切り、バッサバッサと言う大きな羽の音が聞こえた。

「竜じゃ、それも火竜じゃ。アンナ、急いで門の所まで走るのじゃー」

 火竜は、もの凄く大きく、私よりも10倍くらいある。
皮膚は浅黒く、目は金色、口の中には鋭い牙がいっぱいある。

「ハァハァっ、テリア様、ハァっ、竜を追い払えないんですか?」

「唯一苦手なのが火竜なんじゃー」

「ええっー。でも水の魔法使えるんじゃないんですかっ」

「バカモンっ。火竜の炎は全てを焼き尽くす。水さえも一瞬のうちに消し去るわい」

 テリア様はそう言うと、私を一人置いてビューンっと先へ、門へ行ってしまった。
私も大急ぎで走るが、やっぱりというか、お決まりのように転んだ。
盛大に転んだ。
その次の瞬間、火竜の脚の爪が私目掛けて迫る。
しかし、セイフィード様のお父様が私に掛けてくれた防御魔法のお陰で、火竜が寸前のところで跳ね返された。

「たっ、助かった⋯⋯」

 私は急いで立ち上がり、門の所にいるテリア様の後を追う。
門に着くとテリア様は何かの魔法陣を発動させていた。
その門は2本のダイヤの柱で出来ており、高さは20メートルぐらいありそう。
扉とかは特に無いのに、私達はその門を通れないでいる。

「この門、通れないんですか?」

「門が、門の防御壁の魔法陣が以前と違っておる。解読するまで少々時間がかかる、なんとか耐えるんじゃ」

 って言われても、火竜の数⋯⋯、増えちゃいましたけど⋯⋯。
もう4匹もいる。
その火竜が次々と、私目掛けて襲ってくる。
しかし、私の腕輪の防御魔法も次々と発動し、4匹とも跳ね返した。
4匹とも跳ね返したけど、火竜は無傷でこちらの様子を見ながら旋回している。

 今の襲来で、私の腕輪にかけられていた防御魔法も全て使い果たしてしまった。
私にはもう後がない、次、襲われたらやられてしまう。

「おかしいっ。火を吹いてこんわ。どうやら殺す目的ではなくアンナを捕らえようとしておる」

「ええっー、なんでですかっ」

「もちろん、食べるためじゃろう」

「何とかして下さい、テリア様っ」

「もう少しじゃ。もうすぐで門を通り抜けられる」

 しかし、またすぐに火竜が4匹、私に襲い掛かってきた。
私は逃げることも出来ず、火竜の脚の大きな爪が、私の体を捕らえ、飛び上がる。

「テっ、テリアさまっ、助けて下さいーっ」

 火竜に捕らわれた私は、グングンと空高く舞い上がる。

「アンナっ、待っておれーっ」

 テリア様は火竜を追って来てくれたが、火竜がテリア様に向かって炎を吹き出す。
その炎の威力は凄まじく、遠く離れた地面にまで到達し、そこら一帯を黒焦げにした。
テリア様はその炎を避ける為に少し離れた場所に転移していて、無事のよう。
そしてすぐに、テリア様は追いかけてきてくれたが、私はどんどん、門からもテリア様からも離れていく。

 いやだっ。
やっと、魔界まで来たのにセイフィード様に会えないなんて。
会いたいよ、会いたいよ⋯⋯、セイフィード様。
せめて火竜に食べられる前に一目でもいいから、会いたかった。

 私が諦めかけた時、遠くにある銀色の城から、何か物凄いスピードで迫る7つの物体が見えた。
その7つの物体は、王冠を被ったフクロウ、闇の精霊のストラスだった。
火竜に追いついた7匹のストラスは、4匹の火竜に体当たりする。
そしてすぐにストラス1匹が私を捕まえている火竜の脚に噛み付く。
噛み付かれた瞬間、火竜は唸り声をあげ、私を離した。

 当然、私は落ちる。
さっき落ちたばっかりなのに、また真っ逆さまに落ちる。
今度こそ、本当に死んじゃうっと思った瞬間、またもや私の体がピタリと空中で止まった。
そして今回は地面ではなく、優しい手が、いつも私を優しく包んでくれていた手が、私を受け止めた。

