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  第二部 - 四章 龍と龍姫

四章四節 - 龍の待つ山

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 一行は再び進みはじめた。速度を上げ、普段はあたりの警戒を優先する大斗だいとでさえも、枯れ川を掃く作業に集中している。

 空にはどんな考えがあるのだろうか。与羽ようは急かされるままに腕を動かしながら思案した。ここから龍山まではまだ半分近い道のりがある。それなのに急ぐ理由は――。まさか。

「空?」

 与羽は荒く枯れ川を探り出しながら先へ先へと進んでいる神官に呼びかけた。

「あなたたちは迷わないよう、きれいに川の落ち葉を掃き出してください」

 しかし、彼は良く響く声でそう指示を出すのみだ。釈然としないが、先を急ぎたいのは与羽も同様なので素直に従うことにした。

 空はどんどん進んでいく。与羽、大斗、実砂菜みさなの三人で川を掃き清めても追いつけない。真冬であるにもかかわらず、与羽の額に汗がにじんだ。

「そろそろ時間だけど」

 日がさらに傾きはじめたころ、大斗がはるか前方にいる空に向かって叫んだ。

「何をそんなに急いでるわけ?」

 そう言いながら足早に歩み寄っていく。

 空は小さく肩で息をしながら、前方を指さした。彼に追いついた大斗が見たのは、落ち葉の先に見える枯れ川だ。おそらく足元にある川とつながっているもの。それならばなぜ、向こう側の枯れ川が落ち葉に覆われていないのか。答えは一つしかない。

「与羽姫の選択は大正解でしたね」

 駆け寄ってくる与羽に、空はほほえみかけた。

「た……つ?」

 姿は見えないが、この川の先にいると確信できた。

辰海たつみ!」

「待ちなよ」

 走りだそうとした与羽の手首を大斗がすばやくつかむ。その腕をさらに抑えたのは空だ。

「行かせてあげてもいいのでは? 川をたどるだけです。迷うことはありません。それとも、この先に古狐ふるぎつね文官がいるとわかっているのに、後戻りする気ですか?」

 空の口調は穏やかだが、どこか挑発するような響きもある。

「この先に古狐がいるって知ってたの?」

「……予感はしていました。根拠はありませんが」

 大斗は空を睨みすえた。神域に入る提案も、枯れ川を辿る策も、先ほどの賭けも、全て彼の計画通りだったのだろう。辰海が失踪してから今までずっと、彼の手のひらの上で転がされていた気分だ。

「俺が今この手を放して与羽に何かあったら、お前は責任とれるわけ?」

「構いませんよ。すべてわたしのせいだと水月すいげつ大臣や老主人、中州城主に説明して、命を差し出せばよいですか? お好きなようにしてください」

 答える空の声は軽かった。

「しかし、絶対にそんなことにはなりませんよ。神は与羽姫に危害を加えたりしませんから」

 はったりなのか、本当に確信があるのか。本心がまったく読めないのは不愉快だが、その度胸には好感が持てる。弓の腕も。

「全部計算ずくでやってるなら、とんだ腹黒神官だよ」

 大斗はそう吐き捨てて川上を見た。実砂菜が落ち葉を払いのけ、こちら側と向こう側の枯れ川を繋ごうとしている。彼女が箒を大きく動かすたびに、背負っている錫杖しゃくじょうがしゃらしゃら鳴った。

「ミサ、何やってんの?」

 彼女も与羽を行かせるつもりなのだろうか。

「辰海くんが千斗せんとで与羽が私なら、やっぱり行きたいかなと思って」

 実砂菜はのろけ話をするときのように「えへへ」と笑った。

「お義兄にいさまも同じだと思うんだけどなぁ。この先で大切な人が助けを求めてるって思ったら駆け出すでしょ?」

「俺の仲間に、誰かに助けを求めるような弱いやつはいないよ」

 大斗は不遜ふそんな態度で目を細めて、つんとあごをあげた。

「嘘つき~。誰だって常に強くいられるわけじゃないって、知ってるくせに。普段は強気なのにふとした拍子に弱いところを見せる人、お義兄さま大好きじゃん。与羽もそうだし、ほらお義兄さまがよくちょっかいかけてる一鬼かずき道場の――」

「その話はいいよ」

 大斗は大きな掌を振って、義妹のおしゃべりを遮った。やはり、彼女と話していると調子が狂う。弟は良い女性を見つけたものだ。こぼれそうになる笑みを大きなため息でごまかして、大斗は与羽の手首を解放した。

「え……?」

 与羽は困惑した表情で大斗の顔を見た。

「……日暮れまでに戻りたい。急ぎなよ」

 大斗はあごで枯れ川の先を指す。

「あ……」

「もちろん、俺もついていくけどさ」

 それでも迷った表情を浮かべる与羽の背を大斗は軽く押した。よろよろと数歩進んだ与羽の目の前には龍山がそびえている。与羽はその大きな山を見上げた。この先に、辰海がいる。

「あ、ありがとうございます」

 与羽はぎこちない足取りで駆けだした。
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