上 下
11 / 201
  第一部 - 二章 華金王の影

二章四節 - 暗殺者の判断

しおりを挟む
「これ、さ。あんたにかなり不利じゃない? たとえ私を殺せたとしても、その次の瞬間にはあんた自身の首が飛ぶよ?」

 確かにそうかもしれない。暗鬼あんきと距離を取る青年は油断なく刀を構え、何かあればすぐに暗鬼を始末する雰囲気だ。その横で構える雷乱らいらんも侮れない。刀こそ暗鬼が奪い取ったが、彼の長身と筋骨隆々な体はそれ自体が武器だ。

 与羽ようを殺す前に青年を倒し、その後与羽と部屋の奥に見える城主と言う手順なら? 暗鬼は策を巡らせた。
 ここは屋敷の奥なのでまだ騒動は公になっていないだろうが、それでも隠れてうかがっている者はいるはずなので、舞行まいゆきはすでにどこかに避難しはじめているかもしれない。膠着状態に見えるが、時間がたてばたつほど暗鬼に不利になっていく――。

「投降しないか?」

 相対する青年が尋ねてくる。

「手柄無しじゃ帰れない」

 暗鬼はきっぱりと言った。このまま無抵抗に捕まった方が楽なのではないかと思ったが、今まで刷り込まれてきた意識がそれを許さない。

「諦めが悪いな。まぁ、私はそういう人好きじゃけど……」
「今なら姫の温情で死刑は免れると思うぞ」

 二人が言う。このままだと、かなりの高確率で作戦は失敗する。暗鬼の国では、作戦失敗すなわち死だ。ここで諦めれば、命は助かると彼らは言う。しかし――。

「生きても死んでも変わらない人間に、『死ななくて済む』なんて言っても、全く響かない」

 足の下の与羽ようがわずかに身じろぎした気がした。抜け出そうと言う動きではない。暗鬼の冷めた言葉に動揺したようだった。彼女は「死んだ方がマシ」な世界で生きたことがないのだろう。

「生きとった方が、絶対楽しいに決まっとるじゃん……」

 与羽が小さく言うのが聞こえた。ふと、脳裏に彼女の笑顔がよぎる。出会うたびに城下町を案内してくれた与羽。

 ――ダメだ。

 暗鬼は意図的にその想像をかき消した。毒で熱があるせいか、精神がわずかに乱れている。今の状況打破に全神経をかけなければ……。

 集中しなおした暗鬼の耳に足音が聞こえた。城の応援か。いよいよ時間がない。

「なぁ、命乞いってできる?」

 与羽がそんなことを尋ねてくる。

「無理」

 彼女は標的の一人だ。見逃すことはできない。

「私を見て」

 そう言われても見る気はない。相対する青年や雷乱、部屋の奥から無言でこちらをうかがう城主へ注意を向け続けないといけない。

「お前が華金かきんで雇われているのと同じ金額を中州が払うと言ったらどうだ?」

 青年は武力で威嚇しつつも、交渉の道を提示してくれる。

「僕が裏切ったと華金に知れれば、華金は中州に攻撃を加える。その取引が中州の利益になるとは思えない」

 暗鬼に残された選択肢は、何としてもこの暗殺を成功させ、華金に帰ることなのだ。成功の可能性がわずかにでもある限りは、諦められない。

「利益はあるさ。与羽が助かる」

「ユリ君さ、自分の命を軽んじる風な言葉を言う割には、今この状況をなんとかして生き残るのに必死よね。生きたいなら、投降するのが確実じゃん」

 与羽は何を言っているのだろう。領主一族に悪意を持って危害を加えたものは、例外なく死罪だ。彼らは命は助けると言って投降を促し、実際に投降したら無力化した暗鬼を始末するに決まっている。生き残るならば、彼らを殺し国に帰るしかない。この場から逃げ出しても命は助かるが、華金と中州の二国から追われる立場になるのは、死ぬのと大して変わらない。

「お前もしかして、投降すれば殺されると思ってんのか?」

 雷乱は暗鬼の思考を察して言った。

「オレは華金の武家出身で元捕虜だが、普通にこうして生きてるぜ」

 意外な自己紹介だった。彼が華金出身なのは知っていたが、農民兵でもない武家出身の捕虜が国の姫を守る護衛官? どうかしている。

「あー、なるほど。それでお前はそんなに頑固なのか。俺もまだまだ勉強不足だな」

 青年はやや間の抜けた声を出した。

「中州で命は助けると言えば、本当に助ける。当たり前だ」

 そう肩をすくめた青年は明らかに隙がある。応援の足音もかなり近づき、もはや誰にでも聞こえる距離だ。それに安心したのかもしれない。
 しかし、これは好機。暗鬼が青年に向かって飛び出そうとした瞬間、側頭部に強い衝撃がはしった。そのまま勢いよく弾き飛ばされながら、状況を確認する。

 屋敷の屋根の縁からぶら下がる見知らぬ青年。いや、あの顔は城の警護で見たことがあるか?
 彼の体勢と状況からして、あの青年に側頭部を蹴る奇襲を受けたのだろう。屋根の上にずっと潜んでいたのか。まさか、積極的に暗鬼に交渉を持ちかけたのは、屋根に潜む彼に気付かせないようにするための作戦? 攻撃の隙を見せたのも、暗鬼の意識がそちらを向くように仕向けた罠?

