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  第一部 - 一章 中州の龍姫

一章五節 - 中州城侵入

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 与羽ように連れられて堀にかかる橋を渡る。年季の入った門柱にはところどころに焦げ跡が見えた。門の先にあるゆるやかな階段を登り、さらに生垣の間にある門をくぐる。その先は小さな庭で、足元には石が埋められ、右には松と背の低い植木。左はひらけており、さらに広い庭園につながっているようだ。
 正面には玄関。落ち着いた色合いの上質な木が使用され、見た目は質素ながらも立派な門構えだった。

 広い土間で履物を脱ぎ、磨かれた木の廊下を少し歩くと、目の前が開けた。中州城の庭園。広い庭の隅には、追いやられたように天守がひっそりたたずんでいる。
 どう見てもこの庭の主役は、柳だった。天守を隠すように植えられた柳は、長い年月そこにあったのだろう、たっぷりと地衣植物に覆われて、神々しくさえ見える。庭の中央部はなにもない。ただし、余分な草一本、小石一個としてなく、手入れが行き届いていた。

「ここがお城の庭で、この奥が謁見の間ね」

 謁見の間では今も仕事をしている官吏がいるのだろう。与羽は唇の前に指を立てて静かにするよう示しながら、ささやき声で紹介してくれた。暗鬼あんきは彼女と同じ静粛のしぐさをしてうなずいた。

 謁見の間から離れるために速足で廊下を抜ける。その間も暗鬼は好奇心いっぱいと言った様子で周囲を観察した。
 庭をコの字型に囲んで建物が並び、それぞれが渡殿わたどのでつながれている。各部屋は障子やふすまで仕切られ、縁側には板製の雨戸がしつらえてあった。華金でもよく見る書院造りの建築様式だ。

 天守は低いが、城自体が城下町のどこよりも高い位置にあるので、あそこに上がれば町全体が見渡せるだろう。耳を澄ますと、謁見の間で仕事をしているらしき人々の声が聞こえた。内容までは聞き取れなかったが……。

 しばらく進むと、与羽の足取りがゆっくりになった。官吏たちの仕事場を抜けたのだろう。おかげで、暗鬼はより一層城内を確認できるようになった。しかし、あまりおかしな動作はできない。暗鬼の後ろには辰海たつみが無言で従っている。くつろいで安心しきった様子の与羽とは対照的に、彼からは緊張が伝わってきた。まだ正体のわからない暗鬼を警戒している。

「ユリ君は、どこ出身なん?」

 庭を一周回って、建物の端に用意された休憩所に座ったところで、与羽がそう尋ねた。目の前には背の低い樹木や花が植えられ、風景を楽しみながら休めるようになっている。咲きはじめの丸い小菊が愛らしい。

 暗鬼は過去をたどるように、少し間を取った。そして、「名前もないほどの小さな村です」と答えた。

「数年前の戦で多くの男性が徴兵されていきました。僕は以前の徴兵で酷い傷を負っていたのと、女性のように華奢だったので、『不要』だと言われて村に残ったのですが……」

「華奢と言う割には結構筋肉ついとるみたいじゃけど」

「本当ですか!? これでもいなくなった父や叔父の分まで一生懸命耕したので、そう言っていただけると嬉しいです!」

 華金かきん王の「影」として体は鍛えてあるので、それを指摘されて内心驚いた暗鬼だったが、それを全く見せずに破顔した。

「ユリと言う名前は、女性っぽい名前を付けることで徴兵を逃れさせるためのものでもあったようです」

「戦のあと、徴兵された人は帰って来たん?」

 与羽の問いは好奇心によるものか、探りを入れているのか。心配そうに問う彼女の表情に裏があるようには見えない。

「傷を負ったものは帰ってきましたが、それ以外は――。帰ってきた者が言うには、他の戦や王都周辺の工事に連れて行かれたそうです」

「ふーん……」

 与羽は言って辰海を見た。

「華金ではそう言うことも、あるんだと思う」

 彼はそう答えた。

「女手とけが人だけでは村が立ち行かず、重い年貢にも苦しめられ……。村は……、消えました。僕は何とか逃げ出しましたが、結局盗賊に襲われてしまい、今は一文無しです」

 暗鬼は困ったように言って、首を横に振った。もちろん全て嘘だ。

「……むごいことも、あるもんじゃな」

 与羽はそれだけ言って口を閉じた。何かを考えているようにも見えるが、分からない。城で育った姫君に、暗鬼の話は衝撃的過ぎただろうか。しかし、これは華金で実際に起こりうる出来事だ。

「……ユリ君、中州に住む?」

「え?」

 唐突な問いに辰海と暗鬼の言葉が被る。

「城下町かどこかの村に空き家を探すくらいならしてあげられるけど。こうして会ったのも何かの縁じゃし」

「与羽、そう言うことはちゃんと官吏に」

 辰海がたしなめるが、与羽は「じゃ、話通しといて」と人任せだ。

「いいけど」

 しかし、少し怒った様子ながらもうなずく辰海は、彼女のそんな態度に慣れ切っているようだった。

「ありがとうございます。あ、あの、できればしばらくの間は城下町に住まわせていただけませんか? ちゃんとお金を稼いで、凪さんに治療費をお支払いしなくてなりませんので」

 暗鬼はお礼を言いつつも、自分の目的のために城下町にいたい意志を示した。

「凪ちゃんは全然気にせんと思うけど……。まぁ、気持ちはわかるから、そうなるように頼んでみる」

 与羽は深くうなずいた。

 そのあとは、中州城下町ではどんな仕事があるか、どんな場所が住むのにおすすめか。与羽が色々な話をしてくれた。けがが治りきっていない暗鬼にもできそうな、さほど肉体労働を必要としない仕事を紹介してくれる。彼女もこの城下町で出会った多くの人同様、もしかするとそれ以上に情深い。明るく笑みながら話す与羽の言葉を、暗鬼は穏やかな表情で聞いた。

「薬師家にあなたを訪ねて行くよう、担当者に頼んでおきますから」と辰海も気を遣ってくれる。

「ありがとうございます」

 暗鬼はこの日何度目かのお礼を言った。
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