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第一章

第46話/Separation

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「……どういうことなんだ」

「どうもこうも、さっき言ったはずだよ?」

「それじゃあ、答えになっていない!」

目の前の彼女は、不敵に笑うばかりだった。 

「あんまりしつこいと、女の子にモテないんだよ?……ユキくん」

ふわりと、柔らかな金髪が夜風に揺れる。金色に輝く建物を背にして、彼女はただ静かに微笑むばかりだった。

「さようなら、ユキくん。わたしは、組を出ていくよ」

「……どうしてなんだ、スー!」


隠れ家に逃げ込んだ次の日。俺たちは、二組に別れて外を捜索することになっていた。俺、キリー、ステリア、レスが他の組員たちの安否を確かめに、スー、ウィロー、アプリコットが生活物資の調達だ。

「ウィロー、気を付ろよ」

「ええ。そちらは頼みました」

「ああ」

俺たちは二手に別れて歩きだした。俺たちが向かうのは人気の少ない裏路地、ウィローたちが向かうのは買い出しができそうな繁華街だ。

ちらりとウィローたちの方を見ると、スーが不安そうにこちらを振り返っている。俺は胸の前で軽く手を振ってやった。それに気づいたスーは、小さく笑うと手を振り返す。昨日から、スーはずっと元気が無いようだった。あんなことがあったから無理もないが、心配だ。

「ユキ?行くよ?」

「ああ……今行く」

スーのことも気になるが、今はこっちに集中しよう。俺たちは暗がりに沈む街並みに、足を踏み入れて行った。


「……ここも、ダメだったか」

荒れ果てた事務所で、俺は独りごちた。。

「……ひどいものですね」

「だがまぁ、仏が転がって無いだけマシかな……」

「……否定ができない自分が嫌ですね。はぁ」

レスは、疲れ果てたため息を吐いた。
俺たちはあれから、各地に点在する事務所をしらみつぶしに当たっていた。しかし、そのどこももぬけの殻だった。ところで、誰もいないと言うには少し語弊がある。生きていない人間なら、と付け加えた方がより正確だろう。

「現状、全滅か……流石にこたえるな」

まともに組員と出会えた場所は一つとしてなかった。

「うぅ~、わたしはけっこう前からキてたよ~……」

「正直、私も。さっきの所なんか、一面乾いた血の海だった……」

「うえぇ、思い出させないでよぉ。絶対夢に見ちゃうなぁ……」

キリーとステリアは、ともに青い顔をしながら、フラフラ立っていた。
本家が襲撃されたあの夜、やはり首都の各組も襲われていたようだった。規模の小さな組は一瞬で制圧されたようで、荒らされた様子のない室内に、数人の射殺体が転がっているだけだった。その現実離れしたギャップにくらくらする。逆に、ある程度大きな組では激しい戦闘があったのか、部屋の荒れ方も凄まじい。一方で亡骸は少ないか、ほとんどなかった。

「大きな組のほうが、しっかり抵抗ができたようですね」

「みたいだな。だけど相当の怪我人は出てるはずだ」

俺は床に飛び散った流血の跡を見ながら言った。

「はぁ……このうちの何人かが生き残っているのでしょうね……各組長の安否も、結局わからないままです」

「それは……」

「けど、一つはっきりしたこともある」

ステリアが壁に寄りかかりながらぼそりとつぶやいた。。

「うん?なにがだ、ステリア?」

「鳳凰会からの、裏切り者について。そいつは、恐らく組長クラスの人間だと思う」

「組長クラス……?どうしてそう言えるんだ?」

「持っている知識量からそう判断した。今回の調査で、やつは他組の位置と規模を知っていることが分かった。一方で、今になっても、私たちのいる隠れ家は襲われていない」

ステリアの言葉に、キリーは大きくうなずいた。

「そりゃそうだよ。だって隠れ家の情報は、組の上層部しか……あ!」

「そういうこと。上層部しか知り得ない情報は、敵も持っていない。したっぱにしては、知りすぎ。その中間ってことで、組長クラス」

「……つまり鳳凰会は、傘下の組に噛みつかれたことになるんですね」

レスが苦々しげにつぶやいた。

「可能性は高い。数や規模ははっきりしないけど」

「少なくとも俺たちは、その組と敵の集団、二つの組織を相手にしなきゃならないわけか……」

俺は今まで戦った組のことを思い出していた。窮鼠の刺青を持った、チャックラック組組長、ファンタン。雷獣ニゾーがいるチョウノメ一家……いずれも一筋縄では行かない、強敵ばかりだ。

