上 下
190 / 201
  第四部 - 二章 龍姫の恋愛成就大作戦

二章三節 - 龍姫の身だしなみ

しおりを挟む
 
  * * *

 そして、とうとうその日がやってきた。与羽ようが城主代理を勤めるこの日、姫君は日の出前から竜月りゅうげつに起こされていた。

 眠気でぼんやりしている間に顔を洗われ、夜着に分厚い上着をはおった状態のまま、雷乱らいらん辰海たつみの両名とともに朝食をとる。早朝であるにもかかわらず、辰海はすでに袴と上着を身に着けるかみしも姿できっちり身だしなみを整え、春眠しゅんみんの余韻を完全に消し去っていた。山吹色の上着には古狐家の家紋である五尾狐の模様があしらわれている。

「与羽、今日の予定をもう一回伝えておきたいんだけど」

「大丈夫、起きとる」

 与羽は早起きが特別苦手というわけではない。緊張で昨夜はあまり寝られなかっただけだ。ただ、それを言うと辰海や竜月に心配をかけそうだったので、与羽はそこのことには言及せず、朝食をよく噛むことで脳を叩き起こした。

 その間、竜月は与羽の長い髪を毛先から丁寧にいている。食事の邪魔をしないように配慮し尽くした彼女の手つきは完璧だった。しかし、食事中に髪をとかさなくてはならないほど今後の予定は忙しいのだろうか? 与羽の城主代理としての予定は辰海から聞いたが、それまでの身支度に関わる予定は未知だった。

 嫌な予感がする。そして、それは的中した。食事が終わった瞬間、竜月が男二人を部屋から追い出したのだ。

「さぁ、ご主人さま。着替えましょうね」

 竜月は与羽を起こした時から元気だったが、今の彼女はさらに生き生きして見える。
 部屋の隅には与羽が着るのであろう豪華な打掛うちかけが飾られていた。そして、その手前に並べられた鮮やかな布。いつの間に運び込んだのかわからないが、そのすべてが着物なのだろう。

「まさか竜月ちゃん。あれ――?」

「今日の朝議ちょうぎでご主人さまがお召しになるお着物です。大丈夫ですよ! どんな殿方でも見惚れるような、美しい打掛姿にして差し上げますっ!」

 やたらとはりきる竜月に与羽はほほをひきつらせた。
 その間にも竜月は与羽の着ていたものを脱がせはじめている。

「あ、いや、竜月ちゃんそれくらいなら自分でできるから」

 竜月の温かな手が肩にふれて、与羽ははっとした。

「そうですかぁ?」

「って言うか、途中までは自分でやった方が早い」

「じゃあ、まずはこの白無垢むくですよ」

 与羽は渡される着物を無心で着ていった。着物の裾を合わせる時などは竜月に手伝ってもらいつつ、重ね着していく。

 華奈かなのような振り袖姿なら楽だったが、与羽が着るのは床に届くほど長い上着を羽織る打掛。しかも、竜月はその内側の襟元に美しい色の変化を作りたいらしい。春らしい桜色から与羽に似合う濃い紫へと。

 だんだんと体が重くなる。与羽は同年代の少女の中では筋力のある方だと自負していたが、全身に重りがついているように感じた。冬に同盟国の天駆あまがけに行ったときでも、これほど完璧な正装はしていない。帯を強く締められて大きくよろけた。

「大丈夫ですかぁ?」

 そう声をかけつつも、竜月は次の着物を手に取ろうとしている。うるしで塗られた着物掛けに飾られた美しい上着だ。紫色の地に青銀色の龍と白い桜吹雪が舞い、中州城主一族の三枚の葉と水流を模した家紋「中州葉水ようすい」が染め抜かれている。その意匠は与羽が見ても美しく、これを身につけられることに喜びを感じるほどだった。

「次はこれです。これでおしまいですよ~」

 実際に着てみると、ふんだんに使用された金糸銀糸のせいで鎧のように重く、全身を拘束されたような窮屈さに顔をしかめそうになるのだが。この格好では、普段の五分の一ほどの速度でしか動けないだろう。

「お美しいですよ!」

 竜月は自分が飾り立てた姫君を見て、顔を輝かせた。

「でも、この上着は重いでしょうからお部屋を出る直前まで脱いでおきましょうね」

 そして、竜月に主人の体力と筋力を心配する理性が残っていたことに、与羽は深い安堵を感じた。このあとさらに、化粧をして、髪を結い、装飾品で飾り立て、とまだこなすべき工程はたくさん残っている。しかし、きっと着替えほど体力を使わないだろう。今はそう信じるしかない。

 与羽はきつく締められた帯に邪魔されながらも、大きく息をついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...