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第9章<アンナの幸せ>

4、秘密

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 とうとう、今日はメデオ日当日。
今は朝7時、あと16時間後には人間界からおさらばだ。

 前回のメデオ日は魔法で眠らされちゃったけど、今回は眠らずに済んでいる。
念のため、私が必ず目覚める魔法をセイフィード様のお父様に掛けて貰っている。
けれど、どうやら今回、私が眠らずに済んでいるのは、ゾフィー兄様が私を眠らさせるようにと魔法使いに頼まなかったからだと思う。

 私が今日、魔界に旅立つ事は、もちろん皆んなには秘密にしてある。
お別れも言えずに去るのが心苦しいけど、仕方がない⋯⋯。
荷物もこっそりまとめてある。
セイフィード様から頂いたドレスも持って行きたかったけど、それだけで大荷物になってしまうので、泣く泣く諦めた。
必要最低限の荷物と、魔法陣ノートと、お菓子を少々。
セイフィード様から頂いたネックレスと精霊が見える眼鏡は行く前につける事にした。

 私が朝の準備をして、食堂に行くと、珍しく全員いる。
ゾフィー兄様は愛おしそうにエレナ様と7歳になったスカイを見つめていたが、私に気づくと優しく微笑んだ。

「可愛いアンナ、おはよう」

「おはようございます。今日は登城しなくても大丈夫なんですか?」

「そうだね、もうすぐ産まれそうだからね」

「楽しみですね。エレナ様は体調どうですか? 大丈夫ですか?」

「えぇ、アンナ。問題ないわ。あっ、今蹴ったわ。うふふ。モニョモニョ動いているわ、くすぐったい」

 エレナ様は第二子を妊娠していて、今はいつ産まれてもおかしくない状態だ。
お腹も大きくって苦しそうだけど、優しくお腹を撫でているエレナ様は幸せに満ちている。

「あの、お腹、触ってもいいですか?」

「もちろん、どうぞ。こちらにいらして」

 私につられてシャーロットもエレナ様のお腹にそっと触れる。
すると、明らかに赤ちゃんが動いた感触が私の手に触れる。

「動いたね、シャーロット」

「本当ね、動いたわ」

 赤ちゃん、男の子かな、女の子かな。
元気に生まれてきて欲しい。
いつか私にも、赤ちゃんが出来る日が来るのかな⋯⋯。

「そうだわ、アンナ。今日は久しぶりに、アンナのケーキが食べたいわ。作って頂けるかしら。高級な茶葉も第二王子様から頂いたので、皆んなで頂きましょう」

 シャーロットが提案し、皆んな頷いた。
そうと決まれば、今日は最高なケーキを作らねば。
ついでに、セイフィード様にあげるクッキーも作ろう。

 午後3時のお茶の時間までになんとか、ケーキとクッキーは完成した。

「じゃじゃじゃ~ん、チョコレートケーキです」

 ケーキを見た瞬間、スカイは満面の笑顔になり、身を乗り出してそのケーキを見る。
他の皆んなも、笑顔になる。
その瞬間が、私は大好きだ。

「早く食べよう!」

 スカイが待ちきれずに、ホークを手に持つ。
それが合図となり、皆んな、頂きますと言い、ケーキを食べ始める。
口々に、美味しい、美味しいって言ってくれた。

「アンナ、魔界でもケーキが作れるよう、メデオ日には大量の砂糖を届けることにしよう」

 シャーロットのお父様が唐突に、私に向かって声を掛けた。
私はその瞬間、紅茶を吹き出してしまった。

「ゲホッ、ええっと、ゴホッゴホッ、ええっと⋯⋯、何のことでしょう」

「はははっ。今日アンナが魔界に行く事は、ここにいる全員知っている」

「ええっ」

「ネヴィリス伯爵から話を全て聞いた。セイフィードにはアンナが必要だ。魔界で頑張ってきなさい」

「はっ、はい。頑張ってきます。ありがとうございます」

 まさか、全員知っているなんて⋯⋯、びっくり。
という事は、ゾフィー兄様も皆んなも私が魔界に行く事を認めてくれたという事だよね。
私の魔界行きを、皆んなが応援してくれているって思っていいんだよね。

「アンナ、わたくしは誰よりアンナの幸せを願っているわ。私はアンナの姉であり、親友ですもの。でも、もし、セイフィード様に追い返されたら、私とずっと一緒にいましょう」

 シャーロットは泣くのを必死に堪えている。
そんなシャーロットを見たら、私の方が泣けてきた。
そうだよね、そうだよね、シャーロットと会えるのはこれっきりになるかもしれない。
シャーロットだけでなく、シャーロットのご両親、エレナ様、スカイ、そしてゾフィー兄様、こうやって話せるのも最後なんだ⋯⋯。

