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外伝 - 第二章 龍姫と薙刀姫
二章一節 - 炎狐と行く春
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たくさんの葉を茂らせた柳が風を招き、咲きはじめのあじさいが雨はまだかと天を仰ぐ。日が長くなった水無月(六月)。与羽と辰海が距離をおくようになって二ヶ月。
与羽は以前と変わらない。いや、それ以上の落ち着きを取り戻していた。
動きやすさを優先した、膝丈の小袖を纏い、帯は柔らかい布を腰で蝶結びにしているだけ。高い位置で一つに束ねる髪型は、最近のお気に入りだ。両の掌には豆が増え、脇には勉強道具と一緒に使い込まれた竹刀が置かれていた。さらに明るさを増した彼女は、変わらず学友たちに囲まれて笑っている。
一方の辰海は、常に仏頂面で口数も少ない。話しかけに来る学友もいたが、辰海がほとんど相手をしないので、すぐに与羽や違う友人のところに行ってしまう。官吏登用試験開始まであと半月。その精神的な重圧に押しつぶされそうだった。
「…………」
与羽を見る辰海の目には憎しみと敵意がこもっている。自分はこんなに苦しいにもかかわらず、楽しそうな笑みを浮かべている与羽が気に入らない。
しかし、彼女は辰海の視線をほとんど無視していた。稀に辰海を見返すことがあっても、その顔に以前のような怯えはない。ただ少し困ったように笑いかけるだけ。敵意を感じていないのか、挑発しているのか。憐れむような彼女の顔はとても不愉快だった。嫌な気持ちになるなら与羽を見なければいいのに、それができない自分にも腹が立つ。
与羽から意識を離そうと、辰海は目の前の白紙を睨んだ。しかし、書くべきことは何も思い浮かばない。
「今日も道場に行くの?」
集中しようと思うのに、辰海の耳は学友たちの声を拾ってばかりいた。この声はアメだ。与羽に話しかけているのだろう。与羽とアメとラメ、そして辰海。以前は四人で遊んだり、勉強したりしていたが、すっかり辰海抜きで話すのに慣れてしまったようだ。
ズキリと、胸が痛んだ。この感情は寂しさだ。あの頃に戻りたい気持ちもある。しかし、それではいつまで経っても脇役のまま……。この孤独を乗り越えれば、きっと辰海が中心の明るい世界があると信じて今は耐えるしかない。辰海は痛む心にそう言い聞かせた。
「ん」
与羽が短く肯定する声が聞こえる。
「熱心だね」
「竹刀を振るんは楽しいから。色々考えんで済む。無心になれる」
与羽とアメはさらに言葉を交わしているが、声量を落としたようでそれ以降の会話は辰海の耳に届かなかった。きっと辰海に聞かせたくない話をしているのだろう。
辰海はぎゅっと強く目を閉じた。
その何かに耐えるような苦しげな顔を与羽は見ていた。幼馴染がつらそうだと、与羽も悲しい。何とかしてあげたいが、きっと今の彼に与羽が声をかけるのは逆効果になる。
「仲直りしようとは――?」
寂しそうな笑みを見せる与羽に、アメは声をひそめつつも、できるだけ明るい口調で尋ねた。
「向こうがそんなこと思わんでしょ」
しかし、答える与羽の声は不機嫌だ。辰海を気遣う表情から一転、眉間に小さくしわを寄せ、不満といらだちを見せている。与羽自身にも悪いところがあったのだろうし、今の辰海は心配だ。しかし、相談すらなく急に避けるやり方に、怒りを感じる自分もいる。与羽の内心も複雑だった。
「ごめん、嫌なこと聞いたね」
「大丈夫」
与羽は小さく首を横に振った。
「でも、そう言うならアメももっと辰海を気にかけてあげて欲しい」
それも与羽の不満の一つだ。
与羽は以前と変わらない。いや、それ以上の落ち着きを取り戻していた。
動きやすさを優先した、膝丈の小袖を纏い、帯は柔らかい布を腰で蝶結びにしているだけ。高い位置で一つに束ねる髪型は、最近のお気に入りだ。両の掌には豆が増え、脇には勉強道具と一緒に使い込まれた竹刀が置かれていた。さらに明るさを増した彼女は、変わらず学友たちに囲まれて笑っている。
一方の辰海は、常に仏頂面で口数も少ない。話しかけに来る学友もいたが、辰海がほとんど相手をしないので、すぐに与羽や違う友人のところに行ってしまう。官吏登用試験開始まであと半月。その精神的な重圧に押しつぶされそうだった。
「…………」
与羽を見る辰海の目には憎しみと敵意がこもっている。自分はこんなに苦しいにもかかわらず、楽しそうな笑みを浮かべている与羽が気に入らない。
しかし、彼女は辰海の視線をほとんど無視していた。稀に辰海を見返すことがあっても、その顔に以前のような怯えはない。ただ少し困ったように笑いかけるだけ。敵意を感じていないのか、挑発しているのか。憐れむような彼女の顔はとても不愉快だった。嫌な気持ちになるなら与羽を見なければいいのに、それができない自分にも腹が立つ。
与羽から意識を離そうと、辰海は目の前の白紙を睨んだ。しかし、書くべきことは何も思い浮かばない。
「今日も道場に行くの?」
集中しようと思うのに、辰海の耳は学友たちの声を拾ってばかりいた。この声はアメだ。与羽に話しかけているのだろう。与羽とアメとラメ、そして辰海。以前は四人で遊んだり、勉強したりしていたが、すっかり辰海抜きで話すのに慣れてしまったようだ。
ズキリと、胸が痛んだ。この感情は寂しさだ。あの頃に戻りたい気持ちもある。しかし、それではいつまで経っても脇役のまま……。この孤独を乗り越えれば、きっと辰海が中心の明るい世界があると信じて今は耐えるしかない。辰海は痛む心にそう言い聞かせた。
「ん」
与羽が短く肯定する声が聞こえる。
「熱心だね」
「竹刀を振るんは楽しいから。色々考えんで済む。無心になれる」
与羽とアメはさらに言葉を交わしているが、声量を落としたようでそれ以降の会話は辰海の耳に届かなかった。きっと辰海に聞かせたくない話をしているのだろう。
辰海はぎゅっと強く目を閉じた。
その何かに耐えるような苦しげな顔を与羽は見ていた。幼馴染がつらそうだと、与羽も悲しい。何とかしてあげたいが、きっと今の彼に与羽が声をかけるのは逆効果になる。
「仲直りしようとは――?」
寂しそうな笑みを見せる与羽に、アメは声をひそめつつも、できるだけ明るい口調で尋ねた。
「向こうがそんなこと思わんでしょ」
しかし、答える与羽の声は不機嫌だ。辰海を気遣う表情から一転、眉間に小さくしわを寄せ、不満といらだちを見せている。与羽自身にも悪いところがあったのだろうし、今の辰海は心配だ。しかし、相談すらなく急に避けるやり方に、怒りを感じる自分もいる。与羽の内心も複雑だった。
「ごめん、嫌なこと聞いたね」
「大丈夫」
与羽は小さく首を横に振った。
「でも、そう言うならアメももっと辰海を気にかけてあげて欲しい」
それも与羽の不満の一つだ。
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