上 下
140 / 201
  外伝 - 第四章 文官登用試験

四章四節 - 四次試験

しおりを挟む
  * * *

 辰海たつみとアメ、時々太一たいちやラメを交えた文官登用四次試験は順調に進んだ。辰海は無言で不機嫌なことも多かったが、それでも自分がやるべき作業は完璧にやり切っていたし、アメが裏で与羽ように助言を求めていることを察しつつもそのことには一切触れなかった。

「結局、僕のやりたかった課題は、ほとんど全部辰海に手伝ってもらっちゃったな」

 四次試験の通過を確認した日、アメはお礼の品を持って辰海の部屋を訪れていた。

「いいよ別に」

 辰海はそっけないが、ひと月前よりは少し表情が柔らかくなったように見える。アメと話すことで、以前の辰海を取り戻しつつあればいいのだが。

「辰海は一緒にやったやつのほかに何か提出したの?」

 試験結果は点数の高い順に掲示され、一位が古狐ふるぎつね辰海、二位が漏日天雨もれひ てんうだった。多くの課題を共にこなし、アメ個人で提出した課題もある。にもかかわらず辰海の方が上ということは、アメの知らないところで辰海も追加の成果物を提出したのだ。

朝議ちょうぎの議事録と書写、あとは課題の目録にはなかったけど、歴史書の索引を提出したよ」

「『歴史書の索引』?」

 アメは詳細を聞こうと繰り返した。

「いつ何があったか、どの律令が何年に施行されたかとか、過去を確認したいときに歴史書を一冊一冊見るのは手間だから、重要な出来事が起こった年月日をまとめた書籍を提出したんだよ。『戦と外交』『人事と行事』『律令と政策』『災害と事故と事件』『都市と経済』の五項目に分けて。昔から同じようなものを作って使ってたんだけど、それをさらに推敲して清書したやつを課題として出した」

 表情は乏しいものの、丁寧にわかりやすく教えてくれる様子は、かつての辰海そのままだ。

「なるほど。それがあるから、辰海の調べ物はすごく早いんだね!」

 だから、アメは安心して彼と話せる。

「君は他に何を出したの?」

 今度は辰海がアメの提出した課題について尋ねた。彼から話題を振ってくるのは珍しい。

「気になる?」

 アメはニヤリと笑った。

「一応聞いておきたい」

 眉間に深くしわを刻みつつも、辰海の答えは正直だった。筆頭文官家の跡取りとして、好敵手ライバルの動向は無視できないのだろう。

「僕が追加で提出したのは一つだけだよ。課題の一覧には載ってないんだけど、ほら、僕は漏日の人間だからさ」

「…………」

 もったいぶるようなアメの言葉を、辰海は視線で促した。

「僕が提出したのは、『文官登用試験受験者の人事評価と四次試験および五次試験通過者上位五位予想』」

「!」

 アメの答えに、辰海の表情が険しくなった。辰海は自身の態度が、官吏として良い評価を受けないと自覚しているのだ。アメはそう確信した。

「四次試験を上位で合格しそうな人に絞って調査したとはいえ、結構大変だったよ。連絡して、空き時間に会いに行って、一緒に課題に取り組んだり、情報交換したりしながら人となりを確認して――。僕は漏日だから、官吏になった後のことを考えて断る人はいなかったし、みんなすごく良くしてくれたけど」

 しかし、アメはあえて辰海の様子に触れず、自分の苦労だけを話した。

「……そう」

 辰海は短く相槌を打っている。それ以上の言葉はない。

「城下町出身の人はもちろんだけど、中州北部の銀工町ぎんくまち銀山ぎんざん出身の受験者も結構練度が高そうだったな」

 彼の反応を確認しながらも、アメは話し続けている。

「そりゃあさ、今年は『ひいらぎ』がいるから地方勢が上位に食い込んでくるのは確定なんだけど、それ以外の地方文官家出身者はもちろん、文官の二世や三世、商家や地主の子どもなんかも意外と四次試験まで残ってるんだよね。昔の官吏は城下町出身者がほとんどだったように思うけど、最近は地方出身の人もどんどん増えてきてるみたい」

「……そう」

 やはり辰海の相槌はそっけない。

「……僕の話、おもしろくない?」

 アメは眉を下げて首を傾げた。

「そんなことはないけど。…………」

 アメの不安を否定したあと、辰海は口を開いて、閉じた。何か言おうとしてためらったようだ。

「じゃあなに?」

 アメは辰海の言葉を促した。できるだけ穏やかに。彼の感情を逆なでないように。

「君の話は学びがあって、興味深くて、とてもおもしろいよ」

 辰海の語気が少しだけやさしくなった。いや、力を失って弱々しくなったという表現の方が正しいかもしれない。

「けど、たぶん……。いや、だからこそ、受け取り手の僕に、問題があるんだと、思う……」

 重そうに口を開いて絞り出された声。それは、辰海が自分の非を認める言葉だった。彼が今まで決して口にしなかった内容。

「辰海……」

 彼の中で、なにか心境の変化があったのだろうか。四次試験の緊張から解き放たれて、少しだけ心が緩んでいるのかもしれない。どちらにしても好機だ。

「僕は、君が言う『問題』を知りたい」
しおりを挟む

処理中です...