上 下
96 / 201
  第三部 - 一章 雪花舞う

柚子茶と九鬼千斗[4]

しおりを挟む
千斗せんと大斗だいとが迷惑をかけてないかい?」

 再び比呼ひこを見た数子かずこは、すでに先ほどまでのやさしいおばさんに戻っている。

「いえ、全然」

 比呼は首を横に振った。むしろ彼らがいてくれてありがたい。そのおかげで比呼はこうして暮らせるのだから。

「ならいいんだけど、大斗はけんかっ早いし、千斗は無口だし、付き合いにくいかもしれないからねぇ……」

「二人とも良い人ですよ」

 比呼は心の底からそう言った。

「あんたも噂より良い人そうねぇ」

 数子の目が、わらを編んで作った長靴から、ナギの父親のものだというはかま羽織はおり、寒がりな比呼のために香子かおるこ綿わたを足してくれた暖かな上着と順番に見ていく。腰まである一つに束ねた長髪と中性的な顔を見て、大きくうなずいた。

「うわさ、ですか……」

 彼女の口ぶりからして、あまりいい内容ではなさそうだ。

華金かきん出身で山賊に襲われて倒れとったところを凪ちゃんと与羽ようちゃんに助けてもらったのに、酔ったか何かした拍子に与羽ちゃんにけがさせて、一ヶ月くらい牢に入っていたとか……」

「……それはすべて事実です。与羽さんがとてもやさしい人で命拾いしました」

 比呼はうつむいて小さくなった。

「あんたおもしろいこと言うねぇ。与羽ちゃんにけがさせたくらいで死罪になっとったら、大斗なんか千回は殺されとるわ」

 数子は「はっはっはっ」と豪快に笑っている。人の好き嫌いが激しく皮肉屋な大斗や、無表情な千斗と違って、初対面でも親しみやすい人だ。

「牢に入れられたって言うからとんでもない奴かと思ったけど、悪い人には見えんねぇ。凪ちゃんを脅したり、騙したりして、薬師くすし家に居ついとるわけでもなさそうだし」

 比呼は城下町の人々にそんな風に思われていたのか。

「たしかに昔の僕は無知で、中州の価値基準では悪い人だったのかもしれません……。でも、今はそれを許してくれた与羽や元罪人を居候いそうろうさせてくれる薬師家の役に立ちたいんです」

 比呼はまっすぐ顔を上げて、自分の希望を語った。

「べっぴんさんだと思ったけど、そうやってりりしい顔をすると男の子だねぇ」

 数子はうんうんとうなずいている。

「お客さんがあんたのことを知らんのに悪く言っとるようなら言い返しておくよ」

「……ありがとうございます」

 味方が一人増えた。

「呼び止めて悪かったね。気を付けてお帰り。ゆずも生姜しょうがも、他にも必要なものがあればできる限り仕入れるからね!」

「はい! とても助かります」

 比呼は笑顔でうなずいて踵を返した。大通りを西へ。薬師家へ帰らなければ。最後に一度振り返ると、それに目ざとく気づいた数子が手を振ってくれる。比呼はそれに大きく手を振り返して、再び顔を前に戻した。

 少しずつ、一歩ずつ、この町になじんでいくのだ。
しおりを挟む

処理中です...