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15:Daydream Believer
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一歩外に出ると世界は冬から春へと向かっているのを感じられるようになった3月半ばのことだった。
「緊急です!」
これから仕事というタイミングで小走りでやってきて小さなメモを差し出してきたのはいつも大使館宛ての荷物を持ってきてくれる高槻くんであった。
緊急の連絡だというそのメモ書きは飯島の走り書きでこう書き殴られていた。
『8:34 かわかぜ園から連絡 真柴母危篤のため帰国要請』
そのメモ書きをポケットに押し込むと「ありがとう」と伝え、俺は嘉神達のいる仕事部屋へ声をかける。
「悪い、ちょっと今日は休む。もしかすると忌引きになるかもしれない」
嘉神と石薙さんは忌引きという単語で何かを分かってくれたようで顔を一瞬見合わせてから「わかりました」「無理はしないでくださいね」と答えてくれる。
あまりピンと来ていない深大寺は置いといて、手短に指示をひねり出す。
「俺のほうで消化しないとダメなもの以外は嘉神が代理決裁して、俺でないとダメであれば返事を待って貰って欲しい。あと他の奴にも俺の不在を通知しといてくれ。もしもの事があれば飯島経由で連絡する」
「はい、お気になさらず」
2人に軽く頭を下げると俺は大使館を飛び出す。
金羊国から上野の地に辿り着くと家まで電車で行くのとタクシーを使うのとでどちらが速いかと逡巡したところ、そもそも今の俺は僅かな現金とキャッシュカードしかないから電車で行くしかないと気づいた。たまにキャッシュカード使えないタクシーとかあるからな……。
上野駅から高崎線直通の上野東京ラインに飛び乗れば人気は少なく、電話をかけても迷惑にはならなさそうなのでこの隙に叔母へ電話を繋ぐ。
母のことに関して俺が不在の時に代わりに判断をお願いしている叔母であれば詳細を把握しているはずだ。
「叔母さん、俺です」
『春彦くん日本に戻ってるのね』
「母さんの容体が悪いと聞いたので、詳しく聞かせてください」
『先月辺りからなんとなく姉さんの体調が悪かったんだけど昨日の夜から本格的にダメになってきたみたいで……私も今朝連絡が来て、今かわかぜ園にいるの。いつこちらに着けそう?』
ここ数年は季節の変わり目になると調子を崩し気味だった母なので体調不良自体は慣れていたが、昨日今日で一気に悪化したということだろうか。
母の70半ばという年齢を思えば少々早い気もするが、俺が小さい頃なら寿命でもおかしくない。
「さっき高崎線に乗ったところなので小一時間ほどかかりそうです」
『わかったわ、気をつけてね』
そう告げて電話を切る。電車はようやく東京を出て埼玉に入る。
早く会わねばという俺の気持ちとは裏腹に電車は呑気に走っており、窓には桜の花びらなんかが張り付いてのどかですらある。
これが最後になるかも知れない母との逢瀬まであと1時間。それまであの身体は耐えられるのだろうか。
ぐるぐると答えのない思考を彷徨わせながら俺は近くて遠い母の横を目指している。
「緊急です!」
これから仕事というタイミングで小走りでやってきて小さなメモを差し出してきたのはいつも大使館宛ての荷物を持ってきてくれる高槻くんであった。
緊急の連絡だというそのメモ書きは飯島の走り書きでこう書き殴られていた。
『8:34 かわかぜ園から連絡 真柴母危篤のため帰国要請』
そのメモ書きをポケットに押し込むと「ありがとう」と伝え、俺は嘉神達のいる仕事部屋へ声をかける。
「悪い、ちょっと今日は休む。もしかすると忌引きになるかもしれない」
嘉神と石薙さんは忌引きという単語で何かを分かってくれたようで顔を一瞬見合わせてから「わかりました」「無理はしないでくださいね」と答えてくれる。
あまりピンと来ていない深大寺は置いといて、手短に指示をひねり出す。
「俺のほうで消化しないとダメなもの以外は嘉神が代理決裁して、俺でないとダメであれば返事を待って貰って欲しい。あと他の奴にも俺の不在を通知しといてくれ。もしもの事があれば飯島経由で連絡する」
「はい、お気になさらず」
2人に軽く頭を下げると俺は大使館を飛び出す。
金羊国から上野の地に辿り着くと家まで電車で行くのとタクシーを使うのとでどちらが速いかと逡巡したところ、そもそも今の俺は僅かな現金とキャッシュカードしかないから電車で行くしかないと気づいた。たまにキャッシュカード使えないタクシーとかあるからな……。
上野駅から高崎線直通の上野東京ラインに飛び乗れば人気は少なく、電話をかけても迷惑にはならなさそうなのでこの隙に叔母へ電話を繋ぐ。
母のことに関して俺が不在の時に代わりに判断をお願いしている叔母であれば詳細を把握しているはずだ。
「叔母さん、俺です」
『春彦くん日本に戻ってるのね』
「母さんの容体が悪いと聞いたので、詳しく聞かせてください」
『先月辺りからなんとなく姉さんの体調が悪かったんだけど昨日の夜から本格的にダメになってきたみたいで……私も今朝連絡が来て、今かわかぜ園にいるの。いつこちらに着けそう?』
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母の70半ばという年齢を思えば少々早い気もするが、俺が小さい頃なら寿命でもおかしくない。
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そう告げて電話を切る。電車はようやく東京を出て埼玉に入る。
早く会わねばという俺の気持ちとは裏腹に電車は呑気に走っており、窓には桜の花びらなんかが張り付いてのどかですらある。
これが最後になるかも知れない母との逢瀬まであと1時間。それまであの身体は耐えられるのだろうか。
ぐるぐると答えのない思考を彷徨わせながら俺は近くて遠い母の横を目指している。
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