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  第四部 - 一章 龍姫、協力者を募る

一章一節 - 作戦内容

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【第一章 龍姫りゅうき、協力者をつのる】


「つまり、こういうことですよ、先輩」

 与羽ようが冷めた茶をすすりながら言う。

「政務で忙しい乱兄らんにぃに休暇をあげよう、って話です」

「……なるほど」

 一度は思考を放棄したものの、絡柳らくりゅうはそれだけで与羽が何を企んでいるのか察することができた。「恋愛成就大作戦」と言うのだから……。

「じゃぁ、同じ日に沙羅さらさんも休めるようにしないとな」

「その通りです」

 与羽は満足げにほほえんだ。その笑みに先ほど見せた邪気はない。

「あと欲を言えば、お休みは二日とか三日とかあった方がいいんじゃないかって――」

「確かに」

 絡柳は既に姿勢をただし、仕事用の顔をしている。

「それで俺のところに来たわけか。――卯龍うりゅうさんや大斗だいとには話したのか?」

「まずは絡柳先輩の協力を得てからかなと思いました」

「協力する。当たり前だ。乱舞は月に一日くらいしか休みがないんだからな」

「……私でも政務は勤まると思いますか?」

「そこまでやる気なのか……。まぁ、安心しろ。辰海たつみ君と俺がいれば何とでもなる。とりあえず、乱舞らんぶが必要な仕事を先に済ませ、その二、三日には城主の承認が必要ないことや、日常業務のみを残すよう手配する。――これでいいか?」

 絡柳は既に帳面を出して予定を書きなおしはじめている。彼は中州城主である乱舞の側近中の側近だ。城主の予定の管理も、ある程度は絡柳が指図している。
 五、六年後には乱舞と絡柳と大斗の三人がこの小国――中州を支えていくことになるのだろう。

「ありがとうございます」

 与羽は頭を下げた。

「冬に祖父孝行をした次は、兄孝行というわけだな」

 帳面をめくりながら、絡柳は笑みを浮かべている。

「別にそう言うわけじゃないですけど……」

 与羽はなぜか不機嫌そうに言葉を濁した。

「ただのいたずらですよ」

 おそらく照れを隠そうとしているのだろう。

「俺はこういういたずら好きだぞ」

「それなら良かったです」

 与羽がほっと息をつき、我慢できなかったのか、その口元をにやりと吊り上げた。鋭くとがった犬歯を見せながら意地悪く笑う与羽の姿は不安を感じさせるが、今回の標的は絡柳ではない。だから、絡柳も同じように笑みを浮かべた。

「やってやりましょう。『乱兄! 沙羅さん! 両思いなんだから、早く結婚しちゃえ! 大作戦』」

 そう、彼女の作戦は普段政務で忙しくて、会うことすらままならない男女に想いを通わせる時間をあげようと言う、なんともほほえましい「いたずら」だった。そレを実行するために、与羽は絡柳を訪れて協力を求め、乱舞が休んでいる間は自分が城主代理として政務に就くことまで考えている。心やさしく、時折突飛なことをやってのける与羽だからこそ許されるおせっかいだろう。

「ちなみに、絡柳先輩には想い人とかいないんですか?」

 そして、彼女の「いたずら」は、絡柳をも標的にしようとしているらしかった。野性味を帯びた絡柳の笑みがこわばったが、それも一瞬のこと。

「俺は官吏としてやりたいことがたくさんある。何よりもそれが優先だ」

 不意を突かれたものの、答えの決まった質問だ。
 絡柳は与羽の質問に答えることよりもむしろ、「お前はどうなんだ?」と言いたい気持ちをこらえなければならなかった。与羽は自分に寄せられている幼馴染の好意に気づいていないのだろうか? 彼が隠したがっているのは知っている。しかし、城下町中に周知されているのは間違いない。きっと、中州城主の恋路以上に……。

「先輩って地位があって顔もいいのに、全然色恋の話がないですよね」

 彼女の表情は「つまらない」と言っていた。自分の事を棚に上げてそんな態度をとる与羽に、絡柳は眉根を寄せた。与羽をたしなめることもできるが、少しからかってみたい欲求もある。

「じゃあ、お前が俺の嫁になるか?」

 試しに、そんなことを口走ってみた。

「はえっ!?」

 与羽の目が大きく見開かれる。絡柳は大臣で、上級武官位も持っていて、強さと賢さを兼ね備えた素晴らしい人間だ。しかも、それに驕らず、努力を欠かさない。高い理想とそれを実現するための道筋を一歩ずつ歩む堅実さを持っている。尊敬できるし、好きでもある。しかし――。

 ――「そんなことまったく考えたことなかった」って顔をしているな。

「冗談だ。お前も俺をからかうのはやめろ」

 絡柳は笑った。与羽の反応は予想以上にうぶだった。この感じでは、きっと自分に向けられた好意にも気づいていないのだろう。もしくは、気づいていてもそれが「恋心」だと理解していないか。
「恋」を知らない与羽が、「恋愛成就大作戦」を成功させられるのか少し不安だ。しかし、それは絡柳にも言えるのかもしれない。

「作戦の主旨は、乱舞に休みを与える。恋愛成就するかどうかは、乱舞の手腕に任せる。そんな感じでいいのか?」

 恋路自体には、下手に手を出さない方が賢明だろう。

「……はい、そんな感じで」

 与羽の答えは歯切れ悪い。まだ先ほどの「冗談」を真に受けているようだ。

「『嫁になるか?』と聞いたのは、本当に冗談だからな」

 一応言葉を足しておくことにした。

「わかってますよ。先輩は仕事が恋人だって、みんな言ってますもん。ちょっとびっくりしただけです」

 与羽の顔が徐々に見慣れた仏頂面になってきた。照れ隠しか、本当に機嫌を損ねたのかはわからないが。

「『仕事が恋人』……。あながち間違ってないかもな。俺には残さないといけない家がないし、自分の血よりも官吏としての成果を後世に繋ぎたい。そう考えれば、確かに合っている」

 絡柳は深く頷いた。

 ――だが、お前の場合はそうじゃないだろう?

 気分転換に残っていたお茶を一気にあおる与羽に、絡柳は内心で問いかけた。彼女は今年で十八。中州では結婚していてもまったくおかしくない年齢。

 しかし、もちろん答えは無い。

「難儀しそうだな」

 絡柳は目の前の与羽にすら聞こえないよう、小さく小さくつぶやいた。
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