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  外伝 - 第六章 炎狐と龍姫

六章九節 - 未来の目標

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与羽ようはすごいよ。中州のお姫様なのに、僕のために命をけてくれた。でも、もうこんなことあって欲しくないと思う」

 与羽は辰海たつみが想像していた以上に強くて、やさしくて、そして危なっかしい。逆の立場だったら、きっと辰海は与羽を守るために飛び出せていないだろう。しかし、与羽のために命をはれる人間になりたい。もしかしたら、またいつか与羽が捨て身で飛び出すことがあるかもしれない。その時こそは、辰海が与羽を守るのだ。

「今の僕じゃ、与羽には全然かなわないけど、いつか与羽をちゃんと守れるようになりたいんだ」

「辰海も十分すごいと思うぞ」

 相槌あいづちを打ちながら頷いていた太一たいちが口を開いた。

「そんなことないよ」

 辰海は力無い声で否定したが、太一は首を横に振っている。

「確かに与羽もすごいけど、辰海もすごいさ。種類が違うだけで、それぞれに優れた才能を持っている。与羽は感受性豊かで、人の喜怒哀楽を自分のもののように感じて人に寄り添える。愛国心が強くて、仲間を想う気持ちも強い。辰海は賢くて真面目で努力家で、間違いなく官吏向きの能力を持っている。今はまだ準吏じゅんりだけど、将来的には部下から頼られる良い大臣になれると思う」

「…………」

 そうなのだろうか? 辰海は自分に問いかけた。太一の言う辰海の将来像は自分が求めている姿なのか、とも。

「僕は、大臣になりたいのかな……?」

 そして、その不安を口にした。

「なりたくないのか?」

「……わからない。官吏になるのは、僕にとって一番無難で、太一の言う通り僕の能力にあった生き方だと思うけど、無難で最適なものが最善ってわけじゃないでしょ?」

 もし違う生き方があるのなら、それを選んでみたいという欲望がある。与羽みたいに自由に生きられたら――。

「他に、やりたいことがあるのか?」

 しかし、その問いに対して明確な答えを出せないのも事実だ。

「わからない」

 辰海は同じ答えを繰り返した。

「でも、自分の将来を考えた時、大好きな人がそばにいてくれたらいいなとは思う……」

 ためらいがちな告白。

「それは、与羽と夫婦になりたいということか?」

 あえて与羽の名を出さなかった辰海だが、太一にはわかったようだ。しかし、それは辰海にとって予想外すぎる問いかけだった。全身の血が突然沸き立ったかのような焦りに、辰海ははっと顔を上げた。

「え? ち、ちが……。いや、ちがわ――」

 自分でも何を言おうとしているのかわからない。ほんの数秒前まで暗く沈んでいたはずの感情は、羞恥心に塗りつぶされていた。

「辰海が与羽のことばかり話すからもしやと思ったけど、図星だったか。俺は辰海と与羽はお似合いだと思うぞ。うまくお互いを補って高め合える関係だと思う」

 太一は慌てた様子の辰海を好意的に見ている。主の恋路も、もちろん応援するつもりだ。

「いや、僕なんて!」

 辰海は強い口調で否定した。

「僕は与羽に嫉妬してばかりで、与羽にけがをさせちゃったし、わがままだし、劣等感が強いし、与羽にはふさわしくないよ」

「じゃあ、これからの目標は『与羽にふさわしい男になること』だな」

「そんな……」

 言い返そうとして、辰海は言葉を詰まらせた。できることなら辰海もそれを目指したい。しかし、それは可能なことなのだろうか。今の欠点だらけの自分が、与羽と釣り合う人間になれるのか……。

「辰海が諦めたら、与羽は十年もしないうちに他の男に嫁ぐことになると思うぞ。辰海はそれでいいのか?」

 脅すような問いかけで、辰海の脳裏に何人かの男性が浮かんだ。与羽に剣術を教えている大斗だいと絡柳らくりゅう、学友たち、家柄が良く与羽と年頃の近い少年たち――。目の前にいる太一だって与羽の夫候補に入っているはずだ。自分以外の誰かが与羽と結ばれる……。

「それは……、やだ」

 駄々だだをこねる子どものようだと思いつつも、辰海はそう答えるしかなかった。

「それならやるしかないはずだろう?」

 太一は辰海に決断を迫りながら、ゆっくりと主人ににじり寄った。その両手が辰海の肩をつかむ。

「辰海の考える与羽の伴侶はんりょにふさわしい人間はどんな人だ?」

 何も言えずにいる辰海に、太一は厳しい口調で問いかけた。この質問の答えは簡単だ。

「……中州で一番の男だよ」

 辰海は答えた。目の前にある乳兄弟の顔から目をそらしながら。

「具体的には? それは中州の官吏? 富豪? 他国の有力者? 与羽にはどこでどんな生活をして欲しい?」

「与羽は中州と城下町が好きだから、ずっと城下町で暮らしてほしい。衣食住には困って欲しくないから、ある程度身分と役職のある人。そう考えると、城で働く国官が最善なんだと思う。その中でも上級官吏。でも、それだけじゃダメだ。与羽を心から愛していて、与羽も心から愛し返せるような、人徳があって、与羽を大切にしていて、強い信頼関係を築いて――。あとは……」

 何があるだろう? 考え込むように口を閉じた辰海と代わるように、今度は太一が口を開いた。

「その条件なら辰海も目指せるんじゃないか?」

 両肩をつかむ太一の力は強い。

「僕は――」

「やってみる価値はあると思うぞ。自信を持て、辰海! 少なくとも俺は、与羽の伴侶はお前が最適だと思っている。身内としてのひいき目なしにだ」

 太一は辰海が否定的な単語を口にする前に、さらに言葉を足した。

「そう、かな……」

 辰海の表情には、かすかな喜びが見えた。

「そうだとも。辰海は与羽の性格や好みを良く知っているし、今の辰海は与羽を大切にしたいと考えているし、与羽が好きなんだろう? 家柄が良く、大臣を目指せるほど賢くて有能だ。顔も良いし、旦那様が長身だから背もきっとこれから伸びるだろう。
 それに俺は、辰海に挑戦する前から諦めてほしくないんだ。辰海ならできると確信しているから。何か困難にぶち当たったら、俺も協力する」

 太一は自分の袖をまくり上げて、力こぶを作ってみせた。そのしぐさはなぜか与羽と被って見えて――。辰海は気恥ずかしさに口元を緩めた。
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