「けど逆に言えばさ、そんな組が生き残ってたら、とっても心強い味方だよね!」

キリーは白い顔のまま、無理ににこりと笑顔を作った。

「……そのとおりだな。そして俺たちは、そんな組を探しに来たんだ」

死者ではなく、生者を。口には出さなかったが、みんな俺の言いたいことは汲んでくれたようだ。

「そうでしたね。では、次に参りましょうか。こちらです」

俺たちはいくらか元気を取り戻して、先に歩を進めた。



そうして、またいくつかの組を……いや、組の跡地を訪れ、次の場所へ移動しているときだった。

ドン! 

「うわっ!」

「つっ!」

曲がり角で、二人組の少女が俺とぶつかった。びっくりした、すごい勢いだったぞ……ん?この娘、どこかで見たことが……

「……ぼさっとしてんじゃねーです!どこに目ぇつけて……」

「ちょっと、今それどころじゃないでしょ!ほら、早く行くわよ!」

「あ、おい!ちょ、ちょっと待ってくれ、ウィロー、アプリコット!」

俺が叫ぶと、二人の少女、ウィローとアプリコットはくるりと振り返った。

「ユキ!ああ、あなただったんですか」

「ああ。二人とも、どうしたんだ?そんなに急いで……」

全部言い終わる前に、ウィローがつかつかと俺に詰め寄った。

「すみません、叱責も追求も後で受けます。今は黙って、手伝ってください!」

ウィローの顔は事の重大さを物語っていた。

「……わかった。それで、何をすればいい?」

ウィローは、絞り出すように答えた。

「……人を、探してください」

「人?」

「スーが、いなくなったんです……!」

「なんだって!」

「詳細は後で話します。今はとにかく、あの子を探してください!」

「くそ!わかった、手分けして……」

「待って!ユキ、それじゃ危険だわ!」

アプリコットは、耳をぴんと逆立てながら俺を引き留めた。

「今の状況で、単独行動は控えるべきよ。探しているはずが、いつの間にか攫われているかもしれないわ。だからあたしたちも一緒に固まってたの」

「ミイラになりかねないってことか……ちっ、わかった。けどせめて二手に分かれよう。どっちか一人、案内してくれないか」

話を黙って聞いていたキリーが、率先して口を開く。

「じゃあ、わたしとレスさんが、ウィローと一緒に行くよ。アプリコットがユキたちを案内したげて。レスさんも、それでいい?」

「ええ。この状況ではやむを得ません。早くスーさんを見つけましょう!」

レスは言い終える前から、ダッと走り出した。……まったく、頼もしい限りだな。

「よし、俺たちも行こう。アプリコット、頼む」

「ええ。あたしたちとスーは、この近くではぐれたの。まずはこの辺を探しましょ!」

俺、ステリア、アプリコットの三人は、あたりを懸命に見回しながら進み出した。人探しにおいては、落ち着いて探すべきなんだろうが……はやる心が、自然と俺たちの歩をせっつくのだ。結局小走りになりながら、俺はアプリコットに話しかける。

「だけど、はぐれたってどういうことなんだ?三人は一緒にいたはずだろ?」

「ええ!けどスーはずっと元気がなくて、歩いてるときも遅れがちだったの。最低だわ、もっと気を付けておくべきだった……!」

アプリコットは、悔しそうにぎりりと歯をくいしばった。

「気がついたら、あの娘はいなくなってたの。ほんの一瞬、なんの物音もしなかったわ。最後に見たのは、あの娘が変な男に手を引かれていくところだけよ」

「手を引かれて?蜘蛛の彼女は、誰かにつれていかれたの?」

ステリアが腑に落ちない顔で聞き返す。

「そうとしか思えないわ。あたしの知る限り、見たことない男だったもの」

……どういうことだ?けどそれだとスーは、見ず知らずの男に黙って連れていかれたことにならないか。アプリコットの話では、叫び声なんかは聞こえてこなかったらしいから……