「ありがとう、シャーロット。私もシャーロットの幸せを願っている。お互い頑張ろう」

 私とシャーロットは固く抱き合った。
私もシャーロットも、自ら手を離す事は出来なくて、ずっと抱き合ったままだった。
あまりにずっと抱き合っていたので、スカイが私達を指差し。「おっかしい、アハハっ」と笑った。
そのスカイの笑いが伝染したように、皆んな、大笑いした。
そして私とシャーロットは自然と手を離し、お互い、席に着く。
するとゾフィー兄様が私に一枚の封筒を手渡した。

「アンナ、セイフィードに会ったら、すぐにこの手紙を渡して欲しい」

「なんて書いてあるんですか?」

「手紙の中身はセイフィードに聞きなさい」

「わかりました⋯⋯」

「大丈夫だよ、アンナが心配するような内容は書いていないから」

「はい、わかりました」

「それとね、アンナが魔界に旅立ったら、すぐに、セイフィードに知らせるよ」

「どうしてですか? いやです。メデオ日が明けてからにしてください」

「メデオ日が明けたら連絡が取れなくなるんだよ。魔界にいるアンナの身を守るには、セイフィードの助けが一番だからね。だから知らせるよ」

「⋯⋯⋯⋯わかりました」

 私は人間界を去るにあたって、コルベーナ家の人達、ラウル先生、マーリン師、ミランダさん、実家の家族に手紙を、したためておいた。
それを今いる人達には私が手渡し、それ以外の手紙はゾフィー兄様に託し、もし私がメデオ日に戻らなかったら、それぞれ渡して欲しいとお願いした。
それらの手紙を書いていた時、色々な思い出が蘇り、もう皆んなに一生会えないんだと思うと、悲しかった。
シャーロットの結婚式にも出席したかったし、エレナ様とゾフィー兄様の第二子にも会いたかった。
けれど、セイフィード様が一緒でなければ、私は、どれも真に祝福出来ないし、幸せを感じられない。
どちらかと言えば、僻んで、妬んで、暗くなり、引き篭もるだろう。

 そして、とうとう夜になり、魔界へ旅立つ23時ちょっと前になる。
私はコルベーナ家の皆んなに最後の別れを告げ、ゾフィー兄様に連れられてセイフィード様のお屋敷に来た。
屋敷の庭に着くと、テリア様が空中を飛び回っている。
テリア様は目覚めてからというもの、首都中、飛び回って散策していた。
久しぶりに目覚めたので、見るもの全て新鮮で楽しいみたい。
けれど、私が杖に向かって「テリア様」と呼ぶとたちまち現れる。
だから私はテリア様が常に杖にいなくても心配していなかった。

 セイフィード様のお父様も庭に出ており、水を大量に準備していた。

「テリア様、お父様、お待たせしました」

「早速、アンナに防御魔法を掛けよう。それとアンナの腕輪だが、その腕輪にも、防御魔法がかけられている。腕輪4つと、アンナ自身の防御魔法合わせて、計5回くらいは大きな攻撃や衝撃に耐えられる」

「わかりました」

 私が返事をすると、セイフィード様のお父様は私に防御魔法をかけてくれた。

「さて、儂は水を頂くとするかの」

 テリア様は自分で、水をゴクゴクと飲んだ。
精霊王クラスだと、自分で実体化できるのかな⋯⋯。
やっぱり相当すごい精霊様なんだ。

 そして実体化したテリア様は庭に水を撒き、青い大きな魔法陣を出現させた。

「アンナ、残りの水はアンナが運ぶのじゃ」

 え⋯⋯、凄い重そうなんだけど、水。
3リットルくらいある水をガラス瓶に入れてあるから相当重い。
リュックに入れたけど、肩が食い込む⋯⋯。
これじゃあ、歩くのもしんどそう。
でも、セイフィード様と会うためだ、仕方がない、ど根性だ。

「アンナ、不甲斐ない兄さんでごめんね。約束したのに、私は、アンナの幸せを見つけられなかった」

 ゾフィー兄様はそう言うと、腕輪1つに魔力付与してくれ、私の左腕にそれをはめてくれた。
私の腕には合計4つの腕輪がはまっている。
そして私は右手にテリア様の杖を持ち、魔界に行く準備が全て整った。

「私はゾフィー兄様と一緒にコルベーナ家で過ごせて幸せでした。今までありがとうございました」

「アンナ、別れの挨拶はしないで欲しい。次のメデオ日には必ず魔界に行けるよう国の一団に加わるから。それでもし、魔界が嫌になっていたら一緒に帰ろう」

「ゾフィー兄様、私は魔界にずーっといます。でも、メデオ日に会えたら嬉しいです。その時にはいっぱいお菓子持ってきて下さいね」

「わかったよ⋯⋯」

「では、お父様、ゾフィー兄様、またいつか魔界でお会いしましょう」

 私はテリア様が出現させた魔法陣の上に乗る。
同時にテリア様も魔法陣の上に乗ると、パァーッと魔法陣が青く光り出し、その魔法陣は突如大きな穴に変わった。
次の瞬間、テリア様と私は、真っ逆さまに落ちて行く。
その落ちて行く瞬間、ゾフィー兄様の瞼に涙が滲み、それがキラキラと輝いた。
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