上 下
188 / 201
  第四部 - 二章 龍姫の恋愛成就大作戦

二章一節 - 準備完了

しおりを挟む
【二章 龍姫の恋愛成就大作戦】

「あーあ」

 自室にいる与羽ようは、開け放った戸の外を見てため息をついた。
 視線の先には桜の木。すでに花は散り、赤色のがくが申し訳程度に色を添えている。萌え出たばかりの赤茶色の新芽は日に日に減り、緑色を増すばかりだ。
 今年は気付いたら桜が咲き、散っていた。城から出る回数は例年よりも少なく、城下町を歩けば「風邪でもひいていたのか」と心配される始末だ。

月日つきひの丘に行ったら、スミレが満開なんじゃろうなぁ」

 行きたいが、暇がない。与羽の目の前には、辰海たつみから借りた書物が山のように積まれていた。兄に代わって政務をるにあたり、必要な基礎知識を学んでいるのだ。

「『まつりごとを為すにとくってす――』って……。私に徳なんかあるかなぁ」

「そうやって自問できているうちは大丈夫だよ」

 与羽はぼんやりと声のした方を見た。

「辰海……。ええ時に来たね」

 ずっと部屋のそばで声をかける時機タイミングを見計らっていたのだとは言わず、辰海はただやさしくほほえんで与羽の向かいに座った。

「あとどれくらい?」

「これと、あれ」

 与羽は今開いている本と机の端に一冊だけ分けて置いてある本を指した。

「良く読んだね」

 辰海が与羽に貸した本は数十冊に及ぶ。

「歴史書とか、読んだことのある本は流し読みした。けど、ちゃんと内容は覚えたよ。――辰海の方は?」

「終わったよ。やっと絡柳らくりゅう先輩に『これで良い』って言ってもらえた」

「じゃぁ、あとは本番を待つだけか」

「そうだね。二日間……、がんばろう」

「うん」

「お茶ですぅ~」

 その時、開けたままにしていた戸口から一人の少女が入ってきた。野火竜月のび りゅうげつ。本来は古狐ふるぎつね家の使用人だが、今ではほとんど与羽専属の侍女になっている。

 普段の与羽は大抵のことを自分でやってしまうので、彼女の出る幕は少ないが、最近は忙しい与羽のために食事を運んだり、軽食を用意したり、着物を選んだりと色々な世話を焼いていた。今も慣れた手つきで机の上に茶と茶菓子を並べている。

「ご主人さまぁ、ご主人さまが政務を行われる日は私がとってもきれいに飾ってさしあげますからねっ」

 彼女――竜月は与羽や辰海より一つ若いだけだが、舌足らずなしゃべり方と背の低さが合わさって、年齢よりも幼い印象を与える。

「え……?」

「まさかご主人さま、いつもの格好で良いと思っていらっしゃるんですか!? ダメですよ。威厳ある美しい姿をしていただきます! ねぇ? 辰海殿」

 竜月は甘えるように与羽の腕にすがりついた。その様子は主人と使用人というよりも姉妹のようだ。

「うん、そうだね」

 竜月の問いに、辰海は素早く答えた。与羽のめかしこんだ姿は、ぜひ見たい。

「む……」

 相手が辰海ならば声を荒げることもできるが、竜月だとどうも反論しにくい。与羽は立ちあがった。

「与羽?」
「逃げちゃだめですよぉ」

 辰海と竜月が口々に声をかけるが、それについては反論しない。実際半分以上は逃げなのだから。
 これ以上ここにいたら、「ためしに着てみましょう!」という流れになるに違いない。きれいな着物は好きだが、今は勘弁願いたかった。

「そろそろお昼休みの時間だと思うから、ちょっと乱兄らんにいのとこに行ってくる」

 与羽はいたずらっぽく笑ってごまかすと、外の風を入れるために開けていた障子しょうじ戸から飛び出した。

 歩きなれた縁側を通り、乱舞らんぶの部屋へ。城主一族である与羽と乱舞は、城の最も奥にある屋敷で寝起きしている。同じ建物内ではあるが、屋敷のほとんど対角に部屋を取っているので、気軽に訪れるにはやや遠い。

 城の喧騒けんそうから離れた通路は、静寂よりも物寂しさが勝る。祖父が北の同盟国にいる現在、この屋敷に住んでいるのは与羽と乱舞の二人のみだった。

 奥屋敷の西にあるもっとも大きな建物が、謁見の間や執務所、応接間などのあるおおやけの場。その南にも官吏の仕事場や食堂など公の建物がある。
 反対方向、本殿の北には客室のある客殿きゃくでん。さらに北には、官吏の仮眠室や男性使用人が住む建物。雷乱らいらんの部屋もそこにある。その東が竜月も住む女官用の部屋。

 他にも書庫ばかりの棟や武器庫などの倉庫も建ち、九つの屋敷と五つの蔵、一つのうまや天守てんしゅで城が成り立っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

元カレの今カノは聖女様

abang
恋愛
「イブリア……私と別れて欲しい」 公爵令嬢 イブリア・バロウズは聖女と王太子の愛を妨げる悪女で社交界の嫌われ者。 婚約者である王太子 ルシアン・ランベールの関心は、品行方正、心優しく美人で慈悲深い聖女、セリエ・ジェスランに奪われ王太子ルシアンはついにイブリアに別れを切り出す。 極め付けには、王妃から嫉妬に狂うただの公爵令嬢よりも、聖女が婚約者に適任だと「ルシアンと別れて頂戴」と多額の手切れ金。 社交会では嫉妬に狂った憐れな令嬢に"仕立てあげられ"周りの人間はどんどんと距離を取っていくばかり。 けれども当の本人は… 「悲しいけれど、過ぎればもう過去のことよ」 と、噂とは違いあっさりとした様子のイブリア。 それどころか自由を謳歌する彼女はとても楽しげな様子。 そんなイブリアの態度がルシアンは何故か気に入らない様子で… 更には婚約破棄されたイブリアの婚約者の座を狙う王太子の側近達。 「私をあんなにも嫌っていた、聖女様の取り巻き達が一体私に何の用事があって絡むの!?嫌がらせかしら……!」

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

【完結】捨てられ令嬢は王子のお気に入り

怜來
ファンタジー
「魔力が使えないお前なんてここには必要ない」 そう言われ家を追い出されたリリーアネ。しかし、リリーアネは実は魔力が使えた。それは、強力な魔力だったため誰にも言わなかった。そんなある日王国の危機を救って… リリーアネの正体とは 過去に何があったのか

愛されたのは私の妹

杉本凪咲
恋愛
そうですか、離婚ですか。 そんなに妹のことが大好きなんですね。

処理中です...