上 下
72 / 87
第8章<最後の戦い>

【セイフィード視点】魔界での回想1

しおりを挟む
 煩い⋯⋯。
煩くて、気が狂いそうだ。
無音が煩く、俺の耳に響き渡る。
なぜ魔界は、こうも恐ろしいほど静寂なのだろう。
鳥のさえずりも、木々の葉の囁きも、人々の喧騒も、ここには無い。
日々、無音の恐怖が俺に襲いかかる。

 あの時もそうだった。
アンナと出会う前、いつも俺は無音の恐怖に怯えていた。

 物心ついた時には、俺は常に1人で居たような気がする。
母親は俺が生まれてすぐに入院し、父親はいつも忙しく不在だった。
使用人も数多くいたが、俺の周りにいる闇の精霊に恐怖し、誰一人として自ら俺に近付く者はいない。
但し大人の場合は、恐怖を感じたとしても、取り繕い、俺と向き合えた。

 しかし、幼い子供は最悪だった。
子供は、俺を見た瞬間、恐怖に怯え、逃げ出す。
逃げ出せればまだいい方で、酷いと腰を抜かしたり、失神したりする。

 それだから俺は、一人勉学に励み、入学時には、上級生と渡り合えるぐらいの学力を身につけた。
そして俺の希望通り、基礎系の単位は免除され、同学年ではなく、上級生に混じって学ぶ事ができた。

 だが、年の差もあり、俺には友人と呼べる者は誰一人いなかった。
学校でも、屋敷の中でも、常に俺一人。
俺の周りには誰もいない。

 いつまで、この無音の恐怖が続くのかと絶望してた時、父親からある話が舞い込んだ。
その話とは、魔力が無くて困っている子がいるから助けてほしいとの依頼だった。

 魔力がない奴がいるなんて、なんて不幸なんだと哀れんだんだ。
だから俺は、いわゆる貴族の奉仕の精神に則って、魔力の保持と発動が出来る腕輪を作ってやった。

 だが、いつのまにかその魔力がない奴は隣に住んでいて、俺は毎週、その腕輪に魔力付与をさせられる羽目になった。
その作業は地味に面倒くさかったが⋯⋯、俺がいなければ、俺の魔力が無ければ、生活できない者がいると思うと、今まで何も無かった俺の心に、何とも言えぬ充足感が生まれた。

 そして、俺は出会ってしまった。
俺が作った腕輪を大事そうに身につけ、魔力がないのに俺よりも幸せそうなアンナに⋯⋯。
俺の人生は、そこから音が溢れ、とても煩く、穏やかな生活が始まったんだ。

 そう、アンナは初めから煩かった。
俺に始めて会う時、貴族なのに、女性なのに、廊下をタンッタタンと図書室までスキップしていた。
扉をノックする時も、コンコンではなく、コンッコココンとリズミカルに鳴らす。
第一声も、図書室なのに大声を出していた。

 そして、アンナは俺だけを真っ直ぐに見つめ、腕輪を奪った俺を全く怖がらず、触れるほど俺に近づいた。
アンナは意図せず俺の胸に手を置き、俺が奪った腕輪を取り返そうと手を伸ばした。
俺の記憶の中では、その時初めて、俺は人と触れ合ったと思う。

 そして、アンナの金色の髪が陽の光を受け、キラキラと光り輝いた。
俺はその時、宝物を見つけたと思った。
その宝物を手に入れ、俺だけの物にしたいと強く渇望した。
だから俺は魔力付与する代わりに、アンナを俺の物、俺の奴隷にした。
我ながら、卑怯だとは、思ったが⋯⋯。

 それからというもの、アンナは俺にまとわり付き、暇さえあれば俺の図書室に居つくようになった。
アンナには絶対に言わないが、俺はそんなアンナが可愛くて仕方がなかった。

 だから俺はアンナが来るたび、飴やらチョコレートを用意し、褒美と称してあげたんだ。
本当は、だだ、アンナの笑顔を見たかっただけだ。

 そんな日々を過ごすうちに、俺の周りにいる闇の精霊までもが、アンナに懐き、気付けばアンナの肩に乗ったり、髪の毛の中に隠れたり、スカートの中にまで潜り込む奴までいた。

 俺は、その事に対してそれほど注意も警戒もしていなかった。
どうせアンナが図書室を出て行けば、闇の精霊はいつも俺の所に戻って来ていたから。

 そして、そのせいで事件が起きたんだ⋯⋯、アンナが学校で初めて俺に声をかけた時に。
俺は、学校内でアンナに声を掛けられた時、心底嬉しかった。
けれど、俺のせいで、アンナまでも奇異の目に晒されるのを避けたかった。

 だから俺はアンナを罵倒し俺から遠ざけたんだ。
俺からは遠ざけたアンナだったが、闇の精霊1体が気付かない内にアンナにくっ付いて行ってしまい、そのせいで学校内でトラブルを引き起こしてしまった。
その結果、俺は、アンナの心を深く傷つけてしまった⋯⋯、浅はかな俺のせいで。

 そして、アンナはそのトラブルのせいで、学校から処分される事になった。
もし、アンナが退学になったら、アンナは田舎の実家に帰ってしまうかもしれない。
俺はアンナを手放したくなかった⋯⋯、絶対に。
だから俺は初めて、父親に頼んだんだ⋯⋯、アンナが退学にならないよう配慮して欲しいと⋯⋯。

 俺の父親が学校に頼んだせいか定かではないが、アンナは退学にならずに済んだ。
そして、アンナは、またいつも通り俺の図書室に来るようになった。
俺はアンナが俺を怖がらないのは、闇の精霊が見えていないからだと確信していた。
しかし、アンナに、俺の周りにいる闇の精霊について記載がある本を見せた時、怖がるどころか「可愛いですね」と言った。
もしかしたら、アンナだったら、俺の周りにいる闇の精霊が見えたとしても、俺を怖がらないかもしれない⋯⋯、そう思った瞬間、俺はアンナを愛おしく感じたんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい

tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。 本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。 人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆ 本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編 第三章のイライアス編には、 『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』 のキャラクター、リュシアンも出てきます☆

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。 しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。 それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…  【 ⚠ 】 ・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。 ・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。

処理中です...