上 下
198 / 201
  第四部 - 三章 龍王の恋愛成就奮闘記

三章四節 - 登山デート

しおりを挟む
 
  * * *

 ――翌日。

 乱舞らんぶ沙羅さらは朝から馬に相乗りして中州城下町を離れていた。文官位と武官位の両方を持つ沙羅にとって、乗馬は得意分野だったが、どこからともなく現れた大斗だいとにうまく言いくるめられ、気づいたら乱舞の前に沙羅が横座りしていたのだ。
 乱舞は自身がひどく緊張しているのをひしひしと感じた。与羽ようと同じ馬に乗ったことはあったが、その時とは比べ物にならない。手綱を握る手には汗がにじみ、体がこわばっている。それは今馬を歩ませているのが、良く踏み固められた道ではなく緩やかに登った山道であるという理由だけではないだろう。

 彼らが向かっているのは、城下町の西。華金かきん山脈だ。山脈といっても城下町に近い場所は低い山ばかりで、人の手が十分に入っている。毎年多量のたきぎが伐採されるため、木はまばらで、通行を妨げるような茂みもない。

 ちょうど木々が芽を出しはじめたこの時期は、陽光が振りそそぎ、あたりは透き通るような若緑で輝いていた。枯れ葉の取りはらわれた道には小さな花も見られる。

 乱舞は馬をゆっくり歩ませ、沙羅がその風景をよく見ることができるようにした。
 乱舞自身に風景を楽しむ余裕はない。

「春の山はいいわね」

 沙羅が辺りの雰囲気を壊さないように、小さな声で話しかけてくる。

「うん」

 それだけ答えると再びお互いに沈黙する。もっと何か言うべきだったと後悔しても遅い。

「どこに向かってるの?」

 気を利かせて沙羅がさらに声をかけてくれた。

「んと、ちょっと山」

 そんなことは今の場所を見ればわかることだろう。乱舞は慌てて言葉を足した。

「いい場所があるんだ。もう少し行ったら馬を下りて歩かないといけないけど、眺めがとってもきれいで……」

 いつだったか与羽が教えてくれた場所。乱舞も初めて訪れた瞬間に気に入った。

「へぇー。楽しみ!」

 乱舞の方を向いて柔らかくほほえむ沙羅。乱舞もそれにつられて笑みを返す。

月日つきひの丘みたいにきれいな花はないけど、とっても好きな場所だから沙羅に見せたくて」

「月日の丘みたいに整えられたのも好きだけど、あるがままの自然に近いのも好き」

「良かった」

 ほっとする乱舞の肩越しに、沙羅は今まで登って来た道を見る。

「だいぶ登ったね」

 後方、まだ葉の小さくまばらな木々の隙間からは、下方に中州城下町を取り囲む川の一方――月見川が見えた。雪解け水の流れる月見川はいつにも増して流れが荒く、春先の柔らかな陽光さえも激しく跳ね返している。
 あいにく、城下町は枝が邪魔をして良く見えない。

 通っている道はあまり人が通らないのか、次第にけもの道に近くなってきた。道のわきには岩が目立ち、急な斜面が大岩を迂回するように続いている。

「そろそろ降りようか」

 まだ馬で行けないことはないが、乱舞はそう提案した。

「そうしましょうか。この子も大変だしね」

 沙羅も馬を気遣って降りることに賛成する。そして、乱舞が手を貸す間もなく近くの岩の上へとなめらかな動きで降り立った。

 乱舞もすぐ馬をおりて、手綱を引きながら歩みを再開する。その隣を半歩遅れで沙羅が続いた。

 ここまで来る間に日は高くなり、辺りには枝の間を縫って陽光が差し込んでいる。
 灰色のごつごつした岩はつるやコケに覆われ、場所によってはその表面を水が滴っていた。

 水音と枝のさざめき、鳥の声。どこからか聞こえてきたへたくそなウグイスの声に、二人は顔を見合わせて笑った。

 しばらく行って馬を日陰になった水場に繋いだ後も、二人は大きな岩が増え登りにくくなっていく山道をゆっくりと進んだ。二人並んで歩くのは厳しいので、必然的に目的地を知っている乱舞が前を歩く。

 身の丈をゆうに越す岩の脇を抜け、ひざよりも高い段差を上って振り返り――。

「沙羅……」

 乱舞は下にいる沙羅に向かって片手を伸ばした。

「私も武官のはしくれだから、これくらいどうってことないんだけどね」

 そう言いつつも、沙羅はタコのできた手を伸ばして乱舞の手を取った。
 強く引きあげた勢いで、乱舞の胸に倒れこんでくる沙羅。という構図が乱舞の頭をよぎったが、それをさりげなくやる技術はなかったので、止めておく。

 ――こういう時、きっと大斗や絡柳らくりゅうならうまくやるんだろうな。

 心の中でそんなことを呟きながら、乱舞はいつもより少しだけ近くにある沙羅の顔を見た。
 すぐに乱舞の視線に気づいて沙羅が顔をあげる。顔にかかった髪をかきあげる細い指先の動きに、乱舞はちいさく唾液を飲み込んだ。

「ありがとう」

「いや……。これくらい」

 柔らかくほほえんだ沙羅に、乱舞は少しぎこちない笑みを返した。声が上ずるのは、緊張しているからだろう。それを隠すために乱舞は先へ進もうとして、沙羅の手を握ったままだったことを思い出した。

「あ、ごめ――!」

 慌てて手を放したが、一気に顔が熱くなる。大斗がこの場にいたら、「手を握ったくらいで、なに赤くなってんの? ガキじゃあるまいし」とでも言っただろう。

 ――だから、僕は大斗や絡柳みたいにはなれないんだって。

 乱舞は何度目か分からない言葉を自分の中で言って、赤面した顔を見られないように沙羅の前に立って再び歩きはじめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

子育て失敗の尻拭いは婚約者の務めではございません。

章槻雅希
ファンタジー
学院の卒業パーティで王太子は婚約者を断罪し、婚約破棄した。 真実の愛に目覚めた王太子が愛しい平民の少女を守るために断行した愚行。 破棄された令嬢は何も反論せずに退場する。彼女は疲れ切っていた。 そして一週間後、令嬢は国王に呼び出される。 けれど、その時すでにこの王国には終焉が訪れていた。 タグに「ざまぁ」を入れてはいますが、これざまぁというには重いかな……。 小説家になろう様にも投稿。

妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。

ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」  そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。  長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。  アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。  しかしアリーチェが18歳の時。  アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。  それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。  父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。  そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。  そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。  ──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──  アリーチェは行動を起こした。  もうあなたたちに情はない。   ───── ◇これは『ざまぁ』の話です。 ◇テンプレ [妹贔屓母] ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)電子書籍発売中!
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

処理中です...