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  第一部 - 二章 華金王の影

二章五節 - 龍姫の懇願

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 舌を噛みきる隙も与えないほど、暗鬼あんきの頭は強く地面に押さえつけられた。片腕も背中で固定され、下手にもがこうとすれば肩が外れること間違いなしだ。
 すでに周りは二刀を構えた青年や雷乱らいらんが囲み、目の前には膝に手を突いて肩で息をするナギもいる。

 肩を犠牲に抜け出し凪を盾にすれば――。いや、凪はしょせん町娘。城主一族の命との交渉材料にはならない。

「いったい、どうしたの? ユリ?」

 今来たばかりで状況の判断ができていない凪が周りの面々を見ながらそう問う。暗鬼は知る由もなかったが、彼女にはここにいる雷乱を除いた青年二人が高位の官吏であることを知っていた。

「なんか、毒のせいで錯乱したっぽい」

 それにいち早く答えたのは与羽ようだ。

「な!」「お前!」「なに言ってんの?」と周りの人々は一斉に異を唱えるが、与羽はいたって真面目な顔をしている。

「そう言うことにできませんか?」

 与羽は二刀を構える青年を見た。彼は刀の一本をしまい、眉間を揉んだ。

「確かに死刑にはしないと言ったし、それを覆すつもりもないがな……。罰を軽くするのと、罪を軽くするのはまったく違う話だ」

「罪を軽くするんじゃなくて、もともと毒草で錯乱しとったところを、私や雷乱、絡柳らくりゅう先輩が過剰防衛したせいでああなっただけじゃん」

 絡柳と言うのは与羽が交渉している青年の名前か。

「お前、殺される寸前だったのによくそんなことが言えるな」

 絡柳の言葉には怒気がこもっている。もっともだと暗鬼も内心うなずいた。彼女がいくらお人よしでも、自分の首に刀を突きつけた男をここまでかばうのはおかしい。

「雷乱の刀は切れ味が悪いから、あの距離から勢いをつけずに私の首をかき切るなんて無理じゃもん。振りをつけて斬ろうとしたら、いくらでも逃げることはできました」

「それは、終わったからこそ言える『結果論』でしかない」

「むぅ~……」

 与羽は言い返す言葉が見つからないのだろう。眉間に小さなしわを寄せて唸った。

乱兄らんにぃは?」

 そして、兄である中州城主をうかがう。彼は、すでにそれまでいた部屋から出て、少し離れ場所から様子を見ていた。

「大きなけがを負った人はいないから、実際の被害はない。でも、与羽に危害を加えようとしたのは事実だし、僕は中州城主一族の暗殺を命じられた間者が中州にまぎれていると言う情報を得ている」

 暗鬼の行動は華金でもごくごく一部の人しか知らないはずだが、中州の情報力は驚くほど高いらしい。

「君がそうだとすれば、被害だけ見て不問とはできない」

 彼の言葉は正しい。与羽だけは不服そうにしているが、周りも城主の判断に従う姿勢だ。

大斗だいと、彼に縄をかけて奥屋敷の空き部屋へ。監視は十二分にしてほしいけど、騒ぎを大きくしたくない。一次対処は今ここにいる人だけでやってほしい」

 しかしその後の城主の判断は疑問だった。城主一族の命を狙う暗殺者への対応ならば、城中の武官を集めて堅牢な牢に放り込むものではないか。ただ、その疑問はすぐに解けた。

「与羽。これが今の僕にできる最大の譲歩だよ」

 城主は暗鬼を案ずる妹を見て、はっきりとそう言った。
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