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第二部 - 三章 龍の領域
三章八節 - 龍姫の舞
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与羽は一つ一つ丁寧に時間をかけて、龍神神話になぞらえた舞を踊っていった。中州で最も有名な「水龍の舞」は「風水円舞」とも呼ばれ、水や風の流れを表す円の動きを多用している。神官や官吏、庶民までもがさまざまな派生の舞を生み出し、中州では武術にも応用されるほど広く知られている。与羽は誰にも止められない水の流れになって、両腕を振り、体を回した。やさしく大地を潤す流れになれば、身を縮めて高く飛び上がり、荒れ狂う水となる。命をはぐくみ、命を奪う。中州の人々にとっては、この流れ自体が神だ。
しばらく水になりきったあと、ふいに与羽は体の動きを止めた。右足を胸につきそうなほど大きく折り曲げ、左手を天にかざし、右手を耳の横へ。ここから先は、突然の豪雨におびえる人々とそれを助ける神を表現した舞になる。
いや、それは本当だろうか。与羽は片足を挙げた不安定な構えのまま思案した。確かに与羽にこの舞を教えた女性神官は、「雨の舞」と呼んでいた。しかし、もしかしたら別の解釈ができるかもしれない。与羽は頭上に掲げた指の間から漏れる月光にそう思った。
――もしこれを、「雨の舞」ではなく、「月光の舞」と考えるなら……。
与羽は膝を折った。できる限り小さくその場にうずくまる。そしてゆっくりと片手を挙げた。月光を遮るように、目の前にその手をかざす。このあとは本来ならば雨粒をよけるように、すばやく前後左右に移動する。しかし、与羽はあえて低い姿勢のまま緩急をつけて動いた。白く冷たい月の光に恐れをなすように。何度も何度も頭上に手をかざし、月光を遮った。
そうしていると、雲が出てきたようで、ふいにあたりが暗くなった。それに合わせて、与羽は身を低くした自分の頭上に手をかざした。「雨の舞」では龍神様が傘を差し出し、人々を守ってくれたと言われる描写だ。月光の場合は、誰が守ってくれるのだろう?
与羽は舞の流れ通りに顔を上向けた。薄い雲の切れ端が月にかかっている。短い雲はすぐに流れ、再び白い光があたりに射した。
「もうそのへんにしたら?」
いつの間にか、大斗が近くに立っていた。与羽が動きを止めるのを見計らって声をかけたらしい。
「でも――」
舞は途中だ。
「お前まで神域に呼ばれたら困る」
そう言われてはっとした。辰海はいなくなる前、神前舞踊の囃子を吹いていたと言う。神のために舞う与羽も、同様に見初められたら――。神域に呼んでもらえるなら、願ったりかなったりだ。
しかし、大斗はそれを良しとしていない。与羽が頭上に掲げたままの手を取って、無理やり立たせた。
「指先、冷えすぎだよ。この時間でも起きてる使用人がいるはずだから、湯を沸かしてもらうと良い」
彼はすでに与羽を屋内に連れ戻す気でいる。大斗に手を引かれながら、与羽は高い塀の先にある神域の森を見た。葉を落とした細い枝が音もなく揺れている。あの動きは与羽を呼んでくれているのだろうか、それともただの風か。
わからない。わからないということは、きっと呼ばれていないのだろう。
「もう十分舞っただろう? お前が休まないと俺も寝られないんだよ」
不機嫌な声に促されて、静かな広間へ押し込まれた。障子窓から月光が淡く入っている。
大斗が囲炉裏の灰に埋められた炭の燃えかすから火種を取って、燭台にあかりをともしてくれた。土間に呼びかけて、湯を頼む声も聞こえる。与羽は小さな炎に手をかざして指先を温めた。辰海は凍えていないだろうか。火を起こせるものを持っていれば良いが。いや、辰海は賢いから、たとえ火打ち石を持っていなくても、その場にあるものでなんとでもできるはずだ。
凍える指を組み合わせて、そう信じた。
しばらく水になりきったあと、ふいに与羽は体の動きを止めた。右足を胸につきそうなほど大きく折り曲げ、左手を天にかざし、右手を耳の横へ。ここから先は、突然の豪雨におびえる人々とそれを助ける神を表現した舞になる。
いや、それは本当だろうか。与羽は片足を挙げた不安定な構えのまま思案した。確かに与羽にこの舞を教えた女性神官は、「雨の舞」と呼んでいた。しかし、もしかしたら別の解釈ができるかもしれない。与羽は頭上に掲げた指の間から漏れる月光にそう思った。
――もしこれを、「雨の舞」ではなく、「月光の舞」と考えるなら……。
与羽は膝を折った。できる限り小さくその場にうずくまる。そしてゆっくりと片手を挙げた。月光を遮るように、目の前にその手をかざす。このあとは本来ならば雨粒をよけるように、すばやく前後左右に移動する。しかし、与羽はあえて低い姿勢のまま緩急をつけて動いた。白く冷たい月の光に恐れをなすように。何度も何度も頭上に手をかざし、月光を遮った。
そうしていると、雲が出てきたようで、ふいにあたりが暗くなった。それに合わせて、与羽は身を低くした自分の頭上に手をかざした。「雨の舞」では龍神様が傘を差し出し、人々を守ってくれたと言われる描写だ。月光の場合は、誰が守ってくれるのだろう?
与羽は舞の流れ通りに顔を上向けた。薄い雲の切れ端が月にかかっている。短い雲はすぐに流れ、再び白い光があたりに射した。
「もうそのへんにしたら?」
いつの間にか、大斗が近くに立っていた。与羽が動きを止めるのを見計らって声をかけたらしい。
「でも――」
舞は途中だ。
「お前まで神域に呼ばれたら困る」
そう言われてはっとした。辰海はいなくなる前、神前舞踊の囃子を吹いていたと言う。神のために舞う与羽も、同様に見初められたら――。神域に呼んでもらえるなら、願ったりかなったりだ。
しかし、大斗はそれを良しとしていない。与羽が頭上に掲げたままの手を取って、無理やり立たせた。
「指先、冷えすぎだよ。この時間でも起きてる使用人がいるはずだから、湯を沸かしてもらうと良い」
彼はすでに与羽を屋内に連れ戻す気でいる。大斗に手を引かれながら、与羽は高い塀の先にある神域の森を見た。葉を落とした細い枝が音もなく揺れている。あの動きは与羽を呼んでくれているのだろうか、それともただの風か。
わからない。わからないということは、きっと呼ばれていないのだろう。
「もう十分舞っただろう? お前が休まないと俺も寝られないんだよ」
不機嫌な声に促されて、静かな広間へ押し込まれた。障子窓から月光が淡く入っている。
大斗が囲炉裏の灰に埋められた炭の燃えかすから火種を取って、燭台にあかりをともしてくれた。土間に呼びかけて、湯を頼む声も聞こえる。与羽は小さな炎に手をかざして指先を温めた。辰海は凍えていないだろうか。火を起こせるものを持っていれば良いが。いや、辰海は賢いから、たとえ火打ち石を持っていなくても、その場にあるものでなんとでもできるはずだ。
凍える指を組み合わせて、そう信じた。
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