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第四部 - 二章 龍姫の恋愛成就大作戦
二章三節 - 龍姫の身だしなみ
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そして、とうとうその日がやってきた。与羽が城主代理を勤めるこの日、姫君は日の出前から竜月に起こされていた。
眠気でぼんやりしている間に顔を洗われ、夜着に分厚い上着をはおった状態のまま、雷乱、辰海の両名とともに朝食をとる。早朝であるにもかかわらず、辰海はすでに袴と上着を身に着ける裃姿できっちり身だしなみを整え、春眠の余韻を完全に消し去っていた。山吹色の上着には古狐家の家紋である五尾狐の模様があしらわれている。
「与羽、今日の予定をもう一回伝えておきたいんだけど」
「大丈夫、起きとる」
与羽は早起きが特別苦手というわけではない。緊張で昨夜はあまり寝られなかっただけだ。ただ、それを言うと辰海や竜月に心配をかけそうだったので、与羽はそこのことには言及せず、朝食をよく噛むことで脳を叩き起こした。
その間、竜月は与羽の長い髪を毛先から丁寧に梳いている。食事の邪魔をしないように配慮し尽くした彼女の手つきは完璧だった。しかし、食事中に髪をとかさなくてはならないほど今後の予定は忙しいのだろうか? 与羽の城主代理としての予定は辰海から聞いたが、それまでの身支度に関わる予定は未知だった。
嫌な予感がする。そして、それは的中した。食事が終わった瞬間、竜月が男二人を部屋から追い出したのだ。
「さぁ、ご主人さま。着替えましょうね」
竜月は与羽を起こした時から元気だったが、今の彼女はさらに生き生きして見える。
部屋の隅には与羽が着るのであろう豪華な打掛が飾られていた。そして、その手前に並べられた鮮やかな布。いつの間に運び込んだのかわからないが、そのすべてが着物なのだろう。
「まさか竜月ちゃん。あれ――?」
「今日の朝議でご主人さまがお召しになるお着物です。大丈夫ですよ! どんな殿方でも見惚れるような、美しい打掛姿にして差し上げますっ!」
やたらとはりきる竜月に与羽はほほをひきつらせた。
その間にも竜月は与羽の着ていたものを脱がせはじめている。
「あ、いや、竜月ちゃんそれくらいなら自分でできるから」
竜月の温かな手が肩にふれて、与羽ははっとした。
「そうですかぁ?」
「って言うか、途中までは自分でやった方が早い」
「じゃあ、まずはこの白無垢ですよ」
与羽は渡される着物を無心で着ていった。着物の裾を合わせる時などは竜月に手伝ってもらいつつ、重ね着していく。
華奈のような振り袖姿なら楽だったが、与羽が着るのは床に届くほど長い上着を羽織る打掛。しかも、竜月はその内側の襟元に美しい色の変化を作りたいらしい。春らしい桜色から与羽に似合う濃い紫へと。
だんだんと体が重くなる。与羽は同年代の少女の中では筋力のある方だと自負していたが、全身に重りがついているように感じた。冬に同盟国の天駆に行ったときでも、これほど完璧な正装はしていない。帯を強く締められて大きくよろけた。
「大丈夫ですかぁ?」
そう声をかけつつも、竜月は次の着物を手に取ろうとしている。漆で塗られた着物掛けに飾られた美しい上着だ。紫色の地に青銀色の龍と白い桜吹雪が舞い、中州城主一族の三枚の葉と水流を模した家紋「中州葉水」が染め抜かれている。その意匠は与羽が見ても美しく、これを身につけられることに喜びを感じるほどだった。
「次はこれです。これでおしまいですよ~」
実際に着てみると、ふんだんに使用された金糸銀糸のせいで鎧のように重く、全身を拘束されたような窮屈さに顔をしかめそうになるのだが。この格好では、普段の五分の一ほどの速度でしか動けないだろう。
「お美しいですよ!」
竜月は自分が飾り立てた姫君を見て、顔を輝かせた。
「でも、この上着は重いでしょうからお部屋を出る直前まで脱いでおきましょうね」
そして、竜月に主人の体力と筋力を心配する理性が残っていたことに、与羽は深い安堵を感じた。このあとさらに、化粧をして、髪を結い、装飾品で飾り立て、とまだこなすべき工程はたくさん残っている。しかし、きっと着替えほど体力を使わないだろう。今はそう信じるしかない。
与羽はきつく締められた帯に邪魔されながらも、大きく息をついた。
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