「スーは、抵抗しなかったのか……?」

「きっと脅されていたのよ。あの娘は優しいから、声を荒立てることもできなかったんじゃないかしら」

アプリコットの言うことも理解できる。組の中でも、スーは人一倍ヤクザらしくなかったからな。それでも俺の中には、拭いきれない疑問が残り続けていた。

「さあ、早く見つけてあげましょ!きっといまごろ、辛い思いをしているはずよ」

「っと、そうだったな」

今は、細かいことは後回しだ!俺たちはスピードをあげて、街角を駆け抜けた。

「っとあ!?」

「きゃぁ」

うわ!角を曲がったすぐに、一人の女の子がいた。これで二回目なんて、今日はこんなのばっかりだな。

「すまない、大丈夫だった……か……」

「あれ……ユキくん?」

柔らかな金髪に、少し気弱そうな瞳。そこにいたのは、まごうことなく、スーその人だった。

「す、スー!無事だったのか!」

「へ?う、うん……?」

「スー!ああよかった、あたし、もうどうにかなるかと……」

「な、なんだかゴメンね?心配、かけちゃったかな」

「心配しないわけないでしょ!仲間が攫われたってのに!」

「えぇ!だ、だれが?」

「はぁ?」

アプリコットはあんぐり口を開けている。どうにも、話がかみ合っていないようだ。

「スー、きみは今まで、どこに行ってたんだ?」

「え?えっと……」

スーは逡巡するように、フッと視線をそらした。

「……あはは、ちょっと珍しいものを見たから、つい寄り道しちゃって……気づいたら、はぐれちゃってたんだ」

「え?ど、どういうことよ。じゃああんた、単に迷子になってたってこと?」

「うん。ごめんなさい、心配かけて……」

「そ、そんな……」

アプリコットはへなへなと崩れ落ちた。無事だったのはいいが、なんだか拍子抜けだな。

「……あれ?じゃあスー、きみが手を引かれてたっていう、妙な男は何だったんだ?」

「あ、そうよ!あれのせいで、勘違いしちゃったんだからね!」

「え?そんなことなかったよ?人ごみの中にいたから、見間違えちゃったんじゃないかな」

「そ、そうだったかしら……?」

「きっとそうだよ。だって、わたしがそう言ってるんだもん」

そう言われちゃ、何も言い返せない。アプリコットは首をひねりながらも、コクリとうなずいた。

「なによもう、全部取り越し苦労だったってことね……」

は、はは……もう笑うしかない。

「けど、無事で何よりだ。早くみんなのところへ戻ろう、ウィローたちも心配してる」

「そうよ、ウィローなんてあたしの百倍は慌ててたんだから」

「ええ!ごめんねぇ、ウィローちゃん……」

笑いながら歩き出す。と、ステリアの様子がおかしい。彼女は複雑な表情を浮かべたまま、じっと立ち尽くしていた。

「どうしたんだ、ステリア?」

「……おかしくない?」

「え?」

ステリアは、じっとスーの方を見ながら言った。

「この切迫した状況で、ふらふら迷子になる?メイダロッカならともかく、彼女がそんなことするとは思えない」

「いや、さすがにキリーでもそんなことは……」

けど、確かにそうだ。

「はぐれたにしても、だったらみんなを探すくらいできるはず。彼女を見つけたとき、そんな様子は見えなかった」

「それはそうだが……」

「もっとある。彼女を連れていったっていう男のことも、単なる見間違いとは思えない。はっきりそう見えたからこそ、二人とも焦って、彼女を探していたはず。だったら……」

「おいおい、ちょっと待ってくれ。ステリアの言うことももっともだが、今そこを気にしても仕方ないだろう。まずはみんなに無事を知らせて、それからじっくりスーに聞いてみればいいんじゃないか」

「……それもそう。ごめん、余計なことを言った」

「いや、けど確かに気になるところだよ」

「うん。頭に留めておいてほしい」

「わかった、覚えておく。今はとにかく、みんなに合流しよう」

「了解」

ステリアは完全に納得したようではなかったが、それでもうなずいてくれた。けれど、スーの様子がおかしいのも確かだ。後でそれとなく聞いてみよう。
だが後になって思えば、スーなら大丈夫だと、心のどこかで思い込んでいたのかもしれなかった。

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