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第三部 - 終章
終章三節 - 仲間と居場所
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絡柳と話せば話すほど、彼の言葉から読み取れる思いやり深い「性格」と厳しく冷酷な「態度」がちぐはぐに思えてくる。今でも相当な重荷がかかっているだろうに、彼はさらに比呼のことまで負おうとしてくれている。
「だろうな。お前は与羽やその取り巻きたちの中では随分と大人だ」
「色々な『現実』を見てきましたから」
「だな」
手元に視線を落とす絡柳の口元には、何かを噛み殺すような苦い笑みが浮かんでいた。彼自身もつらい経験をしてきたに違いない。
「庶民出身で大臣をやるのは大変ですか?」
「ものすごく大変だぞ」
比呼に苦笑の理由を当てられて、絡柳は顔を上げた。
「だが、地位を得た今は昔よりましだ。お前が『現実』を見てきたのなら、俺は『人の本性』を見てきた感じだな」
自分の苦労を冗談を言うような軽い口調で語れる彼は、とても強い。
「それ、僕の『現実』とほとんど同じ内容だと思いますよ」
絡柳に合わせて比呼も冗談で返した。与羽が聞けば笑えない冗談だと怒るかもしれないが、同じ地獄を見てきた者同士だからこそ通じるものもある。
「かもな。俺はたくさん人の汚い部分を見てきたが、乱舞や与羽のように心根が清い人がいることも知っている。だからこそ、彼らを守りたいと強く思うのかもしれない」
自分の手を汚しても。
絡柳にはその覚悟ができている。それは比呼も同様だ。自分たちが汚れることで、彼らを守れるのなら――。
「僕も……、協力します。手を尽くして」
自分があのまばゆい光に染まることは、できないかもしれない。しかし、それを守って、その隣に立つことならできる。闇を払って、彼女たちの希望がもっと遠くへ届くように――。
「感謝する」
邪気のない笑みを浮かべて差し出された絡柳の手を、比呼は強く握り返した。
今までは、この世界に馴染むことで精一杯だった。しかし、やっと今、与羽やこの国を守る仲間の一員になれたような気がする。
「じゃあ、俺は帰るぞ」
しかし、比呼が喜びに浸る間もなく、絡柳は立ち上がった。
「え、もうですか?」
「なんだ? まだ俺と話したいことがあるのか?」
絡柳はおもしろがるように片眉を上げて比呼を見ている。
「いや、そういうわけではないですけど……」
彼は本当に忙しい人なのだ。比呼も腰を上げた。
「お前の素性を知らない者からすれば、俺とお前はほとんど面識のない赤の他人だ。あまり長居すると怪しいだろう?」
「……そうですね」
比呼は絡柳を玄関まで案内しながらうなずいた。
「あれ? もういいの?」
玄関近くの居間に待機していた凪は、二人を見て首をかしげている。
「おう、邪魔してるぜ」
その斜め向かいでくつろぐのは雷乱だ。
「雷乱、来てたんだね」
「昨日助けたガキの親が、ごちそう食わせてくれるって言うから行こうぜ」
そのために比呼と絡柳を呼びにきたらしい。雷乱は機嫌良さそうに説明して立ち上がった。
「俺は大したことをしていないし、忙しいから遠慮しておく」
しかし、絡柳は雷乱の提案に難色を示している。
「そう言うなよ。お前今日休みなんだろ? 城の官吏から聞いたぜ」
逃がさないとばかりに、雷乱の丸太のように太い腕が絡柳の首に巻き付いた。なぜか比呼の首元にも。
「どうせお前自分でメシ作らねぇだろうし、一食浮くならお得じゃねぇか」
「失敬な。俺は炊事も掃除も洗濯も一通りこなせる」
「はいはい。できても忙しいとかなんとか言ってやらないなら一緒だろ?」
怪力の雷乱は、力任せに二人を玄関へ引きずった。何とか履物を履くことはできたが、それ以上の抵抗は不可能だ。もちろん、二人に全力の抵抗をする気がないというのもあるが……。
「凪!」
雷乱に連れ去られながら比呼は叫んだ。
「あの……、ちょっと雷乱たちとごはん食べてくるから!」
「うん」
凪はにっこり笑っている。
「行ってきます!」
そう大きく手を振った。
「いってらっしゃい」
再会を約束する良いあいさつだ。
「おい、お前らいい加減自分の足で歩け」
「お前が無理やり引っ張るからだろう」
絡柳が雷乱の脇腹に肘を叩きこんだ。さほど力を入れていないので、雷乱にはほとんど効いていないが。
