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4:大使館、北へ
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「これで大丈夫か?」
この燕尾服に袖を通すのは2度目なので、いちおう納村に確認してもらうが「いいんじゃないですかね」という雑な返答が来た。
納村も仕立てのいいメンズライクスーツに袖を通し、ネクタイをきゅっと縛る。
本来なら納村も女性の礼装であるアフタヌーンドレスを着用すべきなんだろうがビジネスや仕事の場には不向きという判断でスーツを持ち込んでいる。
「そうだ、王妃殿下もご同席するようですよ」
「王妃殿下か、そういえばあまり情報がないが政局に関わるお人なのか?」
「色々聞いて回りましたけど、新王閣下の言う事にはとにかく従う昔の良妻賢母タイプみたいですね、社交界が主戦場なんですけどこういう場にはたまに同席してるみたいです」
夫を尻に敷くタイプだったならそっちを丸め込むという手もあったが無理そうだ。
どちらにせよ交渉の相手はかわらない。
「そうか、ハルトル宰相は?」
「新王殿下の私室にずっといるって聞きました」
事実上の軟禁状態だろうかと思うが、王宮内での安全を考えて自らの意志で出てこないという可能性もある。
「おはよーございます」
眠たげにあくびを零すヘルカ魔術官も胸と背中に国の紋章を刻んだ黄色のマントを羽織って表れた。
グウズルン情報管理官も同じくマントを羽織り、その下にはワイシャツのような服を着ている。
国内で礼装として使われるこの紋章入りのマントは多種多様な体つきの獣人誰もが着用できるように考えられており、普段着の上に羽織るだけで礼装として扱われる。
マントの色や紋章の数が変われば準礼装にもなるという優れものでもある。
「4人での交渉になるとは思いませんでしたが」
本来の会議の間(ここは獣人の立ち入りが許されていないらしい)ではなく中庭を会場にすることで4人での交渉を実現させてくれたアネッテ宰相補佐には感謝の念を禁じ得ない。
「全員の協力があってこそだろうと思うがな」
そう告げるとにっと3人の表情が緩む。
このチャンスは金羊国だけでなく日本のために、掴み取るという決意を持って迎賓館の外へと踏み出した。
****
昨日以上の厳重さに包まれた中庭のもっとも豪華な椅子に新王グスタフ4世とその妻マルグレーテ妃が腰を下ろし、その後ろに宰相クヌート・ディ・シェーベイル公が立っている。
グスタフ4世王は年頃は20代半ばぐらいの青年であり、白銀の髪に紺色の切れ長の冷たい目をした美青年であった。
隣にいるマルグレーテ妃もマリリン・モンローを彷彿とさせるような20歳そこそこの美女である。
後ろに立つクヌート・ディ・シェーベイル宰相は相撲取りばりのふくよかさと穏やかさがありながらも、老獪な政治家が持つ食えなさを瞳の奥から感じさせてくる。
一番に口を開いたのはシェーベイル宰相であった。
「真柴殿、貴殿のお望みは?」
「金羊国宰相・ハルトル氏をあなた方の部下から守って負傷した部下への損害賠償のための犯人の引き渡し、およびハルトル宰相の一刻も早い金羊国への帰還です」
「グウズルン氏は」
「金羊国宰相・ハルトルの即時返還、それのみですよ」
まずは今回の目的の確認である。
「そもそもこの即時返還についてですが、再三の帰国要請を無視してきたハルトル氏に問題があるという考えであり金羊国、我々は獣人奴隷独立区域と呼んでおりますが、ハルトル氏が金羊の女神なる邪神を用いて仲間を扇動して開拓した土地であることから即時返還は不要であると考えております」
納村が日本語でメモしつつ録音機能付きのペンで文章記録を取っている。
そのメモの日本語を見ながら先程の言葉の細かいニュアンスを読み取り、全員の表情を見ながら動きを考える。
「金羊の女神は邪神ではありません!我ら獣人の母神です!」
ヘルカ魔術官の反論に「獣人に神など居るのですか?」と飄々と返し「いるのです!」と喧嘩寸前の空気になる。
それを断ち切るように口を開いたのはグウズルン情報管理官であった。
「シェーベイル閣下、閣下は10年間に渡るハルトルの働きを無視なさるのですか?」
「そのねぎらいは所有者であるグスタフ4世公からの寵愛によって報われていると考えます」
「寵愛は報酬ではないでしょう、我々がハルトルに仕えてきたのは自由と良き生活のためです」
「人間に仕えることが獣人の良き生活に繋がる事でしょう、生まれ卑しくも人間に愛され役立つことが幸福な獣人への道というもの」
「我々の生まれが卑しかったことなどひとつもない!卑しいと思う人心こそ真に卑しいものである!」
グウズルン情報管理官までキレはじめてきた。
この辺りの宗教論争は俺たちには口をはさみにくいところではあるが、むしろこの口喧嘩こそ彼らが望んでいたように思える。
その証拠にグスタフ4世の態度は呆れ半分ではあるが、わずかにうまくいったなという喜びを感じさせる。
「真柴殿、これでお分かりか!彼らの卑しさが!」
ここで彼らに―新王夫婦も含めてだ―一番の冷や水を浴びせかけるとするなら、どんな言葉が良いか一瞬逡巡して口を開く。
「どうでもいいですね」
怒り心頭のヘルカ魔術官とグウズルン情報管理官には悪いが、この世界の信仰上の話は別の所でやってもらおう。
3人がポカンとしているうちに俺のほうが口を開く。
「しかし、我々日本政府はハルトル宰相閣下と彼の配下を信頼して外交樹立にいたりました。
