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外伝 - 第五章 武術大会
五章八節 - 雛の実力
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絡柳の試合に特筆すべき点はない。
開始の合図直後に相手の武器が宙を舞い、観戦者が反射的にそれを目で追った瞬間には、勝負がついていた。すでに絡柳が持つ二本の木刀が、相手の首筋と胸に突き付けられていたのだ。
武官準吏でもない年下相手だとしても、驚くべき実力差と言えるだろう。その場にいたほとんどすべての人々があ然として、勝負がついたことにすらすぐには気づけなかった。
「絡柳先輩、今のどうやったんですか?」
試合終了後、与羽は相手をやすやすと武装解除させた方法を尋ねた。
「人体の動かし方と構造を理解して、その隙をつくんだ」
しかし、返ってきたのは難しそうな言葉。絡柳は運動神経だけでなく、頭脳も武器にして戦っているらしい。
「また今度詳しく教えてやる」
できれば今すぐ知りたかったが、きっと複雑な説明が必要なのだろう。与羽の試合時間も迫っている。
しぶしぶ臨んだ四試合目の相手は、今まで当たった子どもたちに比べれば年上で剣術の経験もあった。しかし、絡柳に見られている脅迫にも似た緊張感があり、自分でも満足できる無駄のない身のこなしで勝利できた。
「よくやった」と絡柳が音を立てずに手を叩きながら、にっこりほほえんでくれている。憧れの師に褒められ、与羽も心から喜びの笑みを浮かべた。先ほどまでの不満が吹き飛ぶほどに。
しかし、大斗がいればこう言っていただろう。
――今日はただの余興だよ。明日以降が勝負でしょ? と。
武道大会二日目からは、本格的に武官準吏の参加がはじまる。本番はこれから。武官である大斗にすれば、まだはじまってさえいないのだ。
二日目は初戦から十代後半の少年と当たった。準吏ではないものの、すでに道場で十年以上竹刀を振ってきた実力者だそうだ。
しかし彼には油断があった。それはそうだろう。いくら今日まで勝ち進んでいるとはいえ、相手は十一歳の小柄な少女なのだ。しかも、左右に脇差を持つという、奇妙な構えをした。
「二刀ってのはなぁ、一刀が扱えてやっとものになるんだぞ」
相手はあからさまではないものの、わずかに嘲笑を浮かべているように見える。
与羽は審判の合図があるまで両手の脇差をきつく握りしめていた。
「はじめ!」
審判の合図が下る。
しかし、お互い動かない。
――頭に血がのぼれば、冷静な判断ができなくなるぞ。
絡柳の忠告を思い出して、一度深く息を吐き出した。相手は油断した隙のある様子で、そんな与羽を見ている。
「せっかく隙を見せてやってるんだからこいよ」
そんな挑発に乗るほど与羽は単純ではない。しかし、にらみ合いの状況を打開する方法が浮かばないのも事実だ。しかたなく、今回はその言葉に甘えることにした。まっすぐ飛びかかり、右の脇差を真横に振る。しかし、それは縦に構えた木刀に簡単に受け止められる。はずだった。
少女の片腕の攻撃など、受け流す必要もなくまっすぐ止めれば良い。相手はそう考えて防御したのだろう。しかし、与羽の攻撃は受け止めるはずの刀身の上をなめらかに滑っていったのだ。流れる水を斬ろうとしたような、気持ち悪い感触に相手は一瞬身を引いた。与羽はその重心移動を見逃さなかった。
脇腹に左から与羽の脇差が斬り上げられる。
慌てて防御しながら、少年は数歩後ずさった。与羽がそれを追う。相手はそれに短い足払いを仕掛けてけん制した。追撃されるのを嫌ったのだろう。常人ならば反射的に距離をとる場面。しかし、与羽はそれを冷静に飛び越えて距離を詰めた。舞うように軽やかな足取りは絡柳や華奈から教わったものだ。
攻撃の瞬間以外、ほとんど足を踏ん張っていなかったのも幸いした。どれだけ力を込めても、小柄な与羽の細腕で与えられる衝撃などしれている。それならば回避性と手数を増やす。逃げてかわして、小さな攻撃で相手の流れを乱す。大斗に叩き込まれた立ち回り。
風水円舞を踏襲した動きは、与羽の身軽さを最大限に引き出してくれた。
