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13:真柴春彦の冬休み
13-10
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跡取り息子の失踪から3日後。
親族のもとに届いた手紙は先祖代々保有していた山の地権者が変わったので家を出ていくように、という勧告書であった。
勧告書に度肝を抜かれた曽祖父は急いで山の権利書を探し回ったところ家の中から消えており、新しい地権者に話を聞くと3日前に居なくなった息子から購入していたことが判明。
幸い購入者は話が分かる人で仕事と家を奪う事はしないと明言してくれたが、購入した土地を返しては貰う事は出来なかった。
親族一同で祖父を探し回ったものの見つける事は出来ず、新しい地権者のもとで働くか違う土地に出るかと言う二択を迫られた。
結果、いくつかの分家筋の人以外は故郷を離れることを選んだ。
「それでうちの爺さんは先祖伝来のあの山を捨てざるを得なかったんだ」
ぼそっとそう呟いたのは幸輔さんの父に当たる老父であった。
(俺を睨んでいたのはそういう事か……)
「それから10年後に、あなたのおじいさんからうちの親族に届いたのがこの手紙です」
1通のぼろぼろな封書が幸輔さんから俺の手へと渡る。
封筒の隅には父が生まれる3ヵ月ほど前の日付が記された太田の消印が押され、父に似た癖の文字で住所と名前がつづられている。
「拝見します」
手紙を破かないよう慎重に封筒の中身を取り出して中身に目を通す。
その手紙には家を出た後のことがつらつらとつづられていた。
愛する女性と手を取って東へ東へと逃れたこと、東京で小さな結婚式をしたこと、つてを頼って太田にある中島飛行機の工場へ就職し、そこで戦時中も暮らしていたこと、しかし戦争終結とともに工場閉鎖により職を失ったこと、しばらくは肉体労働で食いつないだものの愛妻が結核にかかったこと、愛妻のおなかの中には子どもがいるという事。
『務めてお願い申し上げます、我が子・政広を私の代わりに育ててください。
私と妻の行いを許さないとしても子どもに罪はありません。どうか、お願い申し上げます』
手紙の文字が汗か涙のようなもので滲んでいる。
この手紙を書いているときの心情は察するに余りあった。
「……これを読んだ人は?」
「無視したようです」
当然の報いだ、とソファに座る老父がつぶやいた。
たとえどれだけ詫びを入れようともやはり先祖伝来の土地を売るという事は許しがたく、時代的にもまだ日本中が困窮していたことを思えば到底受け入れられない事なのであろう。
送られた相手からすればこの手紙を燃やさなかっただけマシ、という事かもしれない。
「これ以降のことはまったく分かりませんでした」
「十分です、推測は出来ますので」
ずっと謎だった父方の事がようやく少しわかったのだ。これ以上文句は言うまい。
先祖が奈良だという事や祖母が被差別出身と言うこともこういう機会が無ければ知らずに諦めていたことだろう。
「ちなみにですが、祖母については何かわかりませんか?」
「親族に聞いたんですがさっぱり。出身地ぐらいしか聞いてないのでなんとなくこの辺としか」
その地名だけ聞いてメモに残す。
定年したら父方をたどりに奈良旅行、と言うのもいいかもしれない。
ふとそんなアイディアが脳裏をよぎった。
親族のもとに届いた手紙は先祖代々保有していた山の地権者が変わったので家を出ていくように、という勧告書であった。
勧告書に度肝を抜かれた曽祖父は急いで山の権利書を探し回ったところ家の中から消えており、新しい地権者に話を聞くと3日前に居なくなった息子から購入していたことが判明。
幸い購入者は話が分かる人で仕事と家を奪う事はしないと明言してくれたが、購入した土地を返しては貰う事は出来なかった。
親族一同で祖父を探し回ったものの見つける事は出来ず、新しい地権者のもとで働くか違う土地に出るかと言う二択を迫られた。
結果、いくつかの分家筋の人以外は故郷を離れることを選んだ。
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ぼそっとそう呟いたのは幸輔さんの父に当たる老父であった。
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「それから10年後に、あなたのおじいさんからうちの親族に届いたのがこの手紙です」
1通のぼろぼろな封書が幸輔さんから俺の手へと渡る。
封筒の隅には父が生まれる3ヵ月ほど前の日付が記された太田の消印が押され、父に似た癖の文字で住所と名前がつづられている。
「拝見します」
手紙を破かないよう慎重に封筒の中身を取り出して中身に目を通す。
その手紙には家を出た後のことがつらつらとつづられていた。
愛する女性と手を取って東へ東へと逃れたこと、東京で小さな結婚式をしたこと、つてを頼って太田にある中島飛行機の工場へ就職し、そこで戦時中も暮らしていたこと、しかし戦争終結とともに工場閉鎖により職を失ったこと、しばらくは肉体労働で食いつないだものの愛妻が結核にかかったこと、愛妻のおなかの中には子どもがいるという事。
『務めてお願い申し上げます、我が子・政広を私の代わりに育ててください。
私と妻の行いを許さないとしても子どもに罪はありません。どうか、お願い申し上げます』
手紙の文字が汗か涙のようなもので滲んでいる。
この手紙を書いているときの心情は察するに余りあった。
「……これを読んだ人は?」
「無視したようです」
当然の報いだ、とソファに座る老父がつぶやいた。
たとえどれだけ詫びを入れようともやはり先祖伝来の土地を売るという事は許しがたく、時代的にもまだ日本中が困窮していたことを思えば到底受け入れられない事なのであろう。
送られた相手からすればこの手紙を燃やさなかっただけマシ、という事かもしれない。
「これ以降のことはまったく分かりませんでした」
「十分です、推測は出来ますので」
ずっと謎だった父方の事がようやく少しわかったのだ。これ以上文句は言うまい。
先祖が奈良だという事や祖母が被差別出身と言うこともこういう機会が無ければ知らずに諦めていたことだろう。
「ちなみにですが、祖母については何かわかりませんか?」
「親族に聞いたんですがさっぱり。出身地ぐらいしか聞いてないのでなんとなくこの辺としか」
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定年したら父方をたどりに奈良旅行、と言うのもいいかもしれない。
ふとそんなアイディアが脳裏をよぎった。
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