ハルトル宰相閣下は金羊国運営に必要な人材であり、彼と彼が10年かけて育てた人・土地を永続的に守るためにも即時帰国が必要であると考えております」
この燕尾服に袖を通すのは2度目なので、いちおう納村に確認してもらうが「いいんじゃないですかね」という雑な返答が来た。
納村も仕立てのいいメンズライクスーツに袖を通し、ネクタイをきゅっと縛る。
本来なら納村も女性の礼装であるアフタヌーンドレスを着用すべきなんだろうがビジネスや仕事の場には不向きという判断でスーツを持ち込んでいる。
「そうだ、王妃殿下もご同席するようですよ」
「王妃殿下か、そういえばあまり情報がないが政局に関わるお人なのか?」
「色々聞いて回りましたけど、新王閣下の言う事にはとにかく従う昔の良妻賢母タイプみたいですね、社交界が主戦場なんですけどこういう場にはたまに同席してるみたいです」
夫を尻に敷くタイプだったならそっちを丸め込むという手もあったが無理そうだ。
どちらにせよ交渉の相手はかわらない。
「そうか、ハルトル宰相は?」
「新王殿下の私室にずっといるって聞きました」
事実上の軟禁状態だろうかと思うが、王宮内での安全を考えて自らの意志で出てこないという可能性もある。
「おはよーございます」
眠たげにあくびを零すヘルカ魔術官も胸と背中に国の紋章を刻んだ黄色のマントを羽織って表れた。
グウズルン情報管理官も同じくマントを羽織り、その下にはワイシャツのような服を着ている。
国内で礼装として使われるこの紋章入りのマントは多種多様な体つきの獣人誰もが着用できるように考えられており、普段着の上に羽織るだけで礼装として扱われる。
マントの色や紋章の数が変われば準礼装にもなるという優れものでもある。
「4人での交渉になるとは思いませんでしたが」
本来の会議の間(ここは獣人の立ち入りが許されていないらしい)ではなく中庭を会場にすることで4人での交渉を実現させてくれたアネッテ宰相補佐には感謝の念を禁じ得ない。
「全員の協力があってこそだろうと思うがな」
そう告げるとにっと3人の表情が緩む。
このチャンスは金羊国だけでなく日本のために、掴み取るという決意を持って迎賓館の外へと踏み出した。
****
昨日以上の厳重さに包まれた中庭のもっとも豪華な椅子に新王グスタフ4世とその妻マルグレーテ妃が腰を下ろし、その後ろに宰相クヌート・ディ・シェーベイル公が立っている。
グスタフ4世王は年頃は20代半ばぐらいの青年であり、白銀の髪に紺色の切れ長の冷たい目をした美青年であった。
隣にいるマルグレーテ妃もマリリン・モンローを彷彿とさせるような20歳そこそこの美女である。
後ろに立つクヌート・ディ・シェーベイル宰相は相撲取りばりのふくよかさと穏やかさがありながらも、老獪な政治家が持つ食えなさを瞳の奥から感じさせてくる。
一番に口を開いたのはシェーベイル宰相であった。
「真柴殿、貴殿のお望みは?」
「金羊国宰相・ハルトル氏をあなた方の部下から守って負傷した部下への損害賠償のための犯人の引き渡し、およびハルトル宰相の一刻も早い金羊国への帰還です」
「グウズルン氏は」
「金羊国宰相・ハルトルの即時返還、それのみですよ」
まずは今回の目的の確認である。
「そもそもこの即時返還についてですが、再三の帰国要請を無視してきたハルトル氏に問題があるという考えであり金羊国、我々は獣人奴隷独立区域と呼んでおりますが、ハルトル氏が金羊の女神なる邪神を用いて仲間を扇動して開拓した土地であることから即時返還は不要であると考えております」
納村が日本語でメモしつつ録音機能付きのペンで文章記録を取っている。
そのメモの日本語を見ながら先程の言葉の細かいニュアンスを読み取り、全員の表情を見ながら動きを考える。
「金羊の女神は邪神ではありません!我ら獣人の母神です!」
ヘルカ魔術官の反論に「獣人に神など居るのですか?」と飄々と返し「いるのです!」と喧嘩寸前の空気になる。
それを断ち切るように口を開いたのはグウズルン情報管理官であった。
「シェーベイル閣下、閣下は10年間に渡るハルトルの働きを無視なさるのですか?」
「そのねぎらいは所有者であるグスタフ4世公からの寵愛によって報われていると考えます」
「寵愛は報酬ではないでしょう、我々がハルトルに仕えてきたのは自由と良き生活のためです」
「人間に仕えることが獣人の良き生活に繋がる事でしょう、生まれ卑しくも人間に愛され役立つことが幸福な獣人への道というもの」
「我々の生まれが卑しかったことなどひとつもない!卑しいと思う人心こそ真に卑しいものである!」
グウズルン情報管理官までキレはじめてきた。
この辺りの宗教論争は俺たちには口をはさみにくいところではあるが、むしろこの口喧嘩こそ彼らが望んでいたように思える。
その証拠にグスタフ4世の態度は呆れ半分ではあるが、わずかにうまくいったなという喜びを感じさせる。
「真柴殿、これでお分かりか!彼らの卑しさが!」
ここで彼らに―新王夫婦も含めてだ―一番の冷や水を浴びせかけるとするなら、どんな言葉が良いか一瞬逡巡して口を開く。
「どうでもいいですね」
怒り心頭のヘルカ魔術官とグウズルン情報管理官には悪いが、この世界の信仰上の話は別の所でやってもらおう。
3人がポカンとしているうちに俺のほうが口を開く。
「しかし、我々日本政府はハルトル宰相閣下と彼の配下を信頼して外交樹立にいたりました。
ハルトル宰相閣下は金羊国運営に必要な人材であり、彼と彼が10年かけて育てた人・土地を永続的に守るためにも即時帰国が必要であると考えております」
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