「あはは、ごめんね」
前に向き直りながら比呼は笑う。雪の残る城下町は、眩しくて美しい。
――ここが、僕の新しい居場所。
【第三部:袖ひちて 完】
【次:真終章 - 龍姫の帰還】→
「だろうな。お前は与羽やその取り巻きたちの中では随分と大人だ」
「色々な『現実』を見てきましたから」
「だな」
手元に視線を落とす絡柳の口元には、何かを噛み殺すような苦い笑みが浮かんでいた。彼自身もつらい経験をしてきたに違いない。
「庶民出身で大臣をやるのは大変ですか?」
「ものすごく大変だぞ」
比呼に苦笑の理由を当てられて、絡柳は顔を上げた。
「だが、地位を得た今は昔よりましだ。お前が『現実』を見てきたのなら、俺は『人の本性』を見てきた感じだな」
自分の苦労を冗談を言うような軽い口調で語れる彼は、とても強い。
「それ、僕の『現実』とほとんど同じ内容だと思いますよ」
絡柳に合わせて比呼も冗談で返した。与羽が聞けば笑えない冗談だと怒るかもしれないが、同じ地獄を見てきた者同士だからこそ通じるものもある。
「かもな。俺はたくさん人の汚い部分を見てきたが、乱舞や与羽のように心根が清い人がいることも知っている。だからこそ、彼らを守りたいと強く思うのかもしれない」
自分の手を汚しても。
絡柳にはその覚悟ができている。それは比呼も同様だ。自分たちが汚れることで、彼らを守れるのなら――。
「僕も……、協力します。手を尽くして」
自分があのまばゆい光に染まることは、できないかもしれない。しかし、それを守って、その隣に立つことならできる。闇を払って、彼女たちの希望がもっと遠くへ届くように――。
「感謝する」
邪気のない笑みを浮かべて差し出された絡柳の手を、比呼は強く握り返した。
今までは、この世界に馴染むことで精一杯だった。しかし、やっと今、与羽やこの国を守る仲間の一員になれたような気がする。
「じゃあ、俺は帰るぞ」
しかし、比呼が喜びに浸る間もなく、絡柳は立ち上がった。
「え、もうですか?」
「なんだ? まだ俺と話したいことがあるのか?」
絡柳はおもしろがるように片眉を上げて比呼を見ている。
「いや、そういうわけではないですけど……」
彼は本当に忙しい人なのだ。比呼も腰を上げた。
「お前の素性を知らない者からすれば、俺とお前はほとんど面識のない赤の他人だ。あまり長居すると怪しいだろう?」
「……そうですね」
比呼は絡柳を玄関まで案内しながらうなずいた。
「あれ? もういいの?」
玄関近くの居間に待機していた凪は、二人を見て首をかしげている。
「おう、邪魔してるぜ」
その斜め向かいでくつろぐのは雷乱だ。
「雷乱、来てたんだね」
「昨日助けたガキの親が、ごちそう食わせてくれるって言うから行こうぜ」
そのために比呼と絡柳を呼びにきたらしい。雷乱は機嫌良さそうに説明して立ち上がった。
「俺は大したことをしていないし、忙しいから遠慮しておく」
しかし、絡柳は雷乱の提案に難色を示している。
「そう言うなよ。お前今日休みなんだろ? 城の官吏から聞いたぜ」
逃がさないとばかりに、雷乱の丸太のように太い腕が絡柳の首に巻き付いた。なぜか比呼の首元にも。
「どうせお前自分でメシ作らねぇだろうし、一食浮くならお得じゃねぇか」
「失敬な。俺は炊事も掃除も洗濯も一通りこなせる」
「はいはい。できても忙しいとかなんとか言ってやらないなら一緒だろ?」
怪力の雷乱は、力任せに二人を玄関へ引きずった。何とか履物を履くことはできたが、それ以上の抵抗は不可能だ。もちろん、二人に全力の抵抗をする気がないというのもあるが……。
「凪!」
雷乱に連れ去られながら比呼は叫んだ。
「あの……、ちょっと雷乱たちとごはん食べてくるから!」
「うん」
凪はにっこり笑っている。
「行ってきます!」
そう大きく手を振った。
「いってらっしゃい」
再会を約束する良いあいさつだ。
「おい、お前らいい加減自分の足で歩け」
「お前が無理やり引っ張るからだろう」
絡柳が雷乱の脇腹に肘を叩きこんだ。さほど力を入れていないので、雷乱にはほとんど効いていないが。
「あはは、ごめんね」
前に向き直りながら比呼は笑う。雪の残る城下町は、眩しくて美しい。
――ここが、僕の新しい居場所。
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