 私を支えるその手はセイフィード様の手だ、セイフィード様が助けに来てくれた。
セイフィード様が私を抱きかかえている。
私は感極まって、ぶわっと涙が溢れ出た。

「セイフィード様、会いたかった、会いたかったです」

 セイフィード様は私をチラッと見ると、私を下ろしてくれた。
私はセイフィード様に会えてとても嬉しいのに、セイフィード様は全く嬉しくなさそう。
それどころか、厳しい表情をしている。

「アンナ、門まで走れ。もう通れるようになっている」

「はっ、はい」

 私はセイフィード様に言われた通り、門まで走り、門をくぐり抜ける。
テリア様も同じく、門を通り抜け、私の側に来た。

 その間、闇の精霊ストラスと火竜は戦っていた。
火竜は、火を吹いてストラスを撃退しようとするがストラスのスピードが早く全て避けられてしまっている。
逆にストラスは稲妻を伴った竜巻をおこし火竜を攻撃する。
その竜巻が4匹の火竜に襲うと、火竜はけたたましく唸り声をあげ、よろめいた。
その時を狙ってか、セイフィード様は呪文を唱え、空中に魔法陣を出現させた。
その魔法陣から、鋭い矢のような水が吹き出し、火竜の羽や脚を貫く。
かなり負傷したはずの火竜だったが、落下することなく飛び続けている。
しかし、火竜は私達を再び攻撃することなく逃げて行った。

「流石、守人じゃわい。超人的な魔法を使うわい」

「そうですよね、そうですよねっ、セイフィード様って凄いですよね」

 私はすぐにでも、セイフィード様に抱きつきに行きたかったが、門から出たら怒られそうなのでじっと待機していた。
そしてセイフィード様が門を通り抜けると、私をふわっと優しく抱きしめた。
私は嬉しくて、嬉しくて、ギュッとセイフィード様を抱きしめ返す。
あ、セイフィード様の胸の鼓動が聞こえる⋯⋯。
なんて、安らぐんだろう。
しかし、その安らぎを壊すかのように、セイフィード様は冷たい口調で私に言葉を発した。

「城に転移する」

 一瞬のうちに、門から城内へと転移した。
転移した場所は、大きな空間がある広間だった。
その広間は温かみある暖色系でまとめられている。

 転移しても、なおセイフィード様は私を離そうとしない。
私も嬉しいので、そのまま抱きついていたが、無言のまま、あまりに長く抱きついていたので、チラリと私はセイフィード様の表情を伺った。

 セイフィード様、やっぱり嬉しそうじゃない。
どちらかと言えば、さっきよりも辛そう。
もしかして、これは⋯⋯、逃げなきゃいけないパターンかも。
おそらくまだ、メデオ日は明けていないはず。

「バカアンナ⋯⋯」

 セイフィード様がボソッと呟いた。
やっぱり、これは逃げなきゃ、メデオ日が明けるまで逃げなきゃ人間界に送り返されちゃう。
私は、力の限り、セイフィード様を跳ね除け、遅いながらも走り出す。
我ながら走るの遅い。
それになんだか、お尻の辺り、ズキズキする⋯⋯。

「アンナ、どこにっ⋯⋯」

 セイフィード様が私を止めようと手を伸ばしたが、すぐに引っ込めた。
私は気になり、走りながら、セイフィード様を見る。
セイフィード様は自分自信の手を見つめ、青ざめている。
そのセイフィード様の手には血がべっとりと付いていた。

 私、出血してたんだ。
さっき、火竜の爪に掴まれた時、負傷したのかもしれない。
確かにズキズキするけど、走れるし軽傷に違いない。
そんなことより、今は逃げ切らなきゃっ。

「アンナっ、どこにいく。アンナは怪我をしているんだっ、動くなっ、アンナーっ」

 セイフィード様は、そう言うと私を追いかけてきた。

「私は、人間界に絶対に戻りませんっ。だから絶対に捕まらないんだから」

 私は力の限り走った。
セイフィード様から逃れるため、一心不乱に走った。
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