「ちょこまかとっ!」
攻撃をことごとく受け流され、いたる方向からの攻撃を受け、少年はいらだちの声を出している。
良い傾向だ。与羽の攻撃に焦れば、相手の動きは雑になる。もし勢いあまってつんのめったり、大きな隙を見せたりしたら、そこに全力の攻撃を加えてやればいい。それまで、与羽は翻弄を続けながら耐えるのだ。大斗のような強い相手には通用しないが、今の与羽にできる戦術がこれしかないのならば、最善を尽くして行けるところまで進むしかない。
与羽は袈裟がけに振り下ろされた攻撃を剣先で反らしながら二歩引いた。さらに追撃してくる切り返しをよけて、鋭い突きを胴に。しかし、かするだけ。
そうしているうちに、頭を狙った攻撃をかわしきれずに、与羽のほほを木刀がかすめた。
「隙ありだ」
軽い痛みと恐怖にひるんだ与羽へ、さらに蹴りが襲い掛かる。
それを木刀の根元で受け直撃は防いだが、受け流すには至らなかった。わずかに後ろに跳んで威力を殺したものの、その場にうずくまりそうになるほどの痛みと衝撃がある。
「勝負あったようだな!」
相手が武器を振り上げるのが見えた。
「っ……、まだっ!」
与羽は着物が汚れるのも気にせず、横に転がって振り下ろされた刀を回避した。
その時、予期せず相手のわき腹があいているのが見えた。そこに死に物狂いで回し蹴りを叩き込む。と同時に無理矢理飛び起きて、与羽は相手の胸の中心に木刀を突き付けた。
実力的には相手の方が上だったろう。ただ、相手が少し与羽を侮ったおかげで思いがけない隙を見つけられた。運による勝利と言える。
勝負あり。与羽の勝ちなのだが、蹴りをくらってひるんだ相手もすでに攻撃態勢に入っていた。
与羽が木刀を突き付け勝ちを確信した次の瞬間、大きく横なぎに迫る木刀が見えた。完全に不意打ちだった。しゃがんだり相手から離れたりしてかわすにも、受け止めるにも時間がない。与羽ができたのは、わずかにそちらに背を向け、胸や腹をかばうことだけ。重心移動で威力を減らそうともしたが、そちらは全くと言っていいほど意味をなさなかった。
刃がつぶされいるとはいえ、木の棒で叩かれるのだ。与羽は受け身をとりつつも、その場に倒れた。
開始の合図直後に相手の武器が宙を舞い、観戦者が反射的にそれを目で追った瞬間には、勝負がついていた。すでに絡柳が持つ二本の木刀が、相手の首筋と胸に突き付けられていたのだ。
武官準吏でもない年下相手だとしても、驚くべき実力差と言えるだろう。その場にいたほとんどすべての人々があ然として、勝負がついたことにすらすぐには気づけなかった。
「絡柳先輩、今のどうやったんですか?」
試合終了後、与羽は相手をやすやすと武装解除させた方法を尋ねた。
「人体の動かし方と構造を理解して、その隙をつくんだ」
しかし、返ってきたのは難しそうな言葉。絡柳は運動神経だけでなく、頭脳も武器にして戦っているらしい。
「また今度詳しく教えてやる」
できれば今すぐ知りたかったが、きっと複雑な説明が必要なのだろう。与羽の試合時間も迫っている。
しぶしぶ臨んだ四試合目の相手は、今まで当たった子どもたちに比べれば年上で剣術の経験もあった。しかし、絡柳に見られている脅迫にも似た緊張感があり、自分でも満足できる無駄のない身のこなしで勝利できた。
「よくやった」と絡柳が音を立てずに手を叩きながら、にっこりほほえんでくれている。憧れの師に褒められ、与羽も心から喜びの笑みを浮かべた。先ほどまでの不満が吹き飛ぶほどに。
しかし、大斗がいればこう言っていただろう。
――今日はただの余興だよ。明日以降が勝負でしょ? と。
武道大会二日目からは、本格的に武官準吏の参加がはじまる。本番はこれから。武官である大斗にすれば、まだはじまってさえいないのだ。
二日目は初戦から十代後半の少年と当たった。準吏ではないものの、すでに道場で十年以上竹刀を振ってきた実力者だそうだ。
しかし彼には油断があった。それはそうだろう。いくら今日まで勝ち進んでいるとはいえ、相手は十一歳の小柄な少女なのだ。しかも、左右に脇差を持つという、奇妙な構えをした。
「二刀ってのはなぁ、一刀が扱えてやっとものになるんだぞ」
