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  外伝 - 第四章 文官登用試験

四章一節 - 試験中の訪問者

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【第四章 文官登用試験】


「ねぇ、辰海たつみ

 文官登用試験四次試験が始まって数日後、古狐ふるぎつね家を訪ねてくる者がいた。

「なに? 君の訪問を許可した覚えはないけど」

 辰海は童顔の学友を見た。

与羽よう太一たいちとおしゃべりしに来たついでだよ」

 初夏の暑さをまぎらわせるために開けた戸口からのぞいているのはアメこと漏日天雨もれひ てんう。辰海の不機嫌をまったく気にすることなく、人懐っこい笑みを浮かべている。

「四次試験がはじまってるのに、悠長だね」

 四次試験は一ヶ月間にわたる長期戦だ。文官試験の場合は二十四の課題が発表され、その中から自分の興味や適性と合うものをいくつか選んで取り組む。課題の内容は、祭事や土木工事の運営・計画案、地方都市や他国との交易案や、国内産業の発展予測、過去に起こった大きな災害や事故の対処を評価して改善点をあげたり、実際に文官たちが会議する朝議ちょうぎに参加してその議事録を付けたりする内容もある。気に入った課題がなければ、自ら課題を作成して取り組むことも可能だ。いくつ課題をこなすか、それぞれをどの程度掘り下げるか。自分の能力を出し切るには、一ヶ月の試験期間は長いようで、短い。

「なんで? 四次試験は誰かに助言や指導をもらっても問題ないんだよ? 与羽は僕とは違う視点で物事を考えてて、相談するとすごく勉強になるんだ。太一は今年の官吏登用試験を受けてるから、何か協力できればいいなと思うし」

 文官がひとりで仕事をすることはほとんどない。たいてい数人かそれ以上で組み、協力して一つのことを成し遂げる。協調性や集団内での役割も四次試験の評価対象になりうるのだ。

「辰海だって太一と相談するときあるでしょ?」

「ないよ」

 当たり前の確認をするようなアメの言葉を、辰海は冷たく否定した。辰海よりひと月先に生まれた乳兄弟ちきょうだい野火のび太一とは、最近あまり話していない。彼は与羽の話ばかりするから。

「せっかく同じ時期に試験を受けるんだから、助け合えばいいのに」

「そうだね」

 うなずく辰海の言葉には、全く心がこもっていなかった。ただ、話を合わせただけ。

「…………」

 アメの人懐っこい笑みがこわばった。

「……それでさ、辰海」

 しかし、ここに来た目的を達するために再び口を開く。

「いくつかの課題で僕と組まない? 君は古狐で僕は漏日。文官家としての役割が全然違うし、お互いに力になれると思うんだけど。どうかな?」

「……組まない」

 笑顔を作り直して勧誘するアメに、辰海の口から自然とそんな言葉が出た。

「なんで?」

 アメの眉間にしわが寄る。瞬時に消えた笑顔に、辰海は彼の気分を害したと確信した。

「…………」

 必要ないから。そういう気分じゃないから。

 とっさにいくつかの理由が浮かんだが、辰海はそれを口に出さなかった。「実際に官吏の仕事をするときは、そんな理由で断れないよね」と言う言葉で容易に論破されてしまうから。辰海とアメは同い歳でどちらも有名文官家の出身だ。文官として生きていく何十年間、共に協力して仕事にあたることになるだろう。それを試験中の今からやっておくのは、道理に合っている。間違いなく辰海にも利益がある。

「頭では良いことだってわかってる……。でも、どうしてもそういう気分になれないんだ」

 結局、辰海は素直に自分の気持ちを口にした。

「……あまり責めたくはないけど、辰海って本気で首席合格目指してるんだよね? そんな心持ちで大丈夫?」

 内容は厳しいが、アメの口調は辰海への気遣いに満ちている。

「それでも……、やり遂げてみせる」

「辰海」

 アメはため息交じりにその名を呼んだ。

「今の、――いや、数ヶ月前から君は冷静じゃないと思う。こんなこと言うと脅してるみたいだけど、僕の立場は十二分に理解してるよね?」

 アメの生家「漏日家」は、中州の人事を担う文官家だ。多才で、細部まで気が回り、そして何よりも人を見る観察眼に優れている。漏日直系官吏の不評を買うのは、官吏として生きる上で最も避けなくてはならない。

「わかってるけど、僕は――」

 それ以上は言葉が続かなかった。

「辰海が一生懸命なのは知ってる。頭が良くて、真面目なのも。でも、どんな秀才だって、ひとりでできることは限られてるんだ。冷静に考えてよ。君と一緒に未来の中州を支えたんだ」

 彼の言うことはすべて正しい。

「今の君は、自分のことしか考えてない。官吏を、大臣を目指すんなら、国のため、城主のためを一番に考えなきゃ」

 アメの言う通り。辰海が間違っているのだ。理解している。

「厳しいことを言うけれど、君が変わってくれなきゃ、僕は未来の漏日大臣として君とは仕事できない」

 アメの言葉が突き刺さる。

「…………」

 辰海は何も言えなかった。心が追い付かない。ただ、うつむくだけの沈黙。蒸し暑い空気に伝う汗をぬぐうことさえできない。
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