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  第四部 - 三章 龍王の恋愛成就奮闘記

三章一節 - 龍王の逡巡

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【第三章 龍王の恋愛成就奮闘記】

 乱舞らんぶは、南通りをくだりながら考え込んでいた。ふところには、与羽ように押し付けられた婚約届。受け取ってから今日まで持って行くべきか悩み続けて、結局あっても邪魔にならないからという理由で持ってきた。必要な瞬間が来るまで、沙羅さらに見せなければ良いだけだ。

 道行く人が、乱舞を見て声をかけてくる。与羽ほど城下町に出ることは多くないが、特異な青くきらめく黒髪によって彼の身分は誰でもわかる。
 乱舞はそれに丁寧な返事をしていくが、どうも落ち着かない。このまま紫陽しよう家へ向かうつもりだったが、本当にそれでいいのだろうか。迷惑ではないだろうか、疎まれないだろうか。仕事をしていないダメ城主だと思われないだろうか――?

 考え出すと嫌な想像ばかりしてしまう。

 もし、婚約届を持っているのがばれて、性急な奴だと思われて嫌われたらどうしよう。「私、あなたと結婚するつもりなんてないわ」とか言われたら……。

「…………ちょっと、大斗だいとのとこに顔出そう」

 乱舞は言い訳するように呟いて、北へ進路を変えた。大通りへと抜ける路地に入る。時間はまだ昼前、日の当らない春の路地はひんやりとして寒いくらいだ。
 せっかく着た上等な着物を汚さないように気をつけつつ、乱舞は逃げるように路地を抜けた。できるだけ人と出会わないよう祈りながら。

 大通りに出た乱舞は、まっすぐ大斗がいるであろう八百屋やおやへと向かった。乱舞に合わせて、彼も休日をとっているのだ。

「何やってんの? お前」

 しかし、乱舞を見た大斗は、陳列途中の大根を片手に持ったまま乱舞を睨みつけた。

「『なに』って、せっかくの休みだから、大斗の様子でも……、見ようかと……」

 大斗の冷たい声にひるんだ乱舞の言葉は、だんだんと小さくなる。

「俺は忙しいんだよ。ちなみに、絡柳らくりゅうはこの二日、与羽の補佐をしてるだろうし、一鬼かずき道場に行くのは俺が許さない。それよりも行くべきところがあるだろう?」

「…………」

「紫陽家へ行きなよ」

 乱舞が沈黙していると大斗が確定的に言った。

「けど――」

 反論しようとするが言葉が出ない。

「なに? お前は沙羅に会いたくないの?」

 恋人である乱舞よりも、大斗の方が彼女の名前をうまく発音できているような気がする。乱舞は首をすくめた。

「会いたくないことは、ないけど……」

「じゃあ、行けばいいでしょ?」

 一方の大斗は尊大でそっけない。何も知らない人が彼らの話す様子を見れば、大斗の方が上の立場だと誤解しただろう。

「でも、忙しかったりしたら――」

「あいつは今日から三日休みだよ。与羽と絡柳が漏日もれひ大臣に打診してたからね」

 文官第三位、漏日時砂ときすなは中州で働く官吏の人事を統括する大臣だ。彼の指示一つで全ての官吏の出勤・休暇位なら自由に変えられる。与羽と絡柳は思いつく限り手を回して、この二日の準備をしてきた。

「けど、他の友達と遊ぶ約束とか――」

「与羽か誰かが、沙羅にお前も休みってことを伝えてるよ。与羽と絡柳ならそれくらいの段取りはしてる」

「けど――」

「そうやってるお前を見てると、古狐ふるぎつねを相手にしてるみたいだ」

 大斗が不快そうに顔をしかめた。それは乱舞に心を許している証拠だったが、あまり見たい表情ではない。彼の不快を示す顔は、鳥肌がたつほど冷たいのだ。乱舞は無意識に着物の上から自分の腕をこすった。

「優柔不断で自信不足。そうやってるうちにほかの奴にとられても知らないよ?」

「え、そ、それは――」

「嫌ならとっとと行きな。紫陽家に行く口実が欲しいんなら、これを持っていけばいい」

 大斗はすばやく陳列棚から芋と大根、いくらかの葉物を取って乱舞に押し付けた。

「これを届けな。代金はお前につけとくから」

「何で僕に!?」

「それで紫陽家に行く口実ができれば安いもんだろう?」

 決めつけるような傲慢な口調だ。

「でも――」

「うるさいよ。仕事の邪魔。とっとと消えな」

 だんだん大斗の声にとげが増してくる。これ以上ここにいたら、殴るなり蹴るなりして、無理やり追い払われかねない。

「わ、分かった。ありがとう」

 結局、乱舞は小さな声で礼を言って、しぶしぶその場を離れたることにした。
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