相手はあからさまではないものの、わずかに嘲笑を浮かべているように見える。
与羽は審判の合図があるまで両手の脇差をきつく握りしめていた。
「はじめ!」
審判の合図が下る。
しかし、お互い動かない。
――頭に血がのぼれば、冷静な判断ができなくなるぞ。
絡柳の忠告を思い出して、一度深く息を吐き出した。相手は油断した隙のある様子で、そんな与羽を見ている。
「せっかく隙を見せてやってるんだからこいよ」
そんな挑発に乗るほど与羽は単純ではない。しかし、にらみ合いの状況を打開する方法が浮かばないのも事実だ。しかたなく、今回はその言葉に甘えることにした。まっすぐ飛びかかり、右の脇差を真横に振る。しかし、それは縦に構えた木刀に簡単に受け止められる。はずだった。
少女の片腕の攻撃など、受け流す必要もなくまっすぐ止めれば良い。相手はそう考えて防御したのだろう。しかし、与羽の攻撃は受け止めるはずの刀身の上をなめらかに滑っていったのだ。流れる水を斬ろうとしたような、気持ち悪い感触に相手は一瞬身を引いた。与羽はその重心移動を見逃さなかった。
脇腹に左から与羽の脇差が斬り上げられる。
慌てて防御しながら、少年は数歩後ずさった。与羽がそれを追う。相手はそれに短い足払いを仕掛けてけん制した。追撃されるのを嫌ったのだろう。常人ならば反射的に距離をとる場面。しかし、与羽はそれを冷静に飛び越えて距離を詰めた。舞うように軽やかな足取りは絡柳や華奈から教わったものだ。
攻撃の瞬間以外、ほとんど足を踏ん張っていなかったのも幸いした。どれだけ力を込めても、小柄な与羽の細腕で与えられる衝撃などしれている。それならば回避性と手数を増やす。逃げてかわして、小さな攻撃で相手の流れを乱す。大斗に叩き込まれた立ち回り。
風水円舞を踏襲した動きは、与羽の身軽さを最大限に引き出してくれた。
「ちょこまかとっ!」
攻撃をことごとく受け流され、いたる方向からの攻撃を受け、少年はいらだちの声を出している。
良い傾向だ。与羽の攻撃に焦れば、相手の動きは雑になる。もし勢いあまってつんのめったり、大きな隙を見せたりしたら、そこに全力の攻撃を加えてやればいい。それまで、与羽は翻弄を続けながら耐えるのだ。大斗のような強い相手には通用しないが、今の与羽にできる戦術がこれしかないのならば、最善を尽くして行けるところまで進むしかない。
与羽は袈裟がけに振り下ろされた攻撃を剣先で反らしながら二歩引いた。さらに追撃してくる切り返しをよけて、鋭い突きを胴に。しかし、かするだけ。
そうしているうちに、頭を狙った攻撃をかわしきれずに、与羽のほほを木刀がかすめた。
「隙ありだ」
軽い痛みと恐怖にひるんだ与羽へ、さらに蹴りが襲い掛かる。
それを木刀の根元で受け直撃は防いだが、受け流すには至らなかった。わずかに後ろに跳んで威力を殺したものの、その場にうずくまりそうになるほどの痛みと衝撃がある。
「勝負あったようだな!」
相手が武器を振り上げるのが見えた。
「っ……、まだっ!」
与羽は着物が汚れるのも気にせず、横に転がって振り下ろされた刀を回避した。
その時、予期せず相手のわき腹があいているのが見えた。そこに死に物狂いで回し蹴りを叩き込む。と同時に無理矢理飛び起きて、与羽は相手の胸の中心に木刀を突き付けた。
実力的には相手の方が上だったろう。ただ、相手が少し与羽を侮ったおかげで思いがけない隙を見つけられた。運による勝利と言える。
勝負あり。与羽の勝ちなのだが、蹴りをくらってひるんだ相手もすでに攻撃態勢に入っていた。
与羽が木刀を突き付け勝ちを確信した次の瞬間、大きく横なぎに迫る木刀が見えた。完全に不意打ちだった。しゃがんだり相手から離れたりしてかわすにも、受け止めるにも時間がない。与羽ができたのは、わずかにそちらに背を向け、胸や腹をかばうことだけ。重心移動で威力を減らそうともしたが、そちらは全くと言っていいほど意味をなさなかった。
刃がつぶされいるとはいえ、木の棒で叩かれるのだ。与羽は受け身をとりつつも、その場に倒れた。
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