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  外伝 - 終章

終章二節 - 恋心と牽制

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「『知らない』はそっけなさ過ぎでしょー!」

 その背中に飛びついたのは、吉宮実砂菜よしみや みさなだ。千斗せんとは文句を言うでもなく、当たり前のようにその抱擁ほうようを受け入れている。彼らの仲が良いのは知っていたが、この距離感――。辰海たつみは千斗と実砂菜が恋人同士であることに気づいて驚いた。

 そして、与羽ようが言っていたことを思い出す。

 ――もっといろんな人と話すのが良い。

 彼女の言う通りだ。辰海は長い時間共に過ごしてきた学友たちのことを知らなさすぎる。

「りんご切れたでー!」
「みかんもむいてー」
「それは自分でむきなー」

 漫才のように明るく会話を交わす赤銅せきどうあすかと竜胆咲子りんどう さきこはきっと親友同士なのだろう。

「ここ、皮残ってね?」

 そう冷やかす黒曜仁こくよう じんは、彼女たちのどちらかに気があるのだろうか?

 春本しゅんぼんなどないと言っているにもかかわらず、本棚を物色し続ける魚目風来うおめ ふうらいはお調子者だ。人のことよりも自分の楽しさを優先する点は与羽と似ているかもしれないが、与羽ほど思いやりがない分迷惑な存在。

「本はちゃんとあった場所に戻すんだよ」

 それを監視するように睨みつけながら不機嫌な声で言う暮波来夢くれなみ らいむは、面倒見良く見える。

 好みの物語本を見つけて読み始めている双子の少女に、部屋の隅で何をするべきか迷いながらおろおろしている神官見習いの少年。辰海の知恵を盗もうと本をめくる、狡猾こうかつな文官準吏じゅんりの同期もいる。他にも、たくさん。本当ににぎやかだ。

「はい」

 ラメが食べやすい大きさに切り分けられたりんごを載せた小皿を持ってきてくれた。

「与羽は?」

「やっぱり少し頭が痛むみたいだったから、野火のび君に託してきちゃった」

 辰海の問いに答えるラメ。与羽はいなくなってしまったのか。少し寂しい。しかし、周りにはまだたくさんの学友がいる。彼らをおいて与羽を追いかけるわけにはいかないだろう。

「そう言えばアメ」

 辰海はりんごを一かけら口に運びながら親友を見た。学友たちは思い思いに辰海の部屋を楽しみ、彼の周りにいるのはアメとラメの二人だけだ。

「君が僕に言ってくれたこと。その通りだったよ」

「……どの話だろう?」

 アメは首をかしげている。辰海にはたくさんの話をしてきたから。

「ほら、僕が与羽のこと好きなんじゃないのって話」

古狐ふるぎつね君、与羽のこと好きなの!?」

 アメとラメだけに聞こえるよう、小さな声で話したつもりだった。しかし、年頃の男女の耳は恋愛話を聞き逃さない。

「え? なんて?」
「やっぱりなー」
「与羽のこと好きって?」
「いつ告白するのー?」

 どっと少年少女たちが辰海の周りに押し寄せた。離れた場所を物色していた学友までもがものすごい勢いで辰海の寝室に押し入ってくる。

「あの、えっと」

 予想外の展開に、辰海は目を白黒させた。

「お似合いお似合い」
「早いところコクって玉砕しようぜ!」
「玉砕はないでしょ」

 それぞれが思い思いのことを口走っている。

「いつ告白するの?」

「まだしばらくは……」

 辰海は正直に答えた。自分が与羽にふさわしい男になれたと確信するまで、この気持ちは秘めておくつもりだ。
 与羽は太陽のように明るくて、元気で、やさしくて。辰海を励ましてくれる。まだまだ与羽に対する劣等感は消えていない。自分に自信が持てるようになったら、与羽みたいになれたら、与羽を守れる力を身につけられたら、一切の引け目なく与羽の隣に立てる日が来たら――。そうしたら、この気持ちを与羽に伝えるのだ。

「そんなこと言ってたら誰かに先を越されるぞ」

「……そんなことさせない」

 辰海は低い声で言って、周りに集まる面々を――特に男子たちをにらみつけた。

「させないから」

 冗談ではなくそうけん制した。

「こえーよ」

 誰かがそう呟く。

「目標があるのはいいことだよ。僕は応援してる」

 場を和ませるようにアメが笑顔を見せた。

「ありがとう。君に許婚いいなずけがいてよかったよ」

 同期で出自が良く、性格も良い。そんなアメが恋敵こいがたきにならないのは本当にありがたい。

「それは笑えない冗談」

 笑顔の辰海に冷静な声でつっこみを入れたのは実砂菜だ。

「そうかもね、……ふふ」

 実砂菜の言葉がおもしろくて、辰海は口元に手を当てて笑い声を漏らした。

「ご機嫌じゃん」
「病気じゃなかったのかよ」
「あれか、恋の病的な?」

「ここ最近、ずっと僕の様子がおかしかったから、寝るようにって与羽が。おかげでだいぶ良くなったかな。あ、もちろん、お見舞いに来てくれた君たちのおかげもあるよ。ありがとう、僕に会いに来てくれて」

 辰海は気恥ずかしさで顔を隠したくなるのをこらえて、周りに集まった友人たちに笑いかけた。

「あのツンツンした古狐が俺たちのために笑ってるぅぅ!???」

 叫び声をあげたのは誰だろうか。

「ごめんね。ここ数ヶ月は君たちにも嫌な思いをさせたと思う」

 辰海が素直に謝罪した。

「その前から辰海クンはツンツンしてたけどね。与羽にべったりで、ボクたちにはそっけない。そっけないどころか、ボクたちが与羽に悪さをしないかずーっと見張ってるような感じ」

「そ、そんなつもりはなかったんだけど」

 辰海は暮波来夢の言葉に慌てて弁明しながらアメを見た。困ったように笑って顔をかく彼は、来夢の言葉に賛同も否定もしない。もしかすると、本当に辰海は周りの人々に冷たく尖った印象を与え続けていたのかもしれない。
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