上 下
66 / 87
第7章<アンナの夢>

11、処遇

しおりを挟む
 私の子犬事件から3日程経った時だろうか、突如、セイフィード様の執事から連絡があり、お屋敷に来て欲しいとのことだった。
どうやら、マーリン師が謝罪をしに、セイフィード様のお屋敷を訪れたようだ。

 セイフィード様と、マーリン師、それにミランダさんも一緒に応接間にいる。
セイフィード様のお父様は、ほぼ毎日登城してて、例に漏れず今日も不在だ。
恐らく、セイフィード様のお父様は、ワーカホリックなのだろう。
家庭より仕事を愛している。
だからもう既に、セイフィード様の家の雑務は全て、セイフィード様が行っているようだ。

「ご機嫌よう。皆さま」

 私が挨拶すると、ソファーに腰掛けているセイフィード様は隣をポンポンと叩き、そこに座るよう示唆した。
私は素直にセイフィード様の隣に腰掛ける。
マーリン師は、緊張しているのだろうか⋯⋯、一点を見つめ石のように固まっている。
ミランダさんは、何か吹っ切れたような、清々しい表情をしている。

「それで、話って何ですか?」

 セイフィード様が話を切り出す。
マーリン師は真っ直ぐにセイフィード様を見つめ、硬直したようないつもと違う声を発した。

「まずは、謝罪したい。研究所の所長は僕だから、アンナちゃんが危ない目にあったのは僕の責任だ。改めて謝罪するよ、アンナちゃん、ごめんなさい」
「私からも、改めて謝罪します。アンナ様、申し訳ございませんでした」

 マーリン師に続き、ミランダさんも謝罪する。
2人は心から反省し、謝罪しているように思われた。

「でも、犬耳を付けたいって言ったのは、私ですし⋯⋯。マーリン師は悪くないですよ」

「いや、悪いのは僕、管理しきれなかった僕の責任だ。だから今回ミランダが犯した罪を半分負いたいんだ。だから罰として、僕は6ヶ月間無給、ミランダは6ヶ月間50%減額支給としたいんだ。どうかな?」

「ミランダが行った行為は誘拐ですよ。本来なら投獄される罪だ。それなのに減給だけとは都合が良すぎますね」

「そうなんだけど⋯⋯、そうなんだけど⋯⋯、セイフィード、お願いだ、僕の一生のお願いだ」

 あれ⋯⋯、もしかして、マーリン師はミランダさんのこと好きなのかな⋯⋯。
だからこんなにも熱心にお願いするのかも。
私、別に怪我してないし、もう許してもいいんじゃないかな⋯⋯。

「少し、ミランダと2人で話がしたい。それからどうするか決める」

 マーリン師はミランダさんが心配らしく、なかなか席を立とうとしない。
しかし、ミランダさんはそうなる事を予期してたかのように、マーリン師をなだめ、席を外すよううながす。
私も、もちろん、セイフィード様とミランダさんがどんな話をするのか知りたかったが、私が居座れる雰囲気は全く無かった。
仕方がなく、私とマーリン師は応接間を出て、図書室で時間を潰すことにした。

「マーリン師、私はもうミランダさんに対して何も思ってないです。だからもし、ミランダさんの処罰が悪い方向になるようなら、私からも、セイフィード様にお願いしてみますね」

「あっ、ありがとう、ありがとう~、アンナちゃん」

「マーリン師は、ミランダさんのこと、好きなんですか?」

 マーリン師は顔が真っ赤になる。
どうやら、図星のようだ。

「うっ、うん。でも、僕、ミランダの気持ちも知っているから。ただ、僕はミランダが側にいるだけで幸せなんだよ」

「至高の愛ですね。私、改めて、マーリン師を尊敬します」

 マーリン師の見返りを求めない無償の愛⋯⋯、私には絶対に無理。
私がマーリン師だったら、フェリックスさんをクビにしてるに違いない。
それにしても、セイフィード様とミランダさん、何話してるのかな⋯⋯。
遅いんだけど⋯⋯。

「そこまで、言われると照れるね⋯⋯」

「それと、マーリン師、お礼を言わせて下さい。私、マーリン師の研究所で勉強できて、刺激を沢山頂けました。ありがとうございました。これからはここの図書室で医術の勉強に励みたいと思います」

「そっか⋯⋯、でも、またセイフィードと一緒に遊びに来てよー」

 私とマーリン師の話がひと段落すると、セイフィード様がいる応接間へ戻るようにと連絡が入る。
その途端、マーリン師に緊張が走り、真顔になる。

「マーリン師、さっき提示した処遇で問題ありません」

 セイフィード様は、マーリン師が椅子に腰掛ける前に話を切り出した。

「本当かい、ありがとう、セイフィード。感謝するよ」

 マーリン師は良かったね、良かったねと言いながら、ミランダさんの手を握る。
ミランダさんの口は薄っすらと笑みを浮かべているが、目はどこか悲しげだ。
何か、セイフィード様に酷いことを言われたのだろうか⋯⋯。

「じゃあ、セイフィード、アンナちゃん、またね」

 マーリン師は和かに、ミランダさんは静かに帰って行った。
その後、私とセイフィード様は天気がいいのでガゼボでお茶をすることにした。

「シャーロットと第二王子の婚約の話を聞いた。実際結婚する日程聞いたか?」

「いいえ、全く聞いてません」

「そうか⋯⋯、その日程に考慮しないとな」

「考慮って、もしかして、私達の、その、あの日程ですか?」

「そうだ。そろそろ決めないとな」

「そろそろですね!」

 あの日程って、結婚の日程だよね⋯⋯。
私もセイフィード様ももうすぐ、結婚できる年齢になる。
とうとう、私はセイフィード様のお嫁さんになれるんだ⋯⋯。
幸せすぎて、怖いぐらい。