 中州側の誤算は、その奇襲が暗鬼と与羽を引き離すことを一番の目的にしていた点。激しく脳を揺さぶられたものの、暗鬼の意識と判断力を奪うことはできなかった。

 蹴られた勢いのまま転がって、距離を取り、刀と小刀を構えなおす。
 しかし、屋根から飛び降りた青年の追撃は速い。抜身の刀が閃き、暗鬼の刀をはじきあげる。体勢を整えきれていなかった暗鬼の手から刀が離れた。与羽だけでもと彼女に向かって放った小刀は、素早く彼女の保護に走ったもう一人の青年に弾き落とされた。

 完敗だ。あまりに多勢に無勢すぎる。

 どこで失敗したのだろう。最後、与羽に向かって小刀を投げたのは完全に失敗だ。あんな武器でも持っていれば、もっと応戦できた。その前に迷わず与羽の首をかき切って、速攻を仕掛けるべきだったか。厠に案内させる前に与羽と雷乱を静かに始末しておくべきだったかもしれない。その前の舞行と凪しかなかった場面はどうだろう? 凪を利用せず、ひとりで城に忍び込み、順番に隙を突いていく方が良かったか。その前日、怪しまれても与羽に毒を盛った方が良かったのではないか。そもそも彼女の食い意地を利用して毒を盛ると言う作戦自体が愚かだったか……。毒を盛るのに失敗した時点で諦めて、次の策を考え直すべきだったのかも。

 暗鬼の脳裏に昨日から今までのことがよみがえる。何度かためらった。今は好機ではないと思った。そこの判断が違えば、こうはならなかったのかもしれない。

 もう、遅いが……。

「ユリ!」

 聞きなれた高い叫び声は、凪のもの。城からの応援だと思ったこちらにかけてくる足音は彼女のものだったらしい。全力で薬師家と城を往復してきたのだろう。激しく息をし、足元もおぼつかない様子だ。もし、彼女がこの場に来るまで持ちこたえていれば、彼女を利用して優位な状況が作り出せていたかもしれない。

「ごめん、凪……」

 地面に強く押さえつけられながら暗鬼が最後に口にしたのは、そんな言葉だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

子育て失敗の尻拭いは婚約者の務めではございません。

章槻雅希
ファンタジー
学院の卒業パーティで王太子は婚約者を断罪し、婚約破棄した。 真実の愛に目覚めた王太子が愛しい平民の少女を守るために断行した愚行。 破棄された令嬢は何も反論せずに退場する。彼女は疲れ切っていた。 そして一週間後、令嬢は国王に呼び出される。 けれど、その時すでにこの王国には終焉が訪れていた。 タグに「ざまぁ」を入れてはいますが、これざまぁというには重いかな……。 小説家になろう様にも投稿。

妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。

ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」  そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。  長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。  アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。  しかしアリーチェが18歳の時。  アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。  それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。  父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。  そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。  そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。  ──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──  アリーチェは行動を起こした。  もうあなたたちに情はない。   ───── ◇これは『ざまぁ』の話です。 ◇テンプレ [妹贔屓母] ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!

ひとまず一回ヤりましょう、公爵様5

木野 キノ子
ファンタジー
21世紀日本で、ヘドネという源氏名で娼婦業を営み、46歳で昇天…したと思ったら!! なんと中世風異世界の、借金だらけ名ばかり貴族の貴族令嬢に転生した!! 第二の人生、フィリーという名を付けられた、実年齢16歳、精神年齢還暦越えのおばはん元娼婦は、せっかくなので異世界無双…なんて面倒くさいことはいたしません。 小金持ちのイイ男捕まえて、エッチスローライフを満喫するぞ~…と思っていたら!! なぜか「救国の英雄」と呼ばれる公爵様に見初められ、求婚される…。 ハッキリ言って、イ・ヤ・だ!! なんでかって? だって嫉妬に狂った女どもが、わんさか湧いてくるんだもん!! そんな女の相手なんざ、前世だけで十分だっての。 とは言え、この公爵様…顔と体が私・フィリーの好みとドンピシャ!! 一体どうしたら、いいの~。 一人で勝手にどうでもいい悩みを抱えながらも、とりあえずヤると決意したフィリー。 独りよがりな妬み嫉みで、フィリーに噛みつこうとする人間達を、前世の経験と還暦越え故、身につけた図太さで乗り切りつつ、取り巻く人々の問題を解決していく。 しかし、解決すればまた別の問題が浮上するのが人生といふもの。 嫉妬に狂った女だけでもメンドくせぇのに、次から次へと、公爵家にまつわる珍事件?及びしがらみに巻き込まれることとなる…。 しかも今回…かなり腕のあるやつが、また出張ってきたから…ホントにも~。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

隣のカキ
ファンタジー
国家存亡の危機を救った英雄レイベルト。彼は幼馴染のエイミーと婚約していた。 婚約者を想い、幾つもの死線をくぐり抜けた英雄は戦後、結婚の約束を果たす為に生まれ故郷の街へと戻る。 しかし、戦争で負った傷も癒え切らぬままに故郷へと戻った彼は、信じられない光景を目の当たりにするのだった……

処理中です...