「それと、アンナにこれをやる」

 セイフィード様が何かを私の頭にくっ付ける。
なんだろう⋯⋯。
私は頭に取り付けられた何かを触ってみると⋯⋯、弾力があり、明らかに私とは違う毛に触れた。

「これって⋯⋯、もしかして⋯⋯」

「そう、犬耳だ。おもちゃの犬耳。付けたかったんだろう」

 私は急いで、鞄の中から手鏡を取り出し、見てみた。
手のサイズよりも一回り小さくした犬耳が、どういう仕様かわからないけど、頭の地肌に馴染んでちょこんと2つくっ付いている。
色は私の髪の色よりも、少し落ち着いたブロンドだ。

「アンナ、お手」

 セイフィード様は私に手を出す。
セイフィード様の目は輝き、いかにも嬉しそう。

「⋯⋯しませんよ」

 そんな恥ずかしいことできるわけない。
私は、こっそり自分だけで犬耳を楽しもうと思っていたのに。

「じゃあ、お座り」

「もう、座っていますっ」

「違う、ここにお座り」

 セイフィード様は、自分の太ももをポンポンと叩く。
⋯⋯、座りたい。
セイフィード様の膝の上に座りたい。
けど、私は人間だーっ。
だから、そんなっ、そんな真似⋯⋯、できなくない。
うん、欲望のままに素直に従おう。
私は、セイフィード様の膝の上に腰掛ける。
セイフィード様との距離が近過ぎて、胸がドキドキする。

「大変よくできました。はい、これご褒美」

 セイフィード様は使い古した一冊の分厚い本を私に手渡してくれた。
中を見ると、医術関係の記事を切り抜いて貼ってあったり、セイフィード様の文字で色々書かれてある。

「これは、何でしょうか?」

「俺の母親の病気に関する事柄を俺なりにまとめたものだ。ただ資料を集めただけで考察などはしていない。この件は、アンナに任すよ。アンナなら画期的な何かを見つけてくれそうだ」

「ありがとうございます。私、頑張ります」

「頑張り過ぎるなよ」

「はい」

 いつのまにか、私は、後ろからセイフィード様に抱きしめられている。
おそらく、セイフィード様は後ろから抱きしめるのが好きなようだ。
もちろん、私も大好きだ。

「ワン、ワワンワワワワワン」

 私は可愛らしく、犬ぽく犬語を喋ってみた。
犬派なセイフィード様なら、なんてアンナは可愛いんだろうと思ってくれるに違いない。
我ながら、あざとい。

「⋯⋯⋯⋯」

 しかしセイフィード様は、とうとうコイツの頭おかしくなったか、みたいな表情をして私を見る。
どうやら犬語は失敗のようだ⋯⋯。
私は気を取り直して、セイフィード様に普通に話し掛ける。

「何て言ったと思いますか?」

「アンナはバカです、しかないだろ」

「違いますよっ。私は、セイフィード様のことが大好きですって、犬語で言ったんです」

「⋯⋯⋯⋯」

 セイフィード様は少し顔を赤らめ、顔を横に背ける。

「セイフィード様も、犬語でいいんで、私のこと好きって言ってください」

「そんなバカなことできるかっ」

「じゃあ人間の言葉でもいいです」

「そのうちな」

「本当ですか! そのうちっていつですか? 絶対に言ってくださいね、犬語じゃ、駄目ですからね。約束ですよ!」

「あー、もう煩いっ」

 セイフィード様は、突然、私の唇を唇で塞ぐ。
しっ、幸せ⋯⋯。
もう、ずっとこうしていたい⋯⋯。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

たろ
恋愛
結婚して半年。 わたしはこの家には必要がない。 政略結婚。 愛は何処にもない。 要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。 お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。 とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。 そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。 旦那様には愛する人がいる。 わたしはお飾りの妻。 せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

お兄様、奥様を裏切ったツケを私に押し付けましたね。只で済むとお思いかしら?

百谷シカ
恋愛
フロリアン伯爵、つまり私の兄が赤ん坊を押し付けてきたのよ。 恋人がいたんですって。その恋人、亡くなったんですって。 で、孤児にできないけど妻が恐いから、私の私生児って事にしろですって。 「は?」 「既にバーヴァ伯爵にはお前が妊娠したと告げ、賠償金を払った」 「はっ?」 「お前の婚約は破棄されたし、お前が母親になればすべて丸く収まるんだ」 「はあっ!?」 年の離れた兄には、私より1才下の妻リヴィエラがいるの。 親の決めた結婚を受け入れてオジサンに嫁いだ、真面目なイイコなのよ。 「お兄様? 私の未来を潰した上で、共犯になれって仰るの?」 「違う。私の妹のお前にフロリアン伯爵家を守れと命じている」 なんのメリットもないご命令だけど、そこで泣いてる赤ん坊を放っておけないじゃない。 「心配する必要はない。乳母のスージーだ」 「よろしくお願い致します、ソニア様」 ピンと来たわ。 この女が兄の浮気相手、赤ん坊の生みの親だって。 舐めた事してくれちゃって……小娘だろうと、女は怒ると恐